護身術は淑女の嗜みでございます!3
興奮したご令嬢達が落ち着くのを待っていたため、槍術のグループだけ開始が遅れてしまいました。
そして情けないことですが、先生方に注意を受けてしまいましたわ。
お兄様方がいたからか、ものすごくやんわりとでしたが。
最近のわたくしときたら、完璧な悪役令嬢を目指しているはずなのに、失敗してばかりですわね。
このままではいけません、今日も浮かれていないで気を引き締めなければ!
ぴしっと緩んだ頬を叩き、表情も引き締めます。
すると、落ち着いたはずのご令嬢方からの視線をものすごく感じました。
「?皆様、どうかいたしまして?」
「いっ、いえ!凛々しい表情も素敵……じゃなくて!なんでもありません!」
そうはおっしゃいますが、皆様やはり顔が少し赤らんでいます。
ああ、初めての武術に緊張されているのかもしれませんね。
男性陣の試験を見て、不安になった方もいるでしょうし。
「そうですか?皆様緊張されているようですが、あまり力を入れると怪我をしてしまいますわ。今日はお試しなのですから、肩の力を抜いて下さいね。大丈夫ですわ、お兄様方は優しく教えて下さるはずですから」
「「「は、はいいぃ!お姉様!!」」」
……わたくし、同い年なのですが。
「あっ、お嬢!ちょっと目を離した隙にまた!」
そしてリュカにまで注意されました。
解せぬ、とはこういうことですか?
そうこうしているうちにわたくしの名前が呼ばれ、ランスロットお兄様の元へと進みます。
「やあセレナ。この試験で、随分学園を賑わせているみたいだね?」
「ふ、不可抗力ですわ。決してわざとではありませんのよ!」
「ふふ、まあそれは今度ゆっくり聞かせてもらうよ。さあ、槍だけどどれを選ぶ?」
お兄様の視線の先には、槍……といっても、持ち手から刀身まで全て木製の棒が並んでいました。
槍の穂の部分の形が違うものが何種類かあり、この中から好きなものを選ぶようです。
「さすがに初心者のご令嬢に本物はね。重いし、基本的には木製のものを使うんだ」
そうですわね、箸より……いえナイフとフォークより重いものを持ったことのないご令嬢もいるでしょう。
それに、わたくしも……。
「わたくし、これにいたしますわ」
そうして手にしたのは、反りのある刀身の槍。
持ち上げてみると、しっくりと手に馴染み、懐かしい感触がしました。
全て木製ということで、重さも同じくらいですしね。
「ふうん。まさか、それを選ぶなんてね。かなり珍しい型の槍なんだけど、知っているのかい?」
わたくしの転生を知っているランスロットお兄様が、面白そうに微笑みました。
「うふふ。それは、今から分かりましてよ」
さすがにお兄様に勝てるとは思っていませんが、一太刀だけでもと思っています。
戦っても強い悪役令嬢、これも素敵ですしね。
そうしてわたくしは、その木製の槍を構えます。
五種類あるうちの最も基本的な構え、中段の構え。
「へえ……どうやら、初めてではないみたいだね」
「ご想像にお任せ致しますわ」
探るようなお兄様の表情は、しかしその軽口に似つかわしくないものです。
かなり警戒していますわね。
お兄様がこの戦い方をご存知かは分かりませんが、これは試験、胸をお借りしますわ!
ぎゅっと槍を握り込み、上下左右、斜めにと振ります。
「!くっ……独特の動きだね……!」
どうやらランスロットお兄様は、この槍の遣い手と手合わせをした経験はないようです。
普通槍とは、突き刺すことや叩きつけることを主とした戦い方をします。
けれど、わたくしの攻撃方法は“薙ぎ払い”。
この反った刀身を活かした動きです。
意表をついたはずなのに、お兄様はわたくしの攻撃を次々と打ち返していきます。
この試験において、試験官は動きを見るだけなので、攻撃はしないことになっています。
ですから防ぐことに集中しているからといえばそうなのですが、こうまで綺麗に打ち返されると腹が立ちますわね。
「素晴らしいねセレナ。まるで舞っているかのようだ」
「余裕ですのねお兄様……!では、時間もありますので最後とさせて頂きますわ!」
打ち合いからうしろへ下がり、間合いを取ると、ふうっとひとつ息を吐いて槍を持ち上げ、上段の構えをとります。
「……これはまた、独特の構えだね。最後だと言っていたし、攻撃的な意味合いが強いのかな?」
「ご明察ですわ。……参ります!」
ぐっと膝に力を入れ、お兄様の槍が僅かに下がったのを見て、思い切り打ち込みます。
その後も先程のように上下左右に振りつつ、狙いをよく定め、隙を待ちました。
……といっても、お兄様にそんな隙などほとんどなく、見極めが難しいです。
ですが、一瞬。
お兄様の右足の重心がずれた、その瞬間を狙って右脛に渾身の一撃を打ちました。
取った!そう思った時。
「残念。あと一歩だったね」
お兄様の槍で、わたくしのそれが弾かれてしまいました。
油断したのはわたくし。
弾かれた槍はカラカラと音を立てて転がっていきました。
「足元を狙うのは良かったね。視線を誘導して悟られないようにしたのも素晴らしい。まあ僕も、いくらかわいい妹だからといって、これだけの大衆の前で負けるわけにはいかないからね。ごめんね、ちょっと本気出しちゃった」
体制を崩して尻餅をついたわたくしに、お兄様が手を差し伸べてくれました。
どうやらわたくしの狙いは読まれてしまっていたようですね。
「悔しいですわ。でも、楽しかったです」
「ふふ。僕もだよ」
お兄様の手を借りて立ち上がると、周りで見守っていた同じグループの方々が拍手を下さいました。
なんだか気恥ずかしく思いながらもぺこりと頭を下げると、泣きながら素敵ですぅ〜!と手を叩くご令嬢もいました。
どうやらランスロットお兄様の槍捌きに見惚れてしまった方のようですね。
顔も良くてこれだけ強かったら、そりゃあ惚れてしまうのも仕方のないことですわ。
「ところでセレナ、あの槍、ひょっとしなくても前世で嗜んでいたんだろう?」
温かい拍手の中、お兄様がこっそりと耳打ちしてきました。
「ええ。日本では、“薙刀”と呼ばれていましたの。母上様と一緒に、ずっと習っていたんです」
懐かしい記憶に、想いを馳せました。




