護身術は淑女の嗜みでございます!2
「へえ……王子殿下なんて守られてばかりで大したことないだろうなって思ってたんですけど、なかなかですね」
「エ、エマ様!誰かに聞かれていたら不敬罪になるかもしれませんよ!」
「大丈夫ですわジュリア様。魔法でわたくし達の声が届かないようにいたしましたから」
せっかくだからと、わたくしたち三人は少し離れた所で、リオネル殿下の剣術の試験を見学することにしました。
リオネル殿下とエリオットお兄様が、訓練用の剣で打ち合っております。
お兄様は余裕綽々、殿下はかなり苦戦しながらも、なんとか剣を落とさずに踏ん張っています。
それにしても、わたくしもリオネル殿下がこれだけ剣が振れるとは知りませんでしたわ。
ほら、ミアさんもすっかり目がハートになっております。
ただ、相手が悪いのですよね……。
「まだまだですね。勢いはあるけど隙が多い。もっと相手のことを観察して頭を使って動かないと、やられてしまいますよ」
意外にも頭脳派なようですね、エリオットお兄様。
言葉こそ丁寧ですが、殿下にだけ若干厳しいように見えるのは、私情が入っているからですか?
「うーん、ちょっと槍使いが荒いかなぁ。騎士でもない僕にでも、すぐに破られてしまうよ。……ほら」
向こうではランスロットお兄様が、殿下の取りま……いえ、側近相手に爽やかな笑顔でとどめを刺しています。
……お兄様方、なにしにいらっしゃったのでしょう……。
「リオネル様!大丈夫ですか?どうぞ、タオルです」
「ああミア、なんてことないよ。私もまだまだだってことだね。でも、君を守れるようにこれからもっと精進しないといけないな」
「リオネル様……!」
殿下とミアさんが桃色空間を作っていますわ!
くっ……なんですのあれは!
まさに少女漫画の世界とでも表現すべきでしょうか!?
優しいヒロインと、謙虚かつヒロインを守ろうとする頼もしさのあるヒーロー。
誰にも入り込めない雰囲気とは、あのことですわね……。
「リオネル様の愛剣が使えたなら、もしかしたら勝てたかもしれませんね!試験用の剣なんて、使い慣れてないでしょう?」
「まあ、確かにちょっと扱いにくかったかな。でも、さすがに騎士が王子に負けるのは体裁が悪いからね」
ミアさん、なんてお優しい……!
そうですわね、エマ様もおっしゃっていましたが、殿下の剣術の腕前はなかなかのもの、ひょっとしたら有り得るかもしれませんね。
殿下も騎士であるエリオットお兄様に配慮していたなんて、驚きです。
「なんですかあのイタい空間。周りもドン引きですよ。しかもセレナ様のお兄様に勝てると本気で思ってるんですかね?はっきり言って、レベルが違いますよ」
「本当です!試験用の慣れない剣を使っているのはセレナ様のお兄様も同じなのに、言い訳なんて見苦しいですよ!それに皆の前であのようにベタベタと……はしたないです!」
「試験中だってこと、忘れてるんじゃないですか?あーそんで坊っちゃん方の顔が超恐くなってんですけど、どうしてくれんだあのバカップル」
わたくしがほおっと見惚れていると、エマ様、ジュリア様、リュカが恐い顔で殿下とミアさんについて語っています。
リュカ、いつの間にかおふたりと仲良くなったのですね?
ですがまあ、お友達と侍従の仲が良いのは好ましいことですわね。
「……まあ、セレナ様にとっては大した話じゃなさそうですけどね」
ほわほわと三人を眺めていると、エマ様がふうっとため息をつかれました。
「そんなことありませんわよ?おふたりの幸せそうなシーンが見られて、とても喜んでおりますわ!ほら、エマ様も婚約者様の凛々しいお姿を十分に堪能なさると良いですわ!」
少し離れたところで指導するフーリエ様の方へと目配せすれば、エマ様の顔が真っ赤になりました。
「剣や槍とは違って組み合ったりはしませんが、弓の引き方など、とても美しい動作で惚れ惚れいたしますわね」
「セ、セレナ様!ライアン様は確かに格好良いですが、見惚れては嫌ですよ!」
まあ、わたくし弓の腕前について褒めただけですのに。
ふふ、エマ様もこんなかわいらしい嫉妬をするんですのね。
「ご心配なさらず。さあ、そろそろ男性陣が終わって、わたくし達の番ですわね」
それから女性陣のみ集められ、剣・槍・弓の三つのグループに分かれました。
さすがに男性の先生と組み合うことはよろしくないからと、体術は今回行わないそうです。
そしてそのグループでぐるぐる回り、三種類とも経験してみて、ひとりひとりに合ったものを見つける、ということになります。
エマ様は剣術から、ジュリア様は弓術から、そしてわたくしは槍術からとなりました。
ちなみにミアさんもわたくしと同じグループです。
近くで見ると、騎士服姿も大変かわいらしいですわね。
「……なんですか?あたしに何か用でも?」
じろじろと見られたのがご不快だったのでしょう、ミアさんが警戒心剥き出しでこちらを睨んできました。
はっ!ここは悪役令嬢としてヒロインを牽制する場面ではありませんこと!?
「申し訳ありません、あまりに愛らしくてつい。先日のダンスの試験でのドレス姿も素敵でしたが、そのような衣装もお似合いですわ。かわいらしい女性騎士さん、お怪我なさいませんように気を付けて下さいませね」
上品に、なおかつ貴族らしく含みのある嫌味を。
咄嗟にそう考えたわたくしの言葉に含ませた意味は、『あなたにはそんな格好がお似合いよ!かわいい顔に怪我する前に身の程を知りなさい!』ですわ!
即席にしてはなかなか上手く言えた気がします!
ほら、ミアさんが怒りで顔を真っ赤に……。
「な、なに言ってんですか!?あ、あたしに媚び売ったって、な、なにも出ないんですからね!」
……あら?
なんでしょう、ちょっと反応が違う気が……。
そして他のご令嬢方もどうしてそんなにわたくしを凝視して……。
「……セレナ?その格好でところ構わずご令嬢方を誑かすのは止めようか?」
首を傾げるわたくしの肩をランスロットお兄様ががっしと掴んで耳元でそう呟くと、周りからきゃああああっ!と黄色い悲鳴が響いたのでした。
「……お嬢、それ、ただの口説き文句にしか聞こえませんよ。あと、最近巷では美麗の公爵と男装騎士の恋愛小説が流行っているそうですよ」
リュカのそんな苦言が聞き取れない程に、周りのご令嬢方の絶叫は大音量だったのです。




