女性のお買い物は時間がかかるものなのですわ2
そしてその二日後。
無事にお父様、お母様、そしてお兄様方から了承を得たわたくしは、町娘風の装いの準備をしておりました。
「お嬢様の気品は隠しようがありませんね。どう頑張ってもお忍び感が出てしまいます」
「私達の腕が未熟で申し訳ありません……。ですが、何を着てもどんな髪型にしても、その美しさは隠せません!」
すっかり警戒心を解いてくれたメイド達が、簡素なワンピースを着せてくれ髪を編み込み、ふんわりした化粧まで施してくれました。
「へえ。そういう格好も意外と似合ってますよ」
「意外と、は余計ですわ。ですがメイド達が頑張ってくれたおかげですわね。ありがとうございます」
そう悪態をつくリュカも、今日はいつもと違う町人風の装いをしています。
今日はわたくし達と少し離れて隠れて護衛してもらうのですが、美形ですしスタイルも良いですから、簡素な服を着ていても目立ってしまいそうですね。
「いやいや。その言葉、そっくりそのままあんたに返しますよ」
「まあ、わたくし声に出していました?ふふ、いつものキッチリした服装も似合っていますが、今日の装いもまた違った雰囲気で素敵ですね」
なんと表現したら良いのでしょう、首元や腕の部分がいつもより露出している分、男性的な魅力が垣間見れるというのでしょうか。
「ストップ。そこまでにして下さい。坊っちゃん達に睨まれるのは嫌なんで。マジで」
ここにはわたくし達しかいませんから、そんな心配は無用だと言ったのですが、甘いですねとため息をつかれてしまいました。
そうこうしているうちに、そろそろ出発しなければいけない時間になってしまいました。
「お嬢様と侍従の許されない恋もアリですね……」
「いえ、やはり私は公爵様と男装騎士の方が……」
メイド達がそんな会話をしているとはつゆ知らず、わたくしたちはお忍び街散策へと繰り出したのです。
「か、かわいいですわ……!こんな町娘さんがいたら、間違いなく交際の申込みがひっきりなしでしょうね!」
待ち合わせ場所に到着すると、そこにはなんとまあ素敵な町娘スタイルのエマ様とジュリア様がいらっしゃいました。
「セレナ様ったら、大袈裟ですよ」
「恥ずかしいですけど、嬉しいです」
照れたおふたりもかわいらしいです!
ですが、これだけかわいらしいと心配でもありますね。
「リュカ、エマ様とジュリア様の護衛の方、こんなにかわいらしいおふたりです。変な輩に絡まれるかもしれません、目を離さないで下さいませね!」
「……お嬢、そこにあんたは含まれてないんですか?」
「わたくしは大丈夫です。最近エリオットお兄様に体術も習っておりますから、多少は戦力として考えて頂いても結構ですわよ!」
「そっちじゃねぇよ。普通に考えたら絡まれる方だろ」
リュカってばなにを言っているのでしょう。
でも、おふたりのついでに声をかけられることはあるかもしれませんね、油断は禁物です。
「と、とりあえず我々は少し離れて歩きますね。お嬢様方も、できるだけ人の多いところや影になる場所は歩かないように気を付けて頂けると助かります」
ジュリア様の護衛の言葉に頷き、わたくしたちは三人で並んで歩き始めました。
こうしていると、前世で友人達と出かけたことを思い出しますわ。
わたくしが死んだ後、皆様は幸せに暮らしたでしょうか。
病気を患ってからそんな機会もなくなってしまいましたから、随分と懐かしい記憶ですわね……。
「セレナ様!……って呼び方はおかしいですよね。ええと……セレナ、エマ、で良いですか?」
「うーん。私はともかく、セレナとジュリアはちょっと貴族風の名前ですよね。ジュリアはジルとか?」
「それならわたくしは――――レナ、とお呼び頂けますか?」
懐かしい友人達の姿が思い浮かびます。
『怜奈!あの店にも行ってみましょうよ!』
少しだけ、今日は前世のわたくしも一緒に。
「分かりました!レナ、エマ、向こうのお店から入ってみましょう?こっちですよ、来て下さい!」
「あっ、ジル、走ると危ないですよ!」
「まあ。わたくしたちも負けずに追いかけましょう、エマ」
怜奈も一緒に、大切な友人達との時間を過ごすことをお許し下さいませ。
「レナ!次はアクセサリーを見に行きましょう!」
「ま、待って下さい……。どうしてそんなに元気なんですの?」
「レナ、お疲れですか?」
剣術も嗜み元々活発なエマ様はともかく、ジュリア様まで意外と体力がありますのね。
わたくしはクタクタだといいますのに……お買い物に関してはおふたりの方が一枚もニ枚も上手だったようです。
そしてお忍びに慣れていらっしゃる……。
「すみません、私達はしゃぎすぎてしまいましたね。どこかカフェにでも入りましょうか」
「ありがたいですわジュリ……ジル」
ジュリア様が気遣って下さり、近くのカフェへと歩き出すと、少し離れたところに見知った方が見えました。
「あれ?あの方、アングラード様じゃないですか?」
「本当ですね、レオ様です」
どうやら見間違いではなかったようです。
レオ様もお忍びなのでしょう、簡素な服を着ておりますが、長身な上にあのお顔ですから……当然目立っていますわ。
道行く女性が見事に全員ちらちらとレオ様を見ています。
「あっ、綺麗なお姉さん達に声かけられてますよ」
「ですが、非常に迷惑そうな顔をしていますわね……。ああ、お姉さんの腕を振り払ってしまいました」
あんなに綺麗な女性に声をかけられたのに、嬉しくなかったのでしょうか?
そういえば、学園でもご令嬢方に人気があるとのことですが、浮いた話は聞きません。
「もしかして、レオ様……」
はっとひとつの可能性に思い至り、いえまさかとは思いつつ、言葉にせずにはいられませんでした。
「女性はお好きでない、そちらの嗜好の方だったのでしょうか?」
「なんでそうなるんだよ!!」
離れたところからリュカがそう突っ込みを入れてきたのに、耳が良いのですねぇと感心するのでした。




