円舞曲は恋人達のための踊りですのよ?2
試験会場は学園のパーティー用ホール。
入学式や卒業式(この世界にもあるのですわ)、卒業パーティーなど様々な行事で使われています。
リュミエール公爵家の屋敷に備わっているそれと同じくらい、豪華できらびやかな作りになっていて、試験会場としては贅沢に思います。
この試験は全学年同日開催で、学年が違う婚約者同士でもパートナーが組めるように配慮されています。
昔はくじ引きで決めていたようなのですが、まあ色々とあったみたいですね。
さすがに在籍者全員で行うのは無理なので、グループ分けされ、時間差で行うことになっています。
ホールに入場すると、既に同じグループの何組かの生徒が集まっており、パートナー同士や友人達とお話しされていました。
グループが一緒だったジュリア様とフェリクス殿下のお姿もありましたが、仲睦まじげにお話しされていたので、挨拶は後にすることにしました。
それにしても、わたくしのお相手のリオネル殿下ですが……まだお姿が見当たりませんね。
もう集合時間は過ぎた頃だと思うのですが……。
殿下はいつもあまり早めにはいらっしゃいませんから、それほど気にすることではないかもしれませんが……。
なんだか、嫌な予感がいたしますわ。
「お嬢?」
リュカにかけられた声にびくりと肩を跳ねさせると、入場用の扉からよく見知った方達が現れました。
ああ、やはり。
悪い予感というものは、大抵当たるものなんですよね。
「ミア、すまない。少し遅れてしまったな」
「そんなことありません。主役は遅れて登場するものですから!」
ざわざわと周囲から戸惑いの声が聞こえます。
ええ、それも仕方のないことでしょう。
なぜなら、ミアさんのドレスとリオネル殿下のクラバットはどう見ても同じ布。
衣装にも、同じ刺繍が施されています。
まるで対になるように作られたような……というか、実際そうなのでしょうね。
「お嬢……」
リュカも戸惑いの色を隠せない様子で、わたくしの背後に立ちました。
「セレナ様!あれは……」
そしてジュリア様も、フェリクス殿下と一緒に心配そうに駆け寄って来て下さいました。
ここにエマ様もいたら、きっとわたくしのために怒って下さったのでしょうね。
それくらい、おふたりの行動は衝撃的なことなのです。
「セレナ?……ああ、そういえば君も同じグループだったね」
ジュリア様の呼び声が聞こえたのか、リオネル殿下はわたくしの存在に今気付いたかのようにこちらを見ました。
「婚約者がパートナーとなる試験で、リュミエール公爵令嬢と第二王子が同じグループになるのは、誰もが知っていることだが?」
そんなリオネル殿下に冷静にそう返したのは、フェリクス殿下。
流石に友好国の王子に悪態をつくことはできなかったのでしょう、リオネル殿下は顔を歪めながらも、なにも言い返せない様子です。
そんな微妙な空気の中、ミアさんがでも……とおずおずと口を開きました。
「学園は在籍中、生徒は皆平等だと説いているのに、婚約者がいる方は試験の相手も決められてしまうなんて。そんなの、不平等ではありませんか?」
かわいらしい声で、必死に訴える姿はまさにヒロイン。
「そうだ、だから僕は今回の試験のパートナーを、ミア・ブランシャール男爵令嬢とすることに決めた」
ざわり、と今度こそ周囲から戸惑い通り越して驚きの声が響きました。
「夜会では一曲目、必ず婚約者と踊らなければならない。学園でくらい、それに縛られなくても良いだろう?」
ミアさんに寄り添うリオネル殿下は、ヒロインを守ろうとするヒーローの姿、そのものです。
ですから、わたくしはこう言うしかありませんでした。
「……かしこまりました。殿下の、ご随意に」
気品を損なわないよう、今できる最上質の礼をとって、わたくしはその場から離れました。
そんな時、無言で去ろうとするわたくしの耳に、力強い、どこか威厳すら感じさせられる低い声が響きました。
「ならば、俺のパートナーはリュミエール公爵令嬢ということで良いか?」
思いもよらない言葉にぱっと振り向くと、そこに立っていたのは、黒を基調に紫の差し色で飾られた正装に身を包んだ、黒髪の貴公子。
「予定されていた俺のパートナーがブランシャール男爵令嬢だったのだが、王子殿下と組まれるということなら、そうなるのが自然だよな?」
先日わたくしとぶつかってしまいました、アングラード様、その方でした。
「レオ。……そうだな、突然のことだし、そうするのが一番効率良さそうだね。どうですか、先生方」
予想外の連続で呆気にとられていた先生方が、フェリクス殿下の一言ではっと我に返りました。
王族たちの言葉に反対するわけにもいかなかったのでしょう、戸惑いつつも了承されました。
「じゃあ、そういうことで。リュミエール公爵令嬢、お手を」
「え?あ、はい」
さっと出されたアングラード様の手に、反射的に手を重ねてしまいました。
するとさっさとリオネル殿下たちの側を離れようと、アングラード様はわたくしを引っ張って歩き出しました。
そしてその後を、リュカとジュリア様、フェリクス殿下も追って来てくれました。
「ここまで来ればあの不快な顔を見なくて済むだろう。災難だったな、リュミエール公爵令嬢」
手を引く力強さとは打って変わって、アングラード様が優しい声でわたくしを労ってくれます。
「本当に!なんて非常識な……セレナ様、気丈にしていらっしゃいましたけど、お辛かったでしょう?」
泣きそうな顔のジュリア様が、わたくしの両手を握ってくれました。
「同じ王子として情けないね。大切な婚約者に、人前であんな仕打ちをするなんて」
憤った声のフェリクス殿下がため息をつかれました。
そんな心配そうなお三方に向かって、わたくしはにっこりと微笑みました。
「そんな顔をしないで下さいませ。わたくし、全然気にしておりませんので!」
ぱあっと晴れた表情のわたくしに、お三方は口をぽかんと開け、少しうしろに控えたリュカはやっぱりな……と呆れた顔をしたのでした。




