差し入れお菓子は、ヒロインの専売特許ですのよ?3
午後の授業を終え、エマ様とジュリア様と共に食堂の厨房を訪れます。
「おば様方、使わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あら、セレナちゃん!待ってたわよ〜。どうぞどうぞ、汚いところだけど、こんなところで良かったらいくらでも使って頂戴!」
昼食の際に、厨房の責任者の方にお願いしておいたので、すんなり通して頂けました。
ちなみに厨房の料理人(わたくしはおば様方と親しげに呼ばせて頂いております)とは、毎日食器を下げる際にお話させて頂いて仲良くなりました。
皆様とても気の良い方ばかりで、今日も昼食が終わったら調理台もガスも使わないから、いくらでもどうぞと快く場所を提供してくれました。
「セレナ様、こんなところでも人脈を広げて……」
「いつも話が弾んでるなとは思っていたけど、おばちゃん達にまで気に入られるとは、さすがお嬢だな……」
「あら、エマ様もリュカも、毎日心を込めてお食事を作って下さる方に感謝の言葉を伝えるのは、当然のことですわよ?」
「さすがセレナ様です!私も見習わなければなりませんね!」
キラキラとした目を向けて下さるジュリア様にありがとうございますを伝え、早速手を洗います。
「ここにある材料も好きに使って良いからね!余ったんだけど捨てるのはもったいないし、困ってたから大歓迎だよ」
おば様方が用意してくれた材料、小麦粉に卵にバターに……と、お菓子作りに欲しい物がなんでも揃っています。
手がたくクッキーでしょうかと思っていたのですが、これなら大丈夫そうですね。
それと、あれは……。
この世界では初めて見た、懐かしいものも一緒に置かれていて、わたくしは嬉しくなりました。
「ありがとうござ……」
「ああっ!?なんでここにいるんですか!?」
お礼を伝えようとしたところで、聞き覚えのある声が飛び込んできました。
出た……とリュカが呟いたのを聞き、扉の方を見ると、そこにはミア様の姿が。
「ここは、あたしがお菓子を作る場所なのに……。どうして悪……いえ、セレナ様が?」
どうしてと言われても。
「お嬢が殿下にお菓子を作ると言ったの、忘れたんですかね?」
リュカが顔を顰めていますが、確かにミア様もお菓子を作るなら、ここを使いたいですよね。
ミア様にお菓子を作るよう仕向けたまでは良かったのですが、場所のことまでは考えていませんでしたわ。
「なんだい、あんた。あんたなんかに貸す約束をした覚えはないよ!」
そこへ責任者のおば様がやって来て、ミア様を怪訝な目で見てそうおっしゃいました。
「た、確かにお願いはしてないですけど……。でも、あたしはここで作らないといけないんです!」
必死な様子のミアさんに、おば様はため息をつきました。
「その態度は、ちょっと横柄ですよね……」
エマ様の言葉に、ミアさんの顔がカッと赤くなりました。
いけません、このままでは……。
「ち、違うんですおば様!」
咄嗟にそう叫んでミアさんを背に庇いました。
「この方はわたくしの……ええと、友達?は図々しいですよね……知り合い、そう!知り合いでして。一緒にお菓子を作る約束をしていたんです!」
申し訳なく思いつつおば様にお願いすると、セレナちゃんがそう言うなら仕方ないねと折れて下さいました。
わたくしのシナリオとは違いますが、仕方がありません。
同じ場所で作っても、そう変わりはしないでしょう。
「では、ミアさん。お好きな場所をお使い下さい。わたくし達はこちらを使いますので。あ、材料も好きに使って良いみたいですよ」
幸いにして調理台はいくつもありますから、ひとつくらい他の方が使っても問題ありませんもの。
ヒロインのお菓子作りの邪魔なんてしませんので、存分にその腕を振るって頂きましょう。
「セレナ様は、優しすぎます……」
「そうですよ、あんな子に」
「そうおっしゃらないで下さい。これも、わたくしの悪役令嬢としてのシナリオなんですから」
簡単にわたくしの考えを話すと、ジュリア様とエマ様に呆れられてしまいました。
ですが、止められはしませんでしたし、協力してくれるとまで言って下さいました。
さてわたくしたちはまず、計量からですね。
話を聞くと、フェリクス殿下もライアン様も甘いものは好きなようですから、バターとココアのニ種類の、さっくりクッキーにいたしましょう。
ジュリア様もエマ様もお菓子作りは初めてでしたので、わたくしが量を指示しながら手分けして材料を計っていきます。
「ええっ!?もう、ベチョベチョになっちゃった、なんでぇ?」
その時、ミア様の大きな声が響きました。
ミア様の方を見ると、どうやら同じようにクッキーを作ろうとしているようです。
しかし、牛乳や卵が多すぎたのか、小麦粉が少なすぎたのか、生地がベチャベチャになって上手くまとまらないようですね。
「もう!こんなんじゃ型抜きもできないじゃない!」
苛立ったように声を上げていますが、その目には涙が滲んでいます。
ミアさんの反応も良かったですし、ヒロインですから当然お菓子作りが上手だと思っていましたが、ここは異世界。
普通の貴族令嬢は料理なんてしないと、ジュリア様も言っていたのに。
勝手に決めつけて、わたくしの気遣いが足らなかったために、殿下のためにと張り切るミアさんを悲しませてしまったのです。
「ミアさん」
努めて優しく、そう呼びかけます。
「泣かないで。わたくしと一緒に作りましょう?殿下のために、心を込めたお菓子を」
わたくしの言葉に、ミアさんはぽろりと涙を零したのでした。




