悪役令嬢の第一歩は、お友達を作ることでしたかしら?3
そうしてお勉強を始めて一時間。
「と、解けたわ……!」
「そうですわミアさん!合っておりましてよ!」
はじめこそ苦手分野ばかりの問題に四苦八苦していたミアさんも、少しずつ解くコツが分かってきたようです。
分かってくると楽しくなるもので、もう一問!と張り切って次の問を解き始めています。
この調子だと、『これだけやっても、あなた程度では無駄に終わるかもしれませんわね』という台詞は必要ないかもしれませんね。
生き生きとしたミアさんの様子を微笑ましく見守っていますと、近くからの視線に気が付きました。
「あっ……も、申し訳ありません、不躾にジロジロと!」
視線の方を向くと、そこにはクラスメイトのご令嬢がふたり、慌てた様子で立っていました。
おひとりはエマ・オランジュ伯爵令嬢。
蜜柑色の鮮やかな髪と意志の強そうな翡翠の瞳が印象的な、快活な雰囲気の方で、確か座学よりも実技を得意にしていらっしゃいました。
もうお一方は、ジュリア・ルノワール侯爵令嬢。
さらりと流れる銀髪に落ち着いた浅葱色の瞳が美しい、大人しい性格の、いかにも淑女という風貌の方です。
こちらは座学・実技ともに不得意なものはありませんが、ものすごく高得点というものもありません。
ですので、数教科だけでも特出するものを作れば、かなり上位を狙える位置にいます。
あまりお話したことがないおふたりですが、なにかわたくしにご用があるのでしょうか?
「あの、どうかしまして?」
「じ、実は……」
できるだけ恐がらせないように意識して声をかけると、もじもじしながらもジュリア様が意を決して口を開きました。
「失礼とは思っていたのですが、先程からおふたりの様子を見ておりまして。その、セレナ様の教え方がとても分かりやすく、もし、もし宜しければ、私達にも教えて頂けないかと!」
「まあ……」
言っちゃった!と勇気を出してお願いする様子がとてもかわいらしくて、思わず声をあげてしまいましたわ。
それを別の意味に捉えたのか、エマ様が慌てて口を挟んできました。
「驚くのも無理ないですよね。ご不快に思われたのなら、謝ります。申し訳ありません」
「いいえ、不快だなんてまさか。それどころか、そう言って頂けて、とても嬉しいですわ」
とんでもないとすぐに否定すれば、おふたりが驚いた顔をされました。
「わたくしでよければ、ぜひ。あ、ひとりで勝手に決めてはいけませんわね。ミアさん、おふたりも一緒によろしいですか?」
隣で問題を解いていたミアさんに確認を取ると、勝手にすればとそっぽを向かれてしまいました。
そして徐に問題集を片付け始めました。
「あたし、もう帰りますから。どうぞ三人でごゆっくり。あ、この問題集はありがたく頂いていきます」
そう言うとペンをわたくしに返し、さっさと席を立ってしまいました。
「え?あ、分かりました……。えっと、『これだけやったのですから、無駄に終わらないようにして下さいませね!』」
多少変わってしまいましたが、最後の台詞も言えましたわ!
満足したわたくしを、ミアさんは最後も微妙な顔をして振り返り、去って行きました。
その様子を席に座ったおふたりがぽかんと眺めていましたが、我に返ったジュリア様が申し訳無さそうな顔をしました。
「悪いことをしてしまいましたわ。申し訳ありません、セレナ様」
ですが問題集は渡せましたし、悪役令嬢としての台詞も言い切りましたので、わたくしとしては任務達成です。
気にしないで下さいと伝えれば、ほっとした顔をされました。
その後は、おふたりの分からない問題を一緒に解いたり、苦手分野の対策法を考えたりしました。
前世で亡くなる前は学校を休みがちでしたから、こういう時間が久しぶりで、とても懐かしく、楽しかったです。
そうして時間を過ごしているうちに、最初は遠慮がちだったおふたりも、段々心を開いてきて、砕けたお話もして下さるようになりました。
「ありがとうございました、セレナ様。あの、もしよろしければ、また色々とお聞きしても宜しいですか?」
そろそろ日が暮れそうだということでお開きの流れになると、馬車置き場までの道すがら、ジュリア様が頬を染めてわたくしに尋ねました。
「もちろんですわ。わたくしもすごく勉強になりましたし、こちらからお願いしたいくらいです」
そう答えると、嬉しさを滲ませて笑って下さり、わたくしの頬も緩みます。
「それにしても、セレナ様がこんなに話しやすい方だったなんて、驚きました。もっと早く話しかければ良かったです」
「クラスメイトですし、これからはいつでもお話できますね!私、セレナ様ともっと仲良くなりたいです!」
エマ様に続いてジュリア様も、嬉しいことを言って下さいますわね。
「ぜひ、仲良くして下さいませ。ああ、もう馬車置き場に着いてしまいましたね。それでは、ごきげんよう」
リュミエール家の馬車を見つけ、おふたりとはそこで別れました。
うしろから黙ってついてきていたリュカと共に馬車に乗り込むと、ふうっと一息ついて口を開きます。
「リュカ、どうでした!?わたくし、ちゃんと台詞言えていましたでしょう?」
褒めてもらえるはずだとわくわくしていたのですが、なぜかリュカの表情は冴えません。
どうしたんでしょう、首を傾げると、はあああ〜と深いため息をつかれてしまいました。
「あ〜〜〜まあ、お嬢らしくて良かったんじゃないですかね」
……なんだか、投げやりではありませんこと?
「ちなみに今日は予想外の展開でしたが、本来はどうやって勉強会に誘うつもりだったんです?」
なんだか上手く話を変えられてしまった気はしましたが、これはぜひリュカに感想を聞きたいことでしたので、大人しく話に乗らせて頂きましょう。
「よくぞ聞いて下さいましたわ!まずは、『ちょっと顔を貸して頂けます?』と言って図書室に連れ出し、『さあ、わたくしと一緒にお勉強しましょう!』と誘うつもりでした。どうです、単純かつ自然なお誘いでしょう?」
「……単純すぎて胡散臭いことこの上ないですね。てか、そんなんでついてきてくれるわけないでしょう!恋敵ですよ、あんたは!」
そんな、恋敵だなんて……。
恋愛ものによくある素敵な言葉に、わたくしの心がとくん……とときめいてしまいました。
頬を染めるわたくしに、リュカは諦めたようにため息をつきました。
「まあ……ですが、ご友人ができたのは良かったですね」
「そう!そうなんですの!わたくし、このままおひとり様でも仕方ないかと思っていたのですが、素敵なお友達ができて嬉しいですわ!」
ぱああっと顔を輝かせてそう答えると、今度は生温かい目で見つめられました。
そして、うーんと唸って何かを考え始めます。
「……もしかしてランスロット様、こうなることが分かってた、とか……?」
「?リュカ、なにか言いました?」
声が小さすぎて聞こえなかったため、そう聞き返したのですが、なんでもないですと言って、結局リュカは教えてくれませんでした。
それはともかく、母上様。
わたくしにも、この世界で初めてのお友達ができたみたいです。
悪役令嬢としても一歩を踏み出しましたし、この先のわたくしの活躍を、どうか見守っていて下さいませね。




