円舞曲は恋人達のための踊りですのよ?4
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ルクレール国第二王子とブランシャール男爵令嬢の入場は、それはそれは周囲の者を驚かせた。
その驚きが、嫌悪感の滲むものであったことは、言うまでもない。
いわば見本になるべき一国の王子が、婚約者がいる立場でありながら理を捻じ曲げ、他の女をパートナーとして選んだのだ。
それも、揃いの衣装まであつらえて。
これに眉をひそめる令嬢は多かった。
その王子の相手がブランシャール男爵令嬢であることも良くなかった。
なにせ彼女はとてもかわいらしい容姿をしており、わざとらしくとまではいかずとも、他の令息達とも親しげに接することが多かったから。
そんな令息達の婚約者達は、皆不満を持っていた。
そんな関係ではないと否定されてしまえば、それまで。
けれど、疑惑は憶測を呼び、憶測は時に真実さえも捻じ曲げてしまうものだ。
ブランシャール男爵令嬢は、お気に入りの男性達を侍らせ楽しみ、第二王子すらも唆している。
そんな噂がまことしやかに流れていた。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。ミア、僕のパートナーとして堂々と踊ろうじゃないか」
「……そうですね!嬉しいです!」
レオがセレナの手を引いて去った後、リオネルに手を握られたミアははっとしてそう答えた。
(今の……なんなの?あたしがやってたゲームのイベントとは違った。あんな……俺様系っぽいイケメンなんて知らないし、悪役令嬢のセレナだって震えて逃げ出すだけだった。また、バグなの……?)
内心の不安を隠しながら、ミアはリオネルと微笑み合う。
そして、試験官から順番を呼ばれるまで飲み物でも飲んでゆっくりしようとホールの端に移動した。
その時に感じた視線も、思っていたものとは違うことに困惑する。
(どうして……?ここは、周りの人間たちも真実の愛を貫こうとする私達に、羨望の眼差しを向ける場面じゃないの!?)
そしてリオネルもまた、その視線に含まれている感情には気付いており、ミアを守るようにして腰を抱いた。
「大丈夫、君は僕が守るから」
ときめくような甘い台詞なのに、少しも安心できない。
あたしはヒロインで、リオネルは攻略対象なのに。
どうして……。
ミアの頭の中がその言葉でいっぱいだった、その時。
「次のグループ。第二学年――――――――、第五学年レオ・アングラード、え〜ゴホン、第三学年セレナ・リュミエール組、以上五組、中央へ」
元々の自分のパートナーだった男と、悪役令嬢のはずの女の名前が呼ばれた。
ふたりとも長身で迫力のある美男美女、また先程の騒動もあり、とてつもなく目立っていた。
堂々とした振る舞いとその立ち姿には気品が感じられ、急ごしらえであるにも関わらず、まるで本来のパートナーであるかのように、ふたりの並ぶ姿はしっくりときていた。
「ね、レオ様のあんな表情、初めてではありませんこと?」
「本当!リュミエール公爵令嬢と親しいなんて、聞いたことありませんでしたのに……」
悔しいと言いつつも、ふたりが似合いであることを認める令嬢達は多かった。
少し前までの派手な彼女を彷彿とさせる装いなのに、女性としての美しさと強さを感じさせ、それがまたレオの隣にあるということがよく似合っていた。
物語の中の王子様のようなリオネルの隣では、輝けなかった美しさ。
そしてそんな彼女を見つめるレオの表情は、普段の彼からは想像もできないほどに優しかった。
なにより、円舞曲を踊るふたりが、とても楽しそうで。
軽やかなステップも長い手足を活かして伸びやかにとるピクチャーポーズも。
息ぴったりで進む流れるような踊りに、周囲の者は魅了されていた。
「素敵……」
