女性のお買い物は時間がかかるものなのですわ5
* * *
「おや。おかえり、レオ」
「フェリクス……ここは俺の部屋なんだが?」
セレナ達と別れ、学園の寮に帰ってきたレオが自室の扉を開くと、そこにはフェリクスの寛いだ姿があった。
「良いじゃないか別に。僕と君の仲だろう?」
どんな仲だよと思いつつ、この饒舌な友人にそんなことを言ってもからかわれるだけだなと、レオはため息をつくのみに留めた。
「随分と帰りが遅かったね。なにかあったのかい?」
別にと答えても良かったのだが、はぐらかしてもいずれ婚約者から耳に入るだろうと、渋々今日の出来事を話しはじめた。
フェリクスも最初は何気なく聞いただけだったのだが、セレナの名前が出てくると食いつくように身を乗り出した。
そんなフェリクスに若干顔を顰めながらも、レオは誤魔化しても無駄だろうからと最後までありのままに話した。
「なるほどねぇ。そんな面白いことになったのなら、僕もついて行けば良かった。ジュリア嬢もいたなら、尚更」
「知るか!一応声をかけたのに、行かないと言ったのはおまえだろう!」
えーっとかわいこぶった仕草で唇を尖らせるフェリクスに、レオは少しイラッとした。
野郎のそんな姿は別に見たくない。
もしもセレナだったら、もっと……と想像しかけて、レオは急いで思考を止めた。
なにを考えているんだ、俺。
相手は一応とはいえ婚約者のいる貴族令嬢だ。
「あ、今なんかやましいことを考えたね?」
「黙れ」
しまった、フェリクスのからかう言葉が悲しいことに当たっていたため、ついそう反応してしまった。
これでは認めてしまったようなものだ。
まずいと心の中で後悔しながら、レオは努めて顔に出さないように振る舞ったのだが、フェリクスのにやにや顔から、彼に気付かれているのは明白だった。
「ね、そろそろ認めたらどうだい?セレナ嬢のことが気になるんだろう?」
外見にそぐわず真面目で律儀、それでいて素直じゃないレオに、フェリクスは穏やかな声色で語りかけた。
珍しく真面目に聞いてくるフェリクスに、レオは目を伏せて考える。
確かに初めて会った日から、彼女への興味は少なからずあった、それは認めよう。
一緒にダンスを踊った時の笑顔。
槍を構えた美しくも強い姿。
婚約者の裏切りを憎むでもなく、決して俯かない、それでいて人を貴賤で判断せず、自分が正しいと考えることを貫く芯の強さ。
フェリクスに指摘などされなくても、本当は自分でも分かっていた。
制服も、ドレス姿も騎士服姿も似合っていたが、今日の町娘の装いは大人びた彼女の容姿を年相応に見せており、愛らしさすらあった。
それでも貴族令嬢としての気品は隠しきれなかったが、多くの男共が彼女を見て頬を染めていたことに、ムッとした。
気を付けろと本人には言ったが、果たして自覚しているのか……。
その危なっかしさも、ほっとけない、側で守りたいという庇護欲をくすぐった。
婚約者の浮気を応援していることについてはよく分からないが、第二王子を好いているわけではないと聞いて、ほっとした気持ちになった。
……と同時に、“大切な人”とやらの話を聞いて、胸が痛んだ。
家族ではない、だがそれと同じくらい大切な人。
もしかして、他に結ばれることのない好きな男がいるのかもしれない。
柄にもなく、それ以上聞くのは怖かった。
俺がそんなことを怖いと思うなんて。
もう、答えが出ているのと同じだった。
そして、気になることはもうひとつ。
あの菓子は――――。
「君なら、あの婚約者から彼女を奪える。そうじゃないかい?」
思考を遮るように、フェリクスが唆してくる。
確かに、そうかもしれない。
けれど。
「そんなに義理立てする必要はないと思うけどね。いくらあの王子の母親が恩人だからって。というか、王子がセレナ嬢を蔑ろにしていることに対して、その母親がたいそうご立腹だそうだけど?」
「相手がまだあの男爵令嬢でなければマシだったかもしれんがな……。評判が悪すぎる。あれは王子妃、ましてや王太子妃の器ではない」
「だから君が奪えばいいんだよ。あっちはあっちでよろしくやっているんだ、王妃だって許してくれると思うけど?」
そう簡単に奪え奪えと言わないでほしい。
悩んでいる自分が虚しくなる。
「彼女の幸せと、君の気持ち。その両方を考えたら、そんなに難しいことじゃないと思うんだけどね」
「おまえは婚約者と上手くいっているから余裕かもしれないがな……」
こっちは色々複雑なんだ、ほっといてほしい。
レオは眉間に皺を深く刻み込んで俯いた。
そんなレオの様子を見て、フェリクスはふっと笑みを零した。
ただひとりの令嬢のことで、この男がこんなにも頭を抱えている。
それがおかしくもあり嬉しくもある。
「気持ちに正直になると良いよ、レオナール」
僕に言えるのはこれくらいだと零すフェリクスを、レオはじろりと睨んだのだった。
「あとね、君が留守の間に僕達ふたりに手紙が来たよ。ほら、これ」
フェリクスの手の中の手紙、その封筒に描かれた紋章を見て、レオは目を見開いた。
* * *
「はあ、さすがに歩き疲れましたわね。足がパンパンです」
「お嬢、マッサージしましょうか?」
お願いしますとリュカに伝えれば、ぐにぐにと丁度良い強さでふくらはぎを揉んでくれます。
「あなたは別のところがパンパンそうね?」
「あ〜。ちょっとばかし、食べすぎましたね」
いつもスリムなリュカですが、今日は腹部がちょっぴり膨らんでいます。
昼間のあの注文の量から察するに、リュカには今日の夕食は必要ないかもしれませんね。
うふふと笑えば、ばつが悪そうにリュカが目を逸らしました。
そういえば、レオ様は無事に帰れたでしょうか?
別れた後、また綺麗な女性に声をかけられたりはしなかったでしょうか?
レオ様のことです、また嫌な顔をして断りそうですわね。
それと、レオ様と母上様のお話ができたのもちょっぴり嬉しかったです。
レオ様の母上様は、どんな方なのでしょう?
レオ様は母上様似?それとも父上様似でしょうか?
次に会ったら、ぜひ聞いてみたいですね。
ーーーー次はいつ、会えるでしょうか。
そんなことを考えながら、わたくしはリュカの優しいマッサージが気持ち良くて、ついそのままうとうととしてしまいました。
穏やかな眠りにつく、その間際。
コンコン。
「ごめんねセレナ。遅い時間に悪いんだけと、ちょっといいかな?」
「ランスロットお兄様?はい、どうぞ」
扉を叩く音で目を覚まし、わたくしはお兄様を部屋へと招き入れました。




