円舞曲は恋人達のための踊りですのよ?3
「残念と言えば残念なのです。折角悪役令嬢としてアピールする場でしたので……。ですが、ああして主役達の純愛を見せつけるシーンならば、悔しげに去るのが正解ですわよね。急なシナリオ変更に、わたくしきちんと対応できていたでしょうか!?」
突然のことに周りの反応まで見る余裕がなかったので、皆様に聞きたいのですわ!と切実な胸の内を語れば、なぜか皆様無言でわたくしを見ていらっしゃいます。
「あの、セレナ様。まさか先日のお話は、本気で……?」
「?勿論ですわ」
恐る恐るといった様子で聞いてくるジュリア様に、きっぱりと答えます。
「先日のお話がなにかはよく分からないけれど、とにかくリュミエール公爵令嬢は彼らのことを気に留めていないということかな?」
「あっ!申し訳ございませんが、それは乙女の秘密にさせて下さいませ。それと、かの方々のことはある意味ではとても気に留めておりますが、嫉妬という類の話であれば、全くこれっぽっちも、とだけお返事させて頂きます」
どことなく楽しそうな様子のフェリクス殿下には、わたくしのつまらない私情に付き合わせてしまったことを申し訳なく思いながら答えます。
「……それではなんだ、俺のやったことは無意味だったのか……?」
なぜだかアングラード様がショックを受けたように蹲っておられます。
「あっ、いえ!さすがにわたくしも予想外のことに足が震えておりましたので、ああして手を貸して頂いて、連れ出して下さったのはとてもありがたかったです。先日のことといい、アングラード様は、とてもお優しいのですね」
あわあわと慌てて小さくなってしまったアングラード様の頭に向かってお礼を言います。
あ、つむじが見えますわ。
長身の方のつむじってなかなか見れないので貴重ですわね!
そんなことを考えていると、むくっとアングラード様が顔を上げて、わたくしをじっと見つめました。
「?あ、そうですわ。試験の相手役まで務めて頂けるなんて、本当になんとお礼を言ったら良いか……。わたくしなどでは不服かもしれませんが、足を引っ張らないように精一杯努力いたしますので、よろしくお願い致します」
ぺこりとお辞儀をすれば、はあぁと深いため息が聞こえました。
「レオ」
「はい?」
「その、アングラードっていうの長いからな。レオで良い。フェリクスもそう呼んでいるし」
「ええと、では、はい。レオ様、よろしくお願い致します」
よく分かりませんが、わたくしの相手役をご了承頂けたということでよろしいのでしょうか?
「あんたのことも、セレナ嬢と呼ばせてもらう。リュミエール公爵令嬢、長くて呼び辛い」
まあそうですわよね、日本名は“如月さん”など呼びやすいですけど、リュミエール公爵令嬢なんて長ったらしいですもの。
勿論よろしいですよと答えれば、やっとアング……いえ、レオ様が笑ってくれました。
「じゃ、こっちはこっちで仲良くやろうぜ。あんた、面白いし」
面白い……?
「自分ではあまり面白みのない人間だと思っているのですが。そのせいでリオネル殿下にも愛想をつかされてしまったわけですし」
「ぶっ!」
「ええ〜リュミエール公爵令嬢、本気で言ってる?」
「そんな!それは殿下の見る目がなかっただけですわ!セレナ様はとっても素敵な方です!」
首を傾げながらそう言えば、三者三様の反応が返ってきました。
レオ様は笑いを堪えるように顔を手で覆い、フェリクス殿下は疑いの眼差しを向け、ジュリア様はぷんすかと否定。
「だから言ったのに。無自覚に誰も彼も誑し込むんだから……。はあ、俺絶対に旦那様と兄弟にしばかれる……」
「?なんです、リュカ。なにか言いまして?」
なんでもないですと首を振るリュカは、呆れたような、それでいて仕方ないなという表情で、先程の騒動で乱れたわたくしのドレスを整えてくれました。
なぜでしょう、悪役令嬢として試験を通し、ミアさんにリオネル殿下とのダンスを見せつけるという任務は失敗に終わったのに。
こんなにも心が満たされているのは。
ミアさんとリオネル殿下の素敵なシーンを見ることができたから?
いえ、恐らく違いますね。
「さ、じゃあ緊張が解れたところで、そろそろ俺達の番だ。初めてだからな、合わせ辛いところがあるかもしれないが、俺もできるだけのことはやる。セレナ嬢、手を」
笑いを収め、警戒を解いたような、リラックスした表情でレオ様がわたくしに手を差し出してくれました。
その大きな手に、わたくしも再度手を重ねます。
「セレナ様なら絶対大丈夫です!」
「応援してるよ、ふたりとも」
「お嬢、頑張って下さいね」
こんな気持ちで試験に臨むことができるなんて、思っていませんでした。
「はい、頑張って参ります!」
温かい眼差しに見送られながら、わたくしとレオ様は手を取り合ってホールの中央へと歩き始めたのです。




