護身術は淑女の嗜みでございます!4
* * *
「おや、そんな真剣な顔をして、何を見ているんだ?」
「フェリクスか。ほら、あれだ」
セレナ達第三学年が武術の試験を行なっていた広場の、すぐ隣の校舎の三階から試験の様子を見つめていたのは、レオだった。
試験開始から眺めていたのだが、リュミエール公爵家の兄弟は、恐ろしく強い。
騎士である次男はまだ分かる。
だが、嫡男のあの強さはどういうことだ。
リオネルの剣の腕前を、エマはなかなかだと評したが、レオから見ればまだまだだ。
第二王子のくせにと、その不甲斐ない戦いにはため息をつきたくなった。
しかし槍のグループにいたその側近は、護衛も兼ねているだけあってかなりの遣い手だった。
それを安々と捻じ伏せてしまうほどの強者でありながら、いずれ公爵となる男、ランスロット・リュミエール。
「へえ、顔も良くて、強くて有能だなんて。ぜひ我が国に欲しいものだね」
冗談交じりのフェリクスの言葉に、じろりとレオが睨む。
それをははっと笑い飛ばし、フェリクスは窓の外、ランスロットの次の相手を見つめる。
「次はセレナ嬢か。なかなか様になって……いや、リュミエール公爵家とは騎士を多く排出する家系だったかな?」
そして、珍しく素直に驚きを面に出した。
それもそのはずだ、明らかにセレナの動きは素人のそれではない。
しかも見慣れない形状の槍を、まるで幼い頃から親しんできたかのように扱っている。
また、その戦う姿がまるで踊っているかのように美しい。
驚きとともに見惚れている友人のその表情に、レオはにやりと笑んだ。
「婚約者が泣いてしまうぞ?」
「馬鹿を言うな。……しかし、本当に興味深い令嬢だな」
茶化すかのようなレオの言葉を即座に否定しながらも、フェリクスはセレナに関しての興味を隠さなかった。
「カフェテリアで話を聞いた時は半信半疑だったのだが。あんなものを見せられては、興味を持つなと言う方が無理な話だな」
筆記試験が終わった日のカフェテリアで、セレナは武術の試験が楽しみだと口にした。
武器を持つことを好む貴族令嬢など、エマのような騎士家系を除いてそうそういない。
たとえ本当に興味があるのだとしても、それを扱うこととは別物だと思っていたのだが――――。
「リュミエールの長兄の反応を見るに、妹があれだけの遣い手だと知っていたとは思えんな」
「家族なのに?隠れて練習していたということかい?あの様子を見ると彼女のことをとてもかわいがっているようだし、そんな妹が武術を嗜んでいることを知らないなんてこと、あるかな」
フェリクスの反応は最もだ。
もしセレナが隠れて学ぼうとしたとして、いったい誰に?という話になる。
公爵家の嫡男の知らない所でその家の令嬢に武術を教える教師など、はっきり言っていない。
かと言って、独学ということはないはずだ。
彼女は、相手がいる戦いに慣れている様子だった。
「不思議だな。だからこそ、目が離せない。そうだろう?」
含みを持たせたフェリクスの言葉に、レオはため息をつきながらも同意する。
「……婚約者に不当に蔑ろにされても俯かない心の強さを持っていて、公爵令嬢としての教養・立ち振る舞いも申し分ない。その上武術や魔法にも精通している。……昨日の試験でも色々あったらしいね」
ふたりは、ある伝手から昨日の魔法実技試験でのセレナが起こした騒動を聞いていた。
「……なにが言いたい」
「さあ?ただ事実を述べただけだよ?」
にやにやとしたフェリクスの真意が分かっているレオは、眉根を寄せた。
「君が学園に来た目的のひとつだろう?」
「彼女は対象外だ」
きっぱりと言い切り、レオは窓の外から視線を外した。
「それよりも、あの男爵令嬢だ。あのまま放っておくわけにはいかない」
「まあ、そうだね。友好国としてもちょっと見過ごせないな。それと、ジュリアが悲しむようなことにはならないようにしたいし」
厳しい目付きのレオに、フェリクスもそう同意する。
「まずはそちらが優先だ」
そう言ってちらりともう一度だけ窓の外を見ると、レオはその場から去っていった。
その一瞬の表情を見逃さなかったフェリクスは、やれやれと息をついた。
「そうは言うけれど、気になって仕方がないというように見えるよ?もう手遅れではないかな」
その背中にくすくすと笑みを零し、フェリクスはゆっくりとレオの後を追ったのだった―――。
* * *
校舎から誰かに見られているような気がして見上げたのですが、窓から覗く方は誰もいませんでした。
気のせいだったようですね、久しぶりに薙刀を持って、神経が過敏になっているのかもしれません。
薙刀……本当に懐かしいです。
父上様を早くに亡くしたためか、母上様はわたくしに自分の身は自分で守れるようにと、習わせてくれたのでした。
日本古来の武術は、精神を鍛える意味合いも強いですから、心身ともに強くなってほしいと思ったのでしょうね。
そういえば、前世では母上様に一度も勝てたことがありませんでした。
もうそれが叶う日が来ることはありませんけれど……。
「ランスロットお兄様、屋敷でもまた手合わせ願えますか?」
「おやおや。かわいい妹の頼みを断ることなんてできないからね。喜んでお相手しよう」
わたくしのお願いに、ランスロットお兄様は快く頷いてくれました。
母上様には勝てませんでしたけれど、今世ではいつか、お兄様から一本取ってみたいものですわね。
「ありがとうございます、お兄様」
またひとつ新しい世界での目標ができて、わたくしは心からの笑みを浮かべたのでした。




