悪役令嬢とはどんなものでしょう?2
結局その後、授業開始の時間が差し迫っていることに気付いたわたくし達は、性悪についての話を中断し、走る一歩手前の早足で教室へと戻りました。
ギリギリのところで授業には間に合いましたが、もっと勉強が必要だと思ったわたくしは、その日の夕食後、お兄様方に相談することにしました。
「――――ということですの。お兄様、悪役令嬢がするべき悪事について、無知なわたくしにどうぞご教授頂けませんか?」
真剣な表情でお願いすると、ランスロットお兄様は苦笑いをし、エリオットお兄様はなんとも言えないお顔をされました。
「……セレナ、性悪な女なんて社交界にはいくらでも――――」
「うん、僕はいいと思うよ、机の落書き。でももっといいことを考えたんだけど、聞いてくれるかい?」
エリオットお兄様の言葉を遮り、ランスロットお兄様が人差し指を立てました。
そんなお兄様をリュカがぎょっとした目で見ていますが、ランスロットお兄様ならきっと素晴らしい提案をしてくれるはずですわ!
ずいっと身を乗り出して待っていると、勿体ぶったように笑ってランスロットお兄様は口を開きました。
「セレナ、君の学園での学業はすこぶる順調のようだね。この間の課題も、満点を取ったらしいじゃないか」
「?ええ、まあ……。お陰様で、幼い頃から様々な家庭教師にたくさんのことを学んでまいりましたから。お父様やお母様に感謝ですわね」
勉強は学生の本分ですからね、記憶が戻ってからも疎かにしていません。
「対してミア嬢だけど……彼女、あまり座学が得意ではないようだね?」
そうなのです、実はミアさんはいわゆる私生児というものでして……今のブランシャール男爵が平民の愛人に産ませた子だったのです。
そのため、幼い頃は市井で育ち、貴族の子どもたちが学ぶような教育は受けてきませんでした。
五年ほど前に前男爵夫人を亡くし、男爵家に引き取られたと聞いております。
そうしてきっと猛勉強したのでしょうね、多少成績が振るわずとも、今は他の貴族の子息令嬢と変わらず学園に通うことができています。
ああそれにしても、立派な貴族のご令嬢となるべく努力するヒロイン、なんて素敵なんでしょう。
たった五年でここまで来たんですもの、少しくらい未熟なところがあっても、仕方のないことですわ。
「うん、そこでだ。もう少ししたら、定期試験があるよね?セレナが勉強を教えてあげてはどうだい?」
「は?なに言ってんだそりゃただの親切だろ」
この世界の学園にも、前世の学校のように試験があります。
確かにあと二週間程すると、五日間に及ぶ試験が始まります。
エリオットお兄様は馬鹿だなという顔をしていますが、ランスロットお兄様には何やら考えがあるようです。
「そこで堂々と言えばいいんだよ。『あなたそんなことも分かりませんの?』ってね。『わたくしの貴重な時間の無駄ですわ』とか、『これだけやっても、あなた程度では無駄に終わるかもしれませんわね』とかも良いかもしれないね」
「す、すごいですわお兄様!まさに悪役令嬢です!!」
しかもちょっとだけ裏声を出して、悪役令嬢の物真似までしてくださいました。
わたくしがキラキラとした尊敬の眼差しでランスロットお兄様を見ていると、エリオットお兄様も負けじと声を上げました。
「お、俺ならダンスの試験で見せつけるけどな!婚約者が学園に同時在席している場合、試験のパートナーは婚約者同士のはずだ。つまりセレナの相手は第二王子。ここは生粋の貴族としての気品を見せつけてやるところだろう!」
どうしましょう、この家の中でのリオネル殿下の呼称が、クソガキでまかり通っていますわ。
そして確かにエリオットお兄様の提案は的を射ているように聞こえるのですが、ひとつだけ問題があるのですよね……。
「だけど、セレナはダンス踊れるようになったのかい?」
「前世は代々踊りを受け継ぐ家系だと言ってなかったか?踊れるものだと思ったのだが」
そうなのです、わたくし、前世を思い出してからまだ一度も、いわゆる社交ダンスをしたことがないのです。
貴族の嗜みとして必須のダンスですが、少し前までのセレナは極度のあがり症でしたから、実力云々の前に、人前では、その……。
今までの試験も、ダンスのような実技のものはことごとく点数が低かったのです。
試験でリオネル殿下と踊ったことももちろん何度もありますが、ひどいものでしたわね。
「緊張しなければ、以前より多少は踊れるかもしれませんね」
わたくし、前世ではよく舞台で舞を披露しておりましたから、おそらくそれは大丈夫だと思います。
ただ、エリオットお兄様は踊りが得意だったのだろうと言いますが、同じ舞踊でも日本舞踊と社交ダンスではかなり違いがあります。
記憶を取り戻し、日本舞踊が踊れるようになったとはいえ、そう単純に社交ダンスの実力も上がったとは言えないでしょう。
「そんなに違うのかい?」
「そうですわね、足の運びや曲調なども独特ですし……」
口で説明しても上手く伝わらない、そう思ったわたくしは、即興で唄を口ずさみながら踊ってみせました。
日本人なら誰でも知っていると言っても過言ではない、桜の曲。
もちろん扇子などはありませんから、持った真似をして。
懐かしい調べを楽しみながら、前世とは違う身体をめいいっぱい軽やかに、それでいて淑やかに伸ばして美しく艷やかに見えるように。
ああ、わたくしはやはり、踊ることが好きだった。
久しぶりの感覚を楽しむように、一曲を踊りきったのです。