差し入れお菓子は、ヒロインの専売特許ですのよ?7
ですがまあ、久しぶりのお菓子作りでしたし、家の者以外の男性に食べて頂くのが初めてでしたから、緊張していただけかもしれませんね。
レオ様も美味しいと言って下さいましたし、お父様達にふるまっても問題なさそうです。
それに大勢で作るのなんて初めてでしたが、友人達と一緒だとすごく楽しいものですのね。
にこにこと三人で会話しながら上機嫌で歩いていると、リュカがところでと口を挟んできました。
「お嬢、なにか忘れてはいませんか」
「えっ?ええと……今日は先生にも呼ばれていませんし……あ」
「「あ」」
リュカの言わんとしていることに気付き、わたくしは真っ青になってしまいました。
「今からじゃ……遅いですよね」
「そうですね……ちょっと無理かもしれません」
エマ様とジュリア様も気付き、わたくしに同情的な視線を向けられました。
「まさか……わたくしとしたことが、当初の目的を忘れるなんて……」
ぷるぷると震え、その場に立ち尽くしてしまいます。
昨日書き上げたシナリオは、一体なんだったのでしょう。
そう、悪役令嬢としてリオネル殿下にクッキーを持って行くのを忘れていたのですわー!
ミアさんを牽制するもあえなく敗北、ふたりの絆を強めるだけだったというシナリオが……!!
「ちなみにそのシナリオでは、男爵令嬢をどうやって牽制するおつもりだったんですか?」
わたくしにとっては大事だというのに、リュカはしれっとした顔でそう聞いてきました。
やっぱりな、とでも思っているのでしょう。
悔しいですが反論の余地はなく、素直に昨日書き留めた紙の束を渡しました。
「えーと……。『リオネル殿下にお菓子を持って行くも、怪訝な顔で拒否される。そこへミアさん登場。「あ……私、お邪魔でしたね」その手には手作りのお菓子が入った包みが。』って、あの男爵令嬢はこんな慎ましやかなこと言わないでしょう」
「なになに?『「ミア!その包みは……。嬉しいよ、僕のために?うん、とても美味しい。君の気持ちが込もっていて、優しい味がする」「リオネル殿下……!嬉しい!」』うーん……セレナ様がいなかったら、クッキーではないベチャベチャのなにか、になっていましたね」
「どれどれ。『「わ、わたくしの作ったものよりも、そんな地味なお菓子の方が美味しいだなんて、殿下はどうかしていますわ!」そう言って悔しそうにその場を去る。』ですか。むしろ作るのをお手伝いしていますからね。それに同じクッキーですし……見た目は一緒です」
……リュカもエマ様もジュリア様も、声真似がとてもお上手ですのね。
それはランスロットお兄様だけの特技だと思っていましたわ。
「あの、セレナ様。これ自体はとっても良くできたお話だとは思うのですが、その」
「セレナ様には向いていませんね、悪役令嬢」
言いにくそうなジュリア様の言葉を継いで、エマ様がはっきりきっぱりとそう言ってしまいました。
「同感ですね。お嬢、人には向き不向きというものがありましてね……」
「もうっ!気付いていたなら忘れていると早く教えてくれれば良かったのに、リュカは意地悪ですわー!!」
あまりにも皆様が諦めたら的なことを言うので、ついリュカに八つ当たりしてしまいました。
はぁ……母上様、何事も物語のようには思うようにいかないものですのね。
こんな調子で、わたくしは希望通り平民になって恋などできるのでしょうか?
恋……。
先程レオ様を相手に感じた動悸とは、また違う特別なものなのでしょうか。
エマ様やジュリア様は、どんな感情をお持ちなのでしょう。
ああそういえば、ミアさんや飛び入りのお三方は上手くいったでしょうか?
彼女達もまた、同じような体験をしているのでしょうか?
そしてわたくしにも、いつかそんな気持ちが分かる日が来るのでしょうか――――?
* * *
「――――それで?」
学園のある一室。
ヴィクトリアの鋭い視線に抗うことなどできず、三人の令嬢達は口を開いた。
「は、はいヴィクトリア様。その、セレナ様が折角お誘い下さったのを断るのも申し訳なくて……」
「婚約者に渡してはと言われ、私達も嬉しくて……」
「と、とても楽しかったですし、婚約者には喜んでもらえましたし、正直言って最高の一日でしたわ!」
もうこの際本音を言ってしまえと、素直にそう白状したのだった。
それを聞いた他の“セレナお姉様応援団”の会員達は、ぷるぷると身を震わせた。
「「「「う、羨ましいですわぁぁぁぁ!!!!」」」」
あるものは涙を流し、あるものは狂ったように叫び、三人を羨んだ。
「で、ですが私もアングラード様との一部始終を拝見できましたもの。セレナ様がとてもかわいらしくて、アングラード様も頬を染めていましたわ!」
「なんですのそれ!わたくしなんて、あの女狐とリオネル殿下の密会偵察担当でしたのよ!……ま、まあ?女狐の手作り菓子に感動する殿下とのやり取りは、少し、ほんのすこ〜ぉし羨ましかったですけども!」
各担当者達もそれなりに今回のイベントを楽しんでいたのかと、セレナと一緒に菓子を作った三人はほっとした。
だが、まだ気は抜けない。
ヴィクトリアが、自分達の答えに対してなにも言葉を発していないのだ。
ちらりとその表情を窺うが、無表情すぎて全く読めない。
「――――あなた達、」
そこでようやく口を開いたヴィクトリアに、叱られるのを覚悟し、三人はぎゅっと目を瞑った。
「後でそのクッキーのレシピを教えなさい。皆で練習して、セレナ様といつか一緒にお菓子を作りますわよ!」
真剣な目のヴィクトリアに、そうよ……!と令嬢達は立ち上がった。
「ヴィクトリア様……!なんて素晴らしいお考え!!」
「わたくし達もセレナ様とご一緒させて頂く、良いきっかけになりますわね!」
「婚約者に渡せば一石二鳥。これからの貴族令嬢は、お菓子作りが必須スキルになりますわよ!」
「皆様落ち着いて。セレナ様とレオ様を結びつけるだけではなく、セレナ様とわたくし達の接点を持たせてくれたこの三人に、まずは感謝しなければね」
どうやら一見高飛車そうなヴィクトリアは、思っていたよりも前向きで優しい方だったのだなと、三人の令嬢の中で好感度が上がったのだった――――。
* * *
「うまい!なんだこれは、初めて見たぞ」
「あら、本当。見た目は地味だけれど、美味しいわね」
「ありがとうございます、エリオットお兄様、お母様」
その夜、公爵家の夕食後に出したおはぎは、皆から美味しいと言ってもらえました。
ですが――――。
「お父様、ランスロットお兄様?どうしたんです、そんな難しい顔をしておはぎを見つめて」
そう、一口食べたおふたりがなぜか黙り込んでしまったのです。
「……いや、なんでもない」
「前世の食べ物だって言ってたね。とても美味しいよ」
なにか思うところがあるようですが、この様子では素直に話してもらえなさそうですね。
まあ、なにか問題があれば話してくれるでしょうし、特別気にすることでもないでしょう。
この時のわたくしは、まだ知らなかったのです。
このおはぎが、後にとても重要なものになるということを。




