わたくし、初体験ですわ!2
かくかくしかじかと訳を話すと、おふたりの顔が曇っていきました。
「話は分かりました。でも、そんなのセレナ様が損するだけじゃありませんか?」
「そうですよ!それに相手ってあのブランシャール男爵令嬢ですよね!?確か、ミア様っておっしゃる!」
納得いかないというおふたりの言葉に、もっと言ってやって下さい!とこっそりリュカが応援していました。
それを無視して、わたくしはおふたりに微笑みます。
「わたくしを心配して下さる気持ちはとても嬉しいのですが、もう決めたんです。それにわたくし、今をとても楽しんでいますのよ」
家族と心を通わせて友達もできて。
そして、想い合うふたりを結ぶ手伝いができる。
母上様が教えてくれた、人生を楽しむという言葉をまさに今、実感しているのです。
「で、でも、待って下さい。私達が初めて勉強会をしたあの日、セレナ様ははじめミア様のお勉強を見ていらっしゃいましたよね?」
「そ、そうですよ。しばらく見ていましたけど、すごく親身になって教えてあげていましたよね?」
まあ、そういえば見られていたのでしたね。
ただ勉強を教えたのではなく、悪役令嬢としての台詞をミアさんに言い放ったのだと、あの時のことをお話しすると、なぜでしょう、変な顔をされてしまいました。
「……それって、」
「しっ!みなまで言わないで下さい、ジュリア様」
なにか言いかけたジュリア様の口を、エマ様はさっと塞いでしまうと、こほんと咳払いをしました。
「なるほど、セレナ様のお気持ちは分かりました」
「分かって頂けましたか!?悪役令嬢としてまだひよっこのわたくしですが、かの方々のために、またわたくし自身のためにも精一杯務め上げたいのですわ!」
力説するわたくしに、エマ様もうんうんと頷いてくれます。
「私達も、及ばずながらお手伝いさせて頂きますね」
「宜しいんですの!?ああ、おふたりにも打ち明けて良かったですわ」
ジュリア様は困惑の表情でしたが、わたくしを思ってか渋々了承してくださいました。
そしてエマ様はというと、感激する私の手を握りながら、なにやら後方のリュカと目配せをしていました。
どうしたのかと聞いたのですが、なんでもありませんと首を振られてしまいました。
最近、こんなことが多い気がするのですが……?
「ですが、第二王子殿下は大丈夫なのでしょうか?その、婚約者がいる身であのような……」
ジュリア様はおそらく、ミアさんとのことを言いたいのでしょう。
確かに貴族の模範ともなるべき王子が、そんな節度のない行動をとって良いのかと。
「うーん。正直言って、少し油断してますよね。第一王子殿下は長く国を不在にしていますし、第三王子殿下はまだ九歳と幼い。少しくらいの我儘はまかり通ってしまいますもの」
エマ様のお言葉には、頷かざるをえませんね。
この国の王室には、少しだけ複雑な事情があります。
前王妃殿下は第一王子殿下を産んでしばらくして、崩御されました。
代わりに王妃の座についたのが、現王妃殿下。
前王妃殿下の侍女を務めた、侯爵令嬢だったそうです。
その婚姻に愛はありませんでしたが、代わりに前王妃殿下を交えた信頼がありました。
敬愛する前王妃殿下の今際の時、代わりに自分が陛下を支えるとお約束されたそうです。
そうして第二王子殿下、第一王女殿下、第三王子殿下をご出産されたのです。
愛がないのに、どうしてそんなに子だくさんなのかとの疑問はありますが、浅慮なわたくしになど到底考えのつかない事情があるのでしょう。
しかしここで問題が。
現王妃殿下も我が子のように第一王子殿下をかわいがっていたのですが、周囲はそう甘い目で見てはくれませんでした。
そう、後継者争いです。
第一王子殿下の立太子を望む派閥と、第二王子殿下を望む派閥との争いが始まったのです。
陛下も王妃殿下も、大変心を痛めたそうですが、そうやすやすと問題が解決するわけではありません。
友好国へ留学という形で、第一王子殿下を逃がすことにしたのです。
現在では齢二十一となられるそうですが、今でも国に戻られてはいません。
説明が長くなりましたが、そういうわけでリオネル殿下は第三王子殿下が生まれるまで、長く王宮に住む唯一の王子として、少々甘やかされてきたのです。
「まあ、すごく悪い人って訳ではありませんけれど。基本的には成績優秀ですし、人当たりも良いですし……」
とここで、暗い空気を変えようとしたのでしょう、エマ様がそういえば!と口を開きました。
「今回から、新しい実技試験が行われますね。そして試験後には定期的に授業に組み込まれるとか。私、実はとても楽しみなんです!」
「ええっ……私は、ものすごく不安です」
「そういえば、エマ様の家系からは騎士を多く輩出していますものね」
話題がすっかり切り替わって、空気も変わりました。
エマ様が張り切る新しい実技試験とは、“護身術”です。
貴族令息令嬢とは、大小あれども危険なことに巻き込まれることも多いもの。
令息達は幼い頃から嗜みとして剣術、弓術といった武術を習っていますし、ある程度は自分で身を守れるでしょう。
しかし、令嬢達にはそのような経験がほぼありません。
この時世、女性も自分の身を守る術を身につけると良いのでは?という意見が出たそうです。
「今回の試験はクラスを分けるのに、どれくらい動けるかを見るだけだって話ですし、そんなに肩に力を入れなくても大丈夫ですよ」
「それはそうですが……」
うきうきしているエマ様とは正反対に、お淑やかなジュリア様は不安な様子です。
ですが、貴族のご令嬢ならばそう反応する方が多いでしょう。
エマ様はきっと、お家柄幼い頃から武術に親しんできたのでしょうね。
この世界では、女性が武術を嗜むのは一般的ではなくとも、疎まれることはありません。
王宮の騎士団にも、少なからず女性の騎士が在席していますし。
エマ様のお家のように騎士の血筋ともなると、剣を持つ女性が多いのではないでしょうか。
「セレナ様はどうです?やっぱり、少し不安ですよね?」
同意を求めようとするジュリア様に苦笑しながら、わたくしは答えました。
「いえ、実はわたくしも、少し楽しみなんです」
えええっ!?と叫ぶジュリア様と、意外そうな顔をしたエマ様との反応に、悪戯が成功したような気持ちになり、わたくしは微笑んだのでした。