女性のお買い物は時間がかかるものなのですわ3
「……おい、聞こえているぞ」
そんなリュカの叫びが聞こえたのでしょうか、こちらに気付いたレオ様が、げんなりした顔でこちらへ来てくれました。
レオ様に声をかけていたお姉さん達が一瞬、恐い顔でわたくしたちを睨みつけましたが、貴族のお忍びと気付いたのか、なにも言わずに立ち去られました。
ここで一騒動起こるとリュカや護衛たちが動かなくてはいけなくなりますので、助かりましたわ。
そんな彼女達の様子には気付かず、レオ様は胡乱な目でわたくしを見ました。
「誤解のないように言っておくが、俺は断じてそっちの趣味ではない」
「あら、そうなんですか?綺麗な方に声をかけられても喜ばれていない様子でしたので、よもやと思ったのですが。ああ、別にわたくし、そういったことに偏見はありませんよ?」
「……全く伝わっていないということは良く分かった」
まあレオ様、そんなに暗い顔をしなくても。
「ふふ、冗談ですわ。その気のない方には期待を持たせるような振る舞いはしないということでしょう?誠実なのですね」
「おまえ……良い性格しているな」
少し頬に朱がさしたレオ様は、なんだか少しかわいらしいですね。
年上の方にこんなことを思うのは無礼かもしれませんので、口にはいたしませんが。
「わたくしは好きですよ、そういうの」
「は?」
「きゃっ!」
「まぁ!」
あらまあ、今度はぽかんとした顔になってしまいました。
レオ様は、とても表情豊かなのですね。
ところでエマ様とジュリア様が、頬を染めて楽しそうにしていらっしゃるのはなぜでしょう?
なにか良いことでもあったのでしょうか?
「そうだわ!アングラード様、失礼ですがこの後ご用事が?」
「いや、特にないが……」
「でしたら!セレナ様がお疲れのようなので、カフェでお相手をして下さいませんか?私達はもう少し、お店を見て回りますので!」
エマ様とジュリア様の勢いに、レオ様が押されています。
このような光景は珍しいですね。
でも、わたくしなどの相手をするのに時間を取って頂くのは忍びないですわ。
「まあ用事も済んだところだから、構わないが……」
お優しいレオ様はお断りできなかったようです、すんなりと了承してしまいましたわ。
「では、私達は行きますね!また後で合流しましょう」
「レオ様、セレナ様をよろしくお願い致します」
そうしてわたくしとレオ様、少し離れたところのリュカを残してエマ様とジュリア様は元気にお買い物の続きへと向かいました。
もうかなりのお店を巡りましたのに、おふたりとも本当にお買い物が好きなんですね。
「とりあえず……そこのカフェにでも入るか」
「あっ、はい。ですがレオ様、お忙しければわたくしひとりで待てますから。せっかくの休日なのですから、お気遣い頂かなくても……」
「あのな……どう考えてもひとりだと危ないと分かっていて、おまえを置いて帰る訳がないだろう」
危ない?スラム街でもあるまいし、そんなに危険なことなどないと思うのですが……。
「……無自覚とは恐ろしいな。いや、箱入りなだけか?とにかく、その目立つ容姿をきちんと自覚した方が良い。優しく見えても、そうそう男を信用するなよ」
目立つ容姿……最近忘れかけていましたが、確かにセレナのこの美しさは目を引くかもしれませんね。
立ち話もなんだからと、とりあえずわたくしたちはカフェに入りました。
向かい合って座り、メニュー表を開くと、美味しそうなお菓子がたくさん書かれていました。
レオ様はそちらには興味がなさそうで、飲み物だけを注文するようです。
「おまえは好きなものを食べると良い。俺は別に腹が空いていないだけだ。特に用事があるわけでもないから、ゆっくり決めろ」
わたくしが遠慮すると思ったのでしょう、そう言って下さいました。
言い方はぶっきらぼうですが、その奥の優しさが嬉しくて、自然と笑みが溢れます。
「では、スコーンのセットに致します。さすがに少し歩き疲れたので、甘いものが食べたくなりました」
「おまえはともかく、あのふたりは相当買い物をしていたようだが。一体どれくらい歩き回っていたんだ?」
注文を済ませると、わたくしの手荷物をちらりと見てレオ様がそう聞いてきました。
確かにエマ様とジュリア様はあれこれとお買い上げなさっていましたから。
ご自分でも持たれていましたが、重いものや大きめのものは後に控える護衛達にも持たせていました。
「そうですね、二時間程でしょうか?」
「ニ時間!?……それは疲れても仕方がないな。というか、どれだけ買うつもりなんだ、あのふたりは……」
「ふふ。女性とは、お買い物に行くと時間を忘れて楽しんでしまうものなのです。まあわたくしも、おふたりの体力に驚いてしまいましたが」
前世でも女性の買い物に付き合いきれず、店の前のベンチで休む男性のお姿をよく見かけましたもの。
こちらの世界でも同じなのでしょうかと考えて、くすくすと笑ってしまいました。
そこへ注文していた紅茶とスコーンが運ばれてきました。
ジャムやクロテッドクリームもついていて、とても美味しそうです。
店員さんにお礼を言って正面を見ると、レオ様にじっと見つめられていたことに気付きました。
「貴族の令嬢のくせに、平民の店員相手に礼を言うのだな」
「まあ、お礼を言うのは大切なことなんですよ」
紅茶を一口含み、そんなの当然のことですわと言い切ります。
これも母上様の教えなのですが、「ありがとう」という感謝の言葉は、言った方も言われた方も嬉しくなる、魔法の言葉なのです。
感謝の気持ちを伝え合うことで、互いの信頼関係を深めることだってできます。
「与えられるもの、やってもらうことを当然のことだと思ってはいけませんわ。そんなことをしていては、ただの傲慢な人間になってしまいます」
前世に身分などはありませんでしたが、今世は身分制度のある世界。
貴族という上流階級の者こそ、それを忘れてはいけないと思います。
「確かに、そうだな」
レオ様は静かにそう同意してくれました。
「……まあこれは、ある人から教えて頂いたことですので、わたくしが偉そうに言うことではありませんけれど」
まるで自分の言葉のように振る舞ってしまったことを反省し苦笑いしたのですが、レオ様が気になったのは別のことだったようで、ある人?と聞き返してきました。
「はい。……わたくしの、大切な人です」
今はもう会えない、たったひとりの家族だったひと。
「それは、おまえの父や母、兄達の誰かか?」
「……いえ。ですが、同じくらい大切な人です」
前世の母ですとはさすがに言えず、そう濁してお答えします。
「そう、か」
それに対するレオ様はというと、なぜでしょうか、一瞬ではありますが、目が沈んだようになった気がしました。




