わたくし、初体験ですわ!1
図書室での勉強会から約一ヶ月。
定期試験が始まり、本日ようやく座学の試験が全て終了しました。
「はああ〜〜!私、やりきりました!こんなに達成感があるの、初めてです!」
「私も、今までで一番よくできました。これもセレナ様のおかげですね」
「まあ、そんなこと。それはおふたりの努力の成果ですわ。わたくしは少しお手伝いしただけですもの」
わたくしはエマ様とジュリア様と一緒にカフェテラスにいました。
明後日から実技試験が始まるとはいえ、とりあえずのお疲れ様会をしましょうと、こうして集まったのです。
一ヶ月も経てばすっかり打ち解け、こうして試験明けの時間を一緒に楽しめるくらい仲良くなりました。
ところでミアさんはどうだったのでしょう。
何度か声はかけようとしたのですが、リオネル殿下がよくご一緒におられるので、あの勉強会以来お話ができなかったのです。
あの問題集も、活用して頂けたでしょうか?
少しでも成績が上がって、リオネル殿下に褒めてもらってさらにラブラブになって下さると良いのですが……。
ちなみにわたくしは、いくら優秀な成績をとっても、一度も殿下に褒めて頂いたことはありません。
まあ仕方ありませんわね、ヒーローの甘い言葉は、すべてヒロインのためのものですから。
ひとりうんうんと納得していますと、エマ様が実は……と話を切り出しました。
「私、以前はセレナ様のこと、少し苦手だったんです。こんなこと言うのは失礼ですけど、公爵家のご令嬢だから、私達のことなんて見下してるのかなって。でも随分人が変わられて、最初は驚きましたけど、今思うと以前はただ緊張していただけだったのかなと思うことも多くて」
「そうそう。覚えてらっしゃらないかもしれませんが、私もペンを拾って頂いたことがあって。睨まれたと思って逃げちゃったんですが、せっかく拾って下さったのにと後悔しましたの。その節は申し訳ありませんでした」
「ああ……そういえば、そんなこともありましたわね」
確かに三年生になったばかりの頃、ジュリア様のペンを拾ったことがあります。
渡していいのかどうしようかとオロオロしていたら、怖い顔になってしまったんですよね。
エマ様にもよく思われていないのだろうなと感じていましたが、どうして良いのか分からなくて、結局なにも変われなくて。
あの頃は随分落ち込んだものでしたが、こうして誤解が解けて良かったです。
以前までのセレナの心も救われたような気がしますね。
「わたくしも悪かったのです。勇気を出して、一歩踏み出せば良かったのに。ですから、あの日図書室でおふたりに声をかけて頂いて、こうしてお友達になれたこと、とても幸せに思っています」
心からの言葉を伝えると、おふたりもにっこりと笑ってくれました。
そしてしんみりした話はここまでと、エマ様が明るい声をあげました。
「そういえば、セレナ様、今回の実技は自信があるのではないですか?最近の授業でもすごく堂々としていらっしゃいますし」
「本当。ダンスなんて、ここ最近ものすごくお上手になりましたよね。なにか特別なレッスンでもされたんですか?」
はい、確かにランスロットお兄様が呼んで下さった講師の先生との練習が、ものすごく特別でした。
先生は少しお年を召していらっしゃるのですが、背筋がピンと伸びていて、とても上品で立派なご婦人です。
ダンス講師としてはかなり名の通った方らしく……ええ、正直ものすごく大変でしたわ。
前世での母上様の特別稽古を思い出してしまいました。
といっても、元々セレナが身につけていた基本のステップはちゃんと覚えておりますので、素人からの出発でないのはありがたかったですね。
足や手の運びで日本舞踊のクセが出てしまうこともあって苦労しましたが、なんとか形にはなってきました。
これならばエリオットお兄様の、殿下とのダンスで格の違いを見せつけろ!作戦も遂行できそうです。
「優秀な先生について頂けて、運が良かったのですわ。確かに以前はあがり症で、上手くいかないことばかりでしたけれど、わたくしも皆さんに負けていられないと、努力したんです。今回の試験は、しっかり自分の持てる力を発揮できたらと思っています」
努力は裏切らない、今回はそれを体現したいですわ!
「素晴らしいお心がけですね。私も気を抜かずに頑張ります」
「はい、皆で頑張りましょうね。ええと、ジュリア様のダンスのパートナーは、フェリクス殿下でしたよね?セザンヌ王国の」
「そうそう!羨ましいですよねぇ、隣国の婚約者が短期とはいえ留学してくるなんて。私なんて婚約者がもう卒業しちゃって、滅多に会えないんですよ?」
「そ、それはたまたまで……!それに、私だってそんなに頻繁にお会いしているわけじゃ……」
からかうようなエマ様に、ジュリア様が真っ赤な顔をしてしどろもどろと否定していますが、これは分が悪いですね。
ジュリア様の婚約者、フェリクス・セザンヌ殿下は、隣国の第三王子。
友好国ということで、一年間こちらに留学しているのです。
何度かお見かけしたことがありまして、誰にでもお優しく見えますが、その笑顔が上辺だけのものにも感じていました。
けれど、ジュリア様とお話される時は穏やかに微笑んでいて、心から彼女を大切にしている姿が印象的でした。
ジュリア様の反応からも、きっとふたりは上手くいってるのでしょう。
そしてエマ様の婚約者は、エリオットお兄様の同級生で同じ騎士団の同僚でもある、ライアン・フーリエ伯爵令息。
お兄様と一緒にいるところに少しだけ出くわしたことがありますが、まだお若いのに落ち着いていて包容力のある、素敵な方でした。
溌剌としたエマ様のことも、きっと優しく包み込んで下さっているのでしょう。
それにしても、恋する乙女とは本当にかわいらしいですわ……。
ほっこりしてふたりを見つめていますと、なにかに気付いたエマ様が、一転して気まずそうな表情をされました。
「セレナ様、その、こんなことお聞きして良いのか分からないのですが、第二王子殿下とは……」
その言葉にジュリア様もハッとして、心配そうな眼差しをわたくしに向けました。
「ああ、気になさらないで下さい。わたくし、殿下と一緒になるつもりはありませんの」
そんなおふたりに気を遣って頂くのも申し訳ないので、あっけらかんとそう答えると、おふたりがぽかんと口を開けました。
「ちょ、お嬢!?」
うしろで控えていたリュカが慌てて口を挟んできたのを、わたくしは視線で制しました。
「セ、セレナ様、それはどういう……」
「わたくし、“悪役令嬢”を目指しておりますの!」
意気揚々と告げるわたくしに、おふたりは悪役令嬢……?と再び呆気にとられたのでした。