これが巷で噂の異世界転生?1
「なにをしているんだ、セレナ!」
「ひどい!ひどいです、セレナ様!」
……ええっと、これはどういう状況ですの?
わたくし……。
ああ死んだのねと思って目を閉じたはずなのに。
気付けば周りは外国様式の庭園のような見慣れない景色、目の前には上質な服を纏った一組の男女。
よく見れば、おふたりと同じ服に身を包んだ方々が何人か、わたくしたちを遠巻きに見ていらっしゃいますわ。
目線を下げれば、いつの間にかわたくし自身も身に着けているではありませんか。
これは制服でしょうか?
私が通っていた高等学校の制服もかなりの上等なものでしたが、これはそれ以上です。
皆様わたくしと同じ年頃の方ばかりですし、企業ではありませんよね。
とすると、ここは学校かしら……?
「おいっ!聞いているのか!?」
男性の叫び声に、はたと意識を目の前のふたりに戻す。
?わたくしに向かっておっしゃってます?
「私はともかく、王子殿下のことまで無視なさるなんて!やっぱりセレナ様はマナーのなっていない方なんですね!」
そう叫ぶ女性を見れば、まあ、なんてかわいらしい方なんでしょう。
髪色や目の色を変えている方はよくお見かけしますが、それにしてもピンクのふわふわとした髪も、琥珀色の大きな目もとても似合ってらっしゃいますね。
ぷりぷりと怒ってらっしゃる表情もまた愛らしくて……。
そのお隣にいる恋人でしょうか、男性もキラキラとした金髪に透き通るような碧眼。
まるで物語の王子様のようですわ。
それにしてもわたくし、マナーがなっていない!などと言われるのは久しぶりですわ。
幼い頃はよくばぁやに振る舞いがなっていないと叱られたものです。
ああ、懐かしいですわ……。
「無視するな!」
「聞いていますかっ!?」
再度投げられたおふたりの叱責に、わたくしはまた我に返ります。
「も、申し訳ありませんわたくしったら、つい……。ですがどなたかとお間違えではありませんか?わたくしの名前は、セレナではなく……」
そこまで口にすると、急にズキッと頭に痛みが走りました。
突然の痛みにガクリと膝をつくと、急激に大量の今までの私の記憶が頭の中を駆け巡ります。
そうです、わたくしは――――。
「ふん、そうしてすっとぼけていればいい!今に痛い目を見るのはお前だからな!」
あらあら、せっかくの麗しい王子様顔をそんなに歪ませては、台無しですわ。
痛みの引いた頭でそんなことを考えながら見上げると、おふたりは肩を寄せ合い、その場を去りました。
それを皮切りに、周囲にいた方々もわたくしを気まずそうに見ながら早足で去っていかれました。
あらまあ、このような扱いをされるなんて……。
「新鮮ですわぁ……」
「なに言ってんですかお嬢」
ほうっと珍しい事態に浸っていると、背後から不遜な声がした。
「いつも言いますけど、なんで少しも言い返さないんですか?その無駄に迫力のある目力で睨んでやれば良かったのに。ったく、言いがかりも甚だしいっつーの」
この口が悪い男は、私の護衛兼従者のリュカ。
「お嬢に止められてるから我慢してますけど、そろそろ限界ですよ」
むっすりした表情の奥には、わたくしを心配する気持ちが見て取れます。
この男は、セレナに拾われてから、ずっと彼女を守ってきました。
命の恩人、とでも思っているのでしょう。
「まあそう言わずに。かわいらしいじゃありませんの。まだお若いおふたりですから、障害のある恋とやらに盛り上がってしまうのも分かりますわ」
「……は?」
のほほんとそう返したわたくしに、リュカは信じられないという顔をした。
「それにわたくし、かの方々のことはもうそっとしておくのが一番だと思いますの。わたくし達外野がなにか言っても、恋する心は止められないものですし」
「……おい」
「それよりもわたくし、やりたいことがたくさんありますの!まあ結婚相手が他の方を想っていらっしゃることは非常に残念ですが、それは一旦置いておきまして。まずはこの世界を楽しみたいのですわ!」
興奮冷めやらぬ様子でそう語るわたくしに、リュカは怪訝な顔で口を開いた。
「あんた……誰?」
あら、さすがに勘が鋭いですわね。
今までのわたくしとは違うと、すぐに察したようです。
ですがリュカには受け入れて頂きたいですわ。
たった今から、わたくしは生まれ変わったのです。
セレナ・リュミエール公爵令嬢。
それが、巷でよく聞く“異世界転生”をしたらしい、今世のわたくしの名前。
学校の友人に貸していただいた小説で、少しだけ読んだことがありますわ。
今の時点では、唯一無二の存在と出会って恋をするという願いは、少々難しいようですけれど。
でも、今のわたくしには時間がある。
「さあ、帰りましょうリュカ。まずはあなたに、聞いてほしいことがたくさんあるの」
リュカは怪しげに見つめながらも、満面の笑みで差し出した私の手を取って、帰りの馬車へと案内してくれました。