思わずそんな称賛の言葉がこぼれてしまうのも、仕方のないことだった。
* * *
「随分と楽しそうだな」
「ええ、とても楽しいですから」
ホールの中央でレオ様とホールドを組むと、なぜだかとてもしっくりときて、ステップを踏み始めるとすごく体が軽く感じられました。
長身のわたくし達はなかなか身長の釣り合うお相手がいないのですが、どうやら丁度良い身長差のようですね。
そしてレオ様はとてもリードがお上手です。
お兄様方ももちろんすごく上手なのですが、なんと言いますか、優しすぎると言いますか……。
レオ様はわたくしの手や体を少しだけ遠くに導こうとします。
それが普段よりもわたくしの体を伸びやかに、優雅に見せてくれるのです。
そのどきどき・わくわく感が楽しくて、思わず顔が綻ぶのですわ。
円舞曲といえば恋人達のためのような踊りで、少々この距離感が気恥ずかしくはあるのですが、楽しさのほうが勝ってしまいましたわ。
「俺はよく無茶をすると言われるのだが。セレナ嬢は違うのだな」
「はい。こんなに自分の体が開くなんて、知りませんでした。レオ様は相手の持つものを引き出すのがお上手なのですね」
事実を口にしただけなのですが、レオ様は面食らったような表情をしたのち、ぷはっと笑いました。
「俺もつられるから止めろ」
「なぜです?ダンスは本来、楽しむものでしょう?笑って下さいませ」
こんなに踊っていて楽しい気持ちになったのは初めてです。
ああ、そういえばこれは試験だったのですわと思い出せば、試験官から終了の合図が出され、曲が少しずつ消されてしまいました。
残念、そんな言葉が頭をよぎった時。
「残念。終わってしまったな」
頭上から、レオ様の低い声が聞こえました。
ぽかんと間抜けな顔で見上げてしまうと、どうした?と覗き込まれてしまいました。
「いえ……すみません、わたくしの心の声が漏れ出てしまったのかと思いまして……」
「……は?」
「ああっ!申し訳ありません、わたくしなどが烏滸がましいことを」
「いやいやいや、ちょっと待……」
「とりあえず退場いたしましょう、次に出る皆様の迷惑になりますわ!」
はたと気付けば、いつまでも中央にいるわたくし達にどうしたんだろうという視線が集まっております。
これはいけません、人様に迷惑をかけるな、これは母上様の教えのひとつです。
ぐいぐいとレオ様を引っ張って退場すれば、試験官のほっとした顔が見えました。
ふう、ぎりぎりのところで気付いて良かったですわ。
「セレナ様、レオ様!本当に、とっっても素敵でしたわ!」
先程の場所に戻ると、キラキラとした瞳のジュリア様がたくさん褒めて下さいました。
フェリクス殿下やリュカの様子からも、練習は無駄でなかったのだと実感できます。
けれど今日のこの結果は、練習のおかげだけではなく、レオ様によるものが大きいでしょう。
ちらりと隣に立つレオ様を見ると、ばちりと目が合いました。
あれ、そういえば。
「そういえば、私達の今日の衣装。ふふ、おかしいですね。急遽決まったパートナーのはずなのに、まるでお互いの持つ色に合わせたかのようです」
レオ様の装いは、私の髪の色の黒に、瞳の色のクラヴァット。
そしてわたくしは、レオ様の髪色に似た赤と黒に、瞳の金の刺繍のドレス。
「リオネル殿下とミアさんのようなお揃いにも憧れますが、わたくしはこれも素敵だと思いますわ」
わたくし、きっと浮かれていたのでしょうね。
「な……っ!お、おまえ……!」
「おや、なかなか大胆なことを言ってくれるね」
「お嬢……だから無闇矢鱈に誑し込むなと……」
「す、素敵です!私もそう思います!!」
皆さんの反応が面白くて、つい声を上げて笑ってしまったのです。
――――母上様、踊るということは、本当に楽しくて素晴らしいことですね。
母上様から長年教えて頂いた踊りではないのですが、わたくしは今日、心からそう思ったのです。




