差し入れお菓子は、ヒロインの専売特許ですのよ?6
そんなご友人方からそっと離れ、蜂蜜レモンソーダを飲むレオ様の元へと近付きます。
クッキーも先程は美味しいと言って下さいましたし少し摘まんではいらっしゃいましたが、ソーダの方がお好みだったようで、お代わりまで召し上がっています。
「あの、レオ様」
「ああセレナ嬢。これ、美味いな。甘ったるくないから、動いた後にぴったりだ」
「まあ、気に入って頂けて良かったですわ。優しい甘みと酸味でさっぱりしていますし、運動後の疲れた体にとても良いのですよ」
褒めて頂けたのが嬉しくて、ついしゃべりすぎてしまいます。
「へえ。なぜ運動後に良いんだ?」
「まず、レモンにはクエン酸という疲労回復に効果のある物質が多く含まれているのですが、蜂蜜に含まれているビタミンB群と一緒に摂取すると、吸収率が高まるのです。それに……」
なぜでしょうね、リオネル殿下とはちっとも話が盛り上がらなかったのに。
レオ様はわたくしの話に色々と聞き返してくれて会話が弾み、お話をするのがとても楽しいです。
「それにしても、レオ様の剣の腕前には驚きましたわ。とてもお強いのですね」
「まあ、そうだな。性に合っているというのもあるが、必要だったからという理由もある」
そう言ったレオ様の表情には、少しだけ暗いものが見えました。
どちらのお生まれなのかとか、どのような立場の方なのかなど、わたくしはなにも知らないのだと、その時初めて気付いたのです。
まだ片手で数えるほどしかお会いしていませんから、当然といえばそうなのかもしれませんが……。
きっと彼にも色々なことがあって、努力してその剣技を身に付けたのでしょう。
「……そのたゆまぬ努力の成果なのですね。尊敬いたします」
深い詮索は不要でしょう、心からの敬意を伝えるのみです。
「セレナ嬢も……」
「はい?わたくしですか?」
もごもごとなにか言いたげだったのを聞き返すと、レオ様はがしがしと頭をかいて観念したかのように口を開きました。
「おまえだって、色々努力しているだろう?聞いた話だが、先日の試験で筆記も実技も高得点・高評価を叩き出したとか。その上、フェリクス以外へも差し入れをと、気遣いもできる。そんな人間はなかなかいない」
照れたような表情が、社交辞令や嘘ではないと言っているようで。
まさかわたくしなどにそのような言葉をかけて下さるなんて……。
じわりと胸が温かくなるのを感じると、自然と頬が緩みます。
「……ありがとうございます。ふふ、誰かに認めてもらえるということは、とても嬉しいことですわね」
「おまえ……」
なぜでしょう、レオ様が目を見開いています。
わたくしの緩んだ顔がみっともなかったのかもしれません、ちゃんと引き締めなくては!
ぺちんと頬を叩くと、レオ様も我に返ったようにして目線を逸らしました。
「ん?セレナ嬢、なにを持っているんだ?」
レオ様の視線の先、わたくしの手には小さなバッグが握られています。
「ああ!これもお菓子なのですが、材料の中に珍しいものがあったので、試しに作ってみたものです。帰ってから家族と食べようと思いまして……」
珍しいもの?とレオ様が興味津々だったので、中身を出して見せることにしました。
「……真っ黒だな」
「ふふ、でも中は白いんですよ?」
取り出して見せたのは、おはぎ。
この国では珍しいあんこが、なぜか他の材料と一緒に置かれていたので、作ってみたのです。
さすがにもち米はなかったので中身はお餅ではないのですが、熱々のご飯に片栗粉を混ぜてつぶし、それらしく作ってみました。
そう、ご飯はあるのですよね。
洋風ではありますが、オムライスなどのお米料理があるのですもの。
本当にちらほらと日本文化が見られるのが懐かしいです。
「甘いのか?」
「そうですね。でもしつこくない、優しい甘さですよ」
クッキーをそれほど召し上がっていませんでしたから、レオ様は甘みの強いものが苦手なのかもしれませんね。
ですが前世でも、甘いのが苦手でもあんこは大丈夫という方もいましたから、ひょっとしたら。
「……おひとつ、召し上がってみます?」
こてんと首を傾げてひとつ差し出してみると、ちょっぴり怯んだように後ずさりされてしまいました。
「〜〜っ、それは、わざとか?」
「はい?なにがです?」
今度は反対側に首を傾けると、なんでもないとため息をつかれました。
「ふっ。ア、アングラード様、お嬢のそれは天然ですから、警戒しても無駄ですよ。くくっ」
笑いを堪えているという様子のリュカの言葉の意味もよく分からず、わたくしの頭の中は、?でいっぱいでした。
「……他意がないのなら、頂こう」
微妙な顔をしながらも、レオ様はわたくしの手からペーパーで包んだおはぎを受け取って下さいました。
そしてひと口。
もぐもぐと頬張って下さっていますが、お口に合ったのでしょうか。
なかなか反応が無いことに、なぜか胸がどきどきします。
「美味い」
「まあ!良かったです!」
少しの間の後に、頬を緩めたレオ様が控えめながらも嬉しい言葉を下さり、ほっとしました。
「先程のクッキーも悪くなかったが、俺はこちらの方が好みだな。バターや砂糖の甘みが強い菓子よりも食べやすい。意外と食べごたえもあるし」
思った通り、レオ様は甘さ控えめがお好みのようですね。
僅かですが綻んだ表情から見ても、気を遣っている訳ではないようですし、気に入って頂けて嬉しいです。
母上様や家の者以外に食べて頂くことなんてなかなかありませんでしたから、少し緊張してしまいましたわ。
『いつかわたくしも、そんなどきどきを体験したいものですわ』
……あら?
「どうしたんです、お嬢」
「あ、リュカ。いえ、なんでもありません。そろそろ帰りましょうか」
はっと我に返り、レオ様やフェリクス様とは挨拶をしてそこで別れました。
馬車乗り場までの道すがら、エマ様がはあっと息をつきました。
「ジュリア様、良かったですね。ああ、私も明日ライアン様に喜んでもらえるでしょうか?」
「緊張してしまいますよね。口に入れて、美味しいって言ってもらえる瞬間まで心臓どきどきでした。でも、あんなに喜んで頂けて、すごく嬉しかった。セレナ様、本当にありがとうございました。作って良かったです!」
「いえ。わたくしは少し口を出しただけですから」
恋するふたりの乙女の会話、なのですが……。
なぜでしょう、レオ様におはぎを渡した時のわたくしに、少しだけ重なるのは。
「普段から温和な表情をしていらっしゃいますけど、クッキーを食べてフェリクス殿下の顔が綻んだのを見て、ああジュリア様愛されてるな〜って思いました!その時のジュリア様の顔も、すっごく嬉しそうでしたね!」
「も、もう!エマ様ったら、言い過ぎですわ!」
綻んだ表情に、嬉しくなった……?
ジュリア様も?
わたくしの先程の気持ちと、彼女達の婚約者に向ける気持ちは、似て非なるものなのでしょうか?
それとも……?




