魔法陣?前世では義務教育ですわ3
リオネル殿下は、得意の火魔法から披露していましたね。
後のことを考えると、一つ目の課題であまり魔力を消費したくありませんし、ここは低級か中級程度に抑えるのが賢明ですね。
わたくしはあまり得意でないものから順に、つまり殿下と同じ火魔法からいきましょうか。
不得意といっても、一応中級の魔法を一通り使える位には鍛練していますが、まずは思い付きを試すだけですし、低級魔法からにしましょう。
先程の“思い付き”。
人差し指を滑らかに動かし、まずは円を描きます。
そしていくつかの形を描き込み、“ヒ”という火を表す片仮名も。
そして最後、古代文字を書くべき時。
「殿下、英語名の呪文は、日本人は通常片仮名で書きますのよ?」
聞かせるつもりはないので小声でそう呟きながら、描いた魔法陣の仕上げに、“ファイヤーボール”と片仮名で術名を入れました。
「“火球”」
そうして発動した魔法は。
「な、なんだあれは……」
「あんな馬鹿でかい“火球”、見たことないぞ!」
「……あら?」
普段ならばサッカーボールくらいの大きさの火の玉のはずですが、これは……。
「大玉転がしの大玉のようですわね。小学生の頃の運動会を思い出しますわ」
のほほんと頭上の火の玉……いえ大玉を見上げ、これを転がすのは熱くて無理そうですわねぇと考えます。
ざわざわと皆様が騒ぐ中、試験官もあんぐりと口を開けて呆然とされています。
「あの……」
「はっ!な、なんですか?」
声をかけると、我に返ったようにこちらを向きました。
「お人形に、当ててもよろしいですか?」
「え、えっと……そうですね、できるだけそぉっとお願いできますか?」
攻撃魔法の試験でそぉっとってなんだよ、というリュカの声が聞こえたような気がしましたが、確かに火事になっても困りますし、ここは試験官の言う通りにしましょう。
そろそろと火球を操り、魔法人形の上まで移動させます。
「えいっ!」
そしてぽいっと投げ捨てるような感じで魔法人形に当てると、火球は魔法人形を包み込み、ごうごうと激しく燃やし尽くそうとしています。
ああでも、魔法人形は丈夫ですから燃やし尽くすということはありませんね。
……と思っていたのですが、火球が消えた後に、人形はありませんでした。
「あら?」
「セ、セレナ・リュミエール!そぉっとと言ったではありませんか!」
……最後にぽいっと投げたのが良くなかったようで、試験官に怒られてしまいましたわ。
やっちまったな……というリュカの声が聞こえたような気がします。
「まさか、あの魔法人形を跡形もなく焼いてしまったのか……?」
「しかも、初歩の初歩、火球なんかで……」
ざわざわと周りが魔法の威力に驚いている間に、試験官が新しい魔法人形を用意してくれました。
「ふぅ……。セレナ・リュミエール、まず得意な属性で衝撃を与えるという作戦は、大成功のようですよ。さあ、次をお願いします」
いえ、一番不得意なものだったのですが。
そう答えるわけにもいかなかったので、大人しく分かりましたと頷きました。
ですが、得意なものから見せるのが定石なのかもしれませんね。
ならば、次は一番得意な風魔法にしましょう。
それと、もうひとつ試してみたいことがあるので、それでやってみましょう。
使用する魔法を決め、右手の人差し指を掲げます。
なぜでしょう、ごくりと周りの皆様が息を呑んだのが分かりますわ。
そんなに注目しなくても……初めての試み・その2なので、失敗する可能性だって高いのです。
けれど、なんとなくですが、成功するような気がしてたまらないのですわ。
「皆様、日本語には、漢字というものもあるのですよ?」
描き終えた魔法陣の締めくくりに書いたのは、“風の刃”という文字。
ちなみにわたくし、書道三段ですの。
先程の片仮名はいまいちの仕上がりでしたが、今度は満足のいく字が書けましたわ!
「“風の刃”!」
思わず、勢いよく唱えてしまったのがいけなかったのでしょうか……。
「い、今なにか出たか……?」
「ちょ……あれ見ろ!」
なにも起こらないと思われた一拍のち、魔法人形は細切れに、その背後にあった木々が次々と倒れていきました。
「ああああっ!?も、申し訳ありません!」
目にも留まらぬ速さというのでしょうか、わたくしの唱えた風の刃は、どうやらものすごい勢いと速さで魔法人形とその延長線上の木々をぶった切ってしまったようですわ。
「し、森林破壊など……母上様に叱られてしまいます!」
さすがのわたくしも真っ青になってしまいましたが、「お嬢、そこじゃないですよ!」とリュカが大声で突っ込んできました。
「ええと、試験官の先生方、ご心配なさらずに。切り倒してしまいました木々はわたくしが魔法でなんとかいたしますわ!」
なんの罪もない木々を切り倒してしまったのですから、きちんと元に戻さないと!
「……なんとかなるのですか?」
「え?ええと、そうですわね……土魔法と水魔法を使えば恐らく……」
それならば残りの二属性の試験は木を元に戻す魔法ということにしましよう!とひとりの試験官が焦ったように提案したことに、その場の全員がそうしましょう!と激しく同意していました。
あれ……わたくしひょっとして、やらかしてしまいました?
「ひょっとしなくても、やらかしてくれましたよ」
「セレナ様には驚かされてばかりです……」
「すごいですわ!セレナ様、とても素敵です!」
リュカとエマ様に呆れられ、ジュリア様にははしゃがれたことで、わたくしはやっと自分が何をしたのかを猛省することができたのでした。




