わたくし、初体験ですわ!3
そうして三人で和やかな時間を過ごし、そこでジュリア様とエマ様とは別れました。
帰る前に少しだけ図書室に寄りたかったので、わたくしだけ少し早めに失礼したのです。
「意外ですね、お嬢が武術に心得があったなんて。前の世界でってことでしょう?」
「ええ。母上様が色々と習わせて下さったので」
こそこそとリュカと話しながら廊下を歩いていましたが、試験が終わってもう帰ってしまった方が多いのでしょう、人とすれ違うことはほとんどありませんでした。
カフェテリアも普段より人がまばらでしたしね。
ですから、少し気が緩んでいたのです。
曲がり角の向こうから人が来ることに気付くのが、遅くなってしまいました。
「きゃっ!」
「おっと」
急に前方に現れた方と見事にぶつかってしまい、あわや転倒するというところで、たくましい腕がわたくしを支えてくれたのです。
「お嬢!大丈夫ですか!?」
「え、ええ、大丈夫。申し訳ありません、前方不注意でしたわ」
「いや、こちらも悪かったな。怪我がなくて良かった」
焦るリュカに心配いらないと告げ、体勢を整え助けてくれた目の前の男性を見上げると、顔とお名前だけは知っている方でした。
彼はふたつ年上の第五学年、レオ・アングラード様。
先程お話に出てきた、隣国の第三王子、フェリクス・セザンヌ殿下のご友人として一緒に留学されてきた方です。
こんなに間近でお顔を拝見するのは初めてですが、とても整っておりますのね。
光を浴びると艷やかに輝く所々に赤みを帯びた黒髪、そして鋭く光る金色の瞳。
まるで、一匹のしなやかな野生の猛獣のようです。
そして170センチのわたくしの頭ひとつ分近く背が高いところを見ると、185センチはありそうですね。
端正なお顔立ちな上に高身長とあれば、ご令嬢方に人気なのも頷けますわ。
「レオ?どうしたんだ?」
そこへ、アングラード様のうしろからジュリア様の婚約者、フェリクス殿下が現れました。
藍色の上品な髪と、知性を感じさせる紫紺の瞳。
ジュリア様と並ばれると、それはそれは絵になるのでしょうね!見てみたいですわ!
とここで、興奮しそうになったところを背後からリュカにつつかれ、はっと我に返りました。
危ないですわ、いくら素敵な恋人達を見つけたといっても、暴走しないと約束したのでした。
「ああ、フェリクス。いや、少し俺がぶつかってしまってな。運良く怪我はなかったんだが、謝っていたところなんだ」
「そう、気をつけなよ。君は……第三学年の、セレナ・リュミエール公爵令嬢だったね。最近話題の」
さらりと自分のせいだと言って下さるアングラード様は、見た目に反してとても紳士的なようです。
それにしても、“最近話題の”とは……。
まあ恐らく、見た目を変えたからでしょうね。
「ジュリア嬢から聞いているよ。とても素敵なご令嬢で、すごく良くしてもらっているんだと」
……と思ったら、なんと話題の情報源はジュリア様でした。
どことなくですが、婚約者の名前が出てフェリクス殿下の頬が緩んだ気がしました。
「そんな、わたくしの方こそ仲良くして頂いて、毎日とても楽しく過ごせておりますの」
そんな殿下に好感を覚えてふわりと微笑むと、面食らったような顔をされてしまいました。
「ふうん、随分と雰囲気が変わったと聞いてはいたけれど……」
「おい、そんなじろじろと見てやるなよ」
顔を近づけてきた殿下とわたくしの間に、アングラード様が体を差し入れ、庇うように立ったのです。
「ああ、申し訳なかったね。ジュリア嬢の友人ということで、気が緩んでしまったようだ。もし良かったら、今度彼女やレオも交えてお茶の時間でも一緒にどうだい?」
「まあ……そんな、恐れ多いですわ」
一度はそう言って遠慮させて頂いたものの、是非にと言われてしまったので、光栄ですとだけ返すことに致しました。
社交辞令かもしれませんしね、ジュリア様はともかく、アングラード様が嫌がる可能性だってあります。
「ではわたくしはこれで。アングラード様、大変失礼致しました。殿下も、御前失礼致します」
ここで長話になるのは避けたい事情もありますので、そう言ってスカートの裾を持ち礼をとりました。
「ああ、すまなかったな」
「またね、リュミエール公爵令嬢」
何事もなかったかのように振る舞いその場を辞しましたが、心臓はバクバクでしたわ。
そうして角を曲がっておふたりの姿が見えなくなり、しばらく進んで図書室の前に来ると、ぴたりと足を止めました。
「?お嬢、どうしたんですか?」
「び、びっくりいたしましたわ!!」
あくまでも小声でしたが真剣なわたくしの声に、リュカが驚きます。
「ま、まさかあのような映画や漫画のような一場面を経験することになるなんて!なんとか表情を取り繕っていましたが、わたくしを庇うような仕草までされて、正直限界ですわ!すぐにお別れできて良かったですが、リュカ、わたくし最後まで冷静さを保てていたでしょうか!?」
今更に思われるかもしれませんが、こういう恥ずかしさは後からじわじわ来るものなのです!
「エイガ?マンガ?なんかよく分かりませんが、全然普通に見えましたよ」
むしろいつもの暴走姿よりよほどマシだったとのリュカの言葉は、混乱していたわたくしの耳には残念ながら届きませんでした。
「ふう、見る側だった時はただ羨ましく思っていただけですのに、当事者となるとこんなに我を忘れることになるとは……危険ですわ」
母上様、ときめきとは恐ろしいものですのね。
わたくし初めて知りましたわ。
なれば平民になって自分の恋を見つける時には、もっと気を引き締めなければいけませんわね!
さて、胸の鼓動も治まってきたところで、気を取り直して図書館に参りましょう。
姿勢を正し服装の乱れを直すと、わたくしは図書室の扉を開けました。
「……それは、あのアングラード様にドキドキしたってことか?」
入室する直前のリュカの呟きには、気付くことなく。
いつもお読み頂き、ありがとうございます(*^^*)
やっと保護者枠以外の男性陣を登場させることができました……!




