なんともないと放って置くのはよくありませんよ?1
翌日、わたくしは学園でいつものように歴史や算術、魔法などの講義を受け、エマ様とジュリア様と一緒に食堂で昼食をとっていました。
「え。では、セレナ様も王宮に呼ばれたのですか?」
「も?他にもどなたか呼ばれているのですか?」
実はこの後王宮に呼ばれているので早退するのだという話をすると、ジュリア様が驚いたようにそうおっしゃいました。
「フェリクス様です。今日お昼をご一緒する予定だったのですが、王宮に呼ばれたから欠席すると言われて。残念だけど仕方ありませんよねというお話をしていたんです」
昨夜ランスロットお兄様からお話があったのは、このことだったのです。
お父様とお兄様を通じて、王族の方々直々にわたくしに聞きたいことがあるから登城してほしいと申し出があったとか。
お父様は外交の要職に就かれているのですが、その関係でしょうか。
もしもフェリクス殿下も関わることなら、その可能性が高いですわね。
「まあフェリクス殿下はお隣の友好国の王子様ですから、王宮に呼ばれるのも分かりますけど。セレナ様まで?ひょっとして、別件なんじゃ……」
エマ様が言おうとしていることに気付き、わたくしははっとしました。
ひょっとして、リオネル殿下とのことでしょうか?
婚約破棄を申し出るおつもりとか?
いえ、それならばランスロットお兄様がもっと恐い顔をしていたはずですわ。
昨日のお兄様は、珍しく表情が硬いといいますか、難しそうな顔をしていました。
それに聞きたいことがあるという言い回しは少しそぐわなく思いますね。
ならばやはり、外交関係……?
「ですがセレナ様、そんなに外交にお詳しかったですか?」
「いえ、それなりに勉強はしていますが……」
そうなのです、ジュリア様がおっしゃる通り、わたくしには王宮に勤める外交官以上の知識も情報も持ってはおりません。
普通に考えたら、わたくしに聞きたいことなどないでしょう。
「全く心当たりがない呼び出しというのも、不安ですね……」
「大丈夫ですわ、ジュリア様。大したことのないお話かもしれませんし。まあリオネル殿下と仲良くしてほしいと言われないと良いですわ、くらいに考えておりますから」
心配そうな表情のおふたりに、努めて明るくそう返します。
とはいえ、確かに少しだけ不安ではあります。
なにか、良くないことでなければ良いのですが……。
そして昼食後、わたくしはリュカとふたり、王宮からの馬車に乗りました。
リュカも今回の呼び出しに心当たりがないので、首をひねって考えています。
「んー、やっぱり第二王子と男爵令嬢のことじゃないですか?低能な女に唆されている息子の心を取り戻せとかなんとか」
「まあ!ミアさんは低能ではなくてよ。それに取り戻すもなにも、リオネル殿下のお心は元よりわたくしにありませんわ。ですから、そのようなお話ではないと良いのですが……」
その可能性も捨てきれず、どんよりとした気分になってしまいます。
エマ様とジュリア様にはああ言いましたが、不安な気持ちがない訳ではありません。
そんな時ほど時の流れとは早く感じるもので、もう王宮に着いてしまいましたわ。
ああ、馬車の停留場にお父様とランスロットお兄様の姿が見えます。
迎えに来て下さったのはありがたいのですが、なにやら重要な話が待っているようで恐ろしくもあります。
馬車が止まり、リュカの手を借りて降りると、お父様とランスロットお兄様がすまなそうに出迎えてくれました。
「悪いな、学園まで早退させてしまって」
「いえ。王宮からの呼び出しをお断りすることなど、できませんから」
「ここでは詳しいことを話せないんだ。ついてきてくれるかい?」
おふたりの表情が硬いままなところを見ると、どうやら深刻な話、または悪い話なのでしょう。
ですが、なぜこの時間に呼び出されたのでしょう。
もしもリオネル殿下関係のことだとしたら、朝から、もしくは学園が終わってから呼び出せば良いことです。
この中途半端な時間に、なにか意味があるのでしょうか?
そんなことを考えながらしばらく王宮の廊下を歩くと、衛兵の立つ部屋の前でお父様とお兄様が止まりました。
王宮にはリオネル殿下の婚約者として何度か赴いていますが、この部屋は初めてですね。
扉の装飾からして、会議室でしょうか?
「リュミエール公爵家の方々が到着されました」
「入れ」
衛兵がそう伝えると、扉の向こうから、くぐもってはいましたが威厳のある声が返ってきました。
もしかして。
開かれた扉、その中にいらっしゃったのは、予想通りの人物でした。
「リュミエール公爵令嬢。なんの説明もなく、急に呼び出して申し訳ないな」
実年齢よりもお若くみえますが、その目の光は確かに為政者に相応しく、しかし尊大ではない品格のあるお姿。
「ごめんなさいね。今日は愚息のことではなく、別のお話があるの」
そしてそのお隣には、控え目ながらも芯のある強さが窺える、知性溢れる目の輝きをお持ちの上品な貴婦人。
ルクレール王国、国王夫妻。
この国で最も高貴なお方達が、そこにはいらっしゃったのです。




