悪役令嬢の第一歩は、お友達を作ることでしたかしら?1
翌日、わたくしは学園に向かう馬車の中で、お兄様にご教授頂いた悪役令嬢としての台詞を復唱しておりました。
「ええと、『あなた、そんなこともわかりませんの?』『わたくしの貴重な時間の無駄ですわ』ですね、ああ、緊張してちゃんと言えなかったらどうしましょう……」
「……なんか、台詞練習してる時点で本当に舞台女優みたいですね。不安に思うところも、そこじゃないって言うか……」
リュカに呆れた目で見られるのも、もう慣れてしまいましたわ。
とにかくわたくしの今日の任務は、ミアさんに嫌味を言うことです。
そのためにもまず、ミアさんにお勉強会をご一緒できるようこぎつけなければ……。
「その、勉強会とやらに誘う文句は考えているんですか?」
「まあリュカ、馬鹿にしないで頂きたいですわ。それくらい、ちゃんと考えておりましてよ!それに、小道具の準備も万端ですわ!」
自信満々のわたくしに、リュカが不安そうな顔をしましたが、あえて無視することにいたしました。
そしてついに放課後、わたくしは意を決してミアさんのクラスを訪れました。
学園ではクラス分けは基本的に成績順となっています。
座学のみならばセレナはほぼ学年トップを誇っていたので、実技こそ多少残念でも成績優秀者が集うAクラスにわたくしは在席できています。
対してミアさんは下から二番目のDクラス。
わたくしとは正反対で、マナー以外の実技はまあまあらしいのですが、座学が相当難しいようですね。
ちなみに同い年の婚約者、リオネル殿下もわたくしと同じAクラスに在席しております。
婚約者かつクラスメイトだというのに、殿下がわたくしを少しも気にかけることがないのは周知の事実。
いつも人が少なくなるのをじっと待っているわたくしが、珍しく授業の終わりとともに教室から出たことに対しても、なんの興味も示しておいでではありませんでした。
それが、今は好都合なのですけれどね。
「ちょ、お嬢。そんな急がなくても!」
うしろから追いかけてくるリュカから注意を受けましたが、足を止めることなく前へ前へと進みます。
廊下を走るのははしたないと分かってはいますが、はやる気持ちを抑えきれず、早足でDクラスの前までやって来ました。
よし!と気合を入れて扉を開くと、ぎょっとした顔で中にいた方々から注目を浴びてしまいました。
そして、Dクラスの皆さんは、わたくしの後に窓際の席に座るミアさんを見つめて、青褪めました。
今日も相変わらずとてもかわいらしいです。
その証拠に、三人の令息がミアさんの席を囲んで話をしている最中でした。
しかしこれは、由々しき事態。
きっとあのお三方は、殿下一筋のミアさんに無理矢理言い寄っているのではないでしょうか。
そして心優しいヒロインはそれを上手く断れない。
それを颯爽と助けるヒーロー。
……というのが恋愛小説の定番ですが、残念ながらヒーロー(リオネル殿下)は本日すぐに王宮に戻って晩餐会に出席する予定ですの。
間違いありませんわ、だから心置きなく勉強会に誘えると息巻いていたのですから。
ですが、それはつまり、ヒロインを助ける役がいないということ!
「はぁ……あの女狐、殿下のみならず他の奴らにも色目使ってるって有名ですもんね。……お嬢?どうし……お嬢!?」
リュカの声など聞こえていなかったわたくしは、つかつかとミアさんに歩み寄りました。
そしてそれをはらはらと見守るDクラスの方々。
皆さん安心して下さいませ、ミアさんはわたくしが助けますわ!
「申し訳ありませんが、ミアさんには先約がありますの。失礼いたしますわ」
「え!?ちょ、ちょっと、あたしあんたとなんて約束してな……!」
強がるミアさんの腕を掴んで、ぐいと引っ張って教室の外に出ました。
お三方が呆気にとられているうちに連れ出せて、良かったですわ。
そしてそのままずんずんと廊下を歩き、本日の目的地である図書室へと入ります。
閑静な場であり、司書や他の生徒の目があるここに入ってしまえば、もしあの方々が追いかけてきても下手なことはできないはず。
ちらりとうしろを見れば、変な顔をしてはいますが、リュカもしっかりついてきています。
「ちょっと!いい加減放して下さい!」
ふうと息をついたところで、わたくしが掴んでいた手をミアさんが振り払いました。
「なんなんですかあんた!こんなところに連れて来て、なにしようっていうんですか!?」
大声を出すミアさんを、司書がじろりと睨みました。
それに慌てて小声になる姿が、前世の女子学生と同じに見えて、思わずくすりと笑ってしまいました。
「な、なに笑ってるんです!?またあたしのことバカにしましたね!?」
「いえ、そういうわけでは。気を悪くしたなら謝りますわ。申し訳ありません」
わたくしの態度に、ミアさんは変なものを見たような顔をしました。
はっ!今日の任務はミアさんと勉強会することでしたわ。
考えていたシチュエーションとは少し違いますが、ここは自然に誘ってみるのが吉ですわね!
「ところでミアさん。あなた、座学の成績が芳しくないようですわね?」
「な!?な、な、なんであんたにそんなこと言われなきゃ……」
突然のわたくしの言葉に、ミアさんは後すざりをしました。
どうやら図星を指されて怯んだようです。
「せっかく図書館に来たんですもの。一緒にお勉強しませんこと?」
「はあ!?」
貴族令嬢とは思えぬ声に、再度司書が睨んできます。
いけません、次はきっと注意されてしまいます。
ミアさんもさすがにまずいと思ったのか、口に手をあて、気まずそうな顔をしました。
ここで一気に勝負に出ないと、逃げられてしまいそうですね。
「あら、お逃げになるんですの?そんなことではリオネル殿下の隣には立てませんことよ?」
昨日のランスロットお兄様の口調を真似して、悪役っぽく言い放てば、ミアさんはわたくしをキッと睨みつけました。
「……やってやろうじゃないですか」
やりましたわ!
ちょっとリュカ、ちゃんと見ていまして!?
わたくし、ついに悪役令嬢としての一歩を踏み出しましたわ!