悪役令嬢とはどんなものでしょう?1
リュミエール公爵家の皆様に事情を打ち明けたあの日。
わたくしは結局、夕食も食べずに朝まで眠り続けてしまいました。
朝の身支度をしてくれるメイドに起こされ、驚いて跳ね起きたのです。
メイドには驚かせてしまい、申し訳ないことをしてしまいましたわ。
朝食の席には、お父様もお母様もお兄様方も皆お揃いで、疲れていたのだろうから仕方ないよと優しい言葉をかけて頂きました。
そして、思い出すのが辛くなければ、前世でどんな暮らしをしていたのか教えてほしいと言われました。
日本舞踊……といっても上手く通じないと思ったので、伝統的な国の踊りを代々受け継ぐ家系に生まれたこと、踊るのがとても好きだったこと、お茶の作法や生け花などの教養をたくさん学ばせてもらったこと、幼い頃はばぁやによく叱られていたことなど……。
懐かしく思いながら話すひとつひとつを、皆は温かい目をして聞いてくださいました。
ああ昨日のことは夢ではなかったのだと、嬉しかったです。
記憶が戻る前のわたくしは、ずっと家族に遠慮して、自分なんかが親しげにしてはいけないと勝手に思い込んでいました。
愛されていたのだという安心感と、幸福感。
それは、この先わたくしにとって、なにものにも代えがたい心の支えとなることでしょう。
そんな風に、毎日が穏やかに過ぎていきました。
学園も、しばらくはわたくしの変化に戸惑う方もたくさんいらっしゃいましたが、人間とは慣れる生き物。
まだ少し警戒心は残るものの、多くの方はあまりわたくしを不躾にじろじろ見たりはしなくなりました。
「……チラチラは見られてますけどね」
「?リュカ、なにかおっしゃいまして?」
「別に、なんでもありません。それよりお嬢、昼休みもそろそろ終わりですよ。次の授業の予習はその辺にして、教室に戻りましょう」
リュカにそう言われて時計を見ると、確かにあと十分程で昼休みが終わってしまう時間でした。
ぱたんと手にしていた本を閉じ、座っていた木陰から腰を上げてスカートの裾を払います。
「すっかり熱中してしまいましたわ。面白くて、つい」
「……魔法学の教科書なんて、そんなに面白いですか?」
面白いに決まっていますわ!
だって、魔法だなんて、夢のようですもの!
そうなのです、なんとこの世界には魔法が存在しているのです。
前世で一度だけ友人に借りた異世界転生の本でも、転生した少女が、聖女として様々な魔法を使って活躍していました。
ええと……ちーと?とかいうやつですわ!
人々を癒やしたり、火や水を生み出したり、まさに異世界!
その本の面白さに、わたくしもすっかり虜になってしまったのを覚えています。
「ああ、前世には魔法、なかったんでしたよね。でもこっちでは普通に誰でも使ってるし、魔術師や騎士にでもならない限り高等な技術も必要ないから、貴族の坊っちゃん嬢ちゃんはそこまで興味持たないですけどね」
そんなの勿体ないですわ!
ですが確かに、前世でも古文や漢文、数学など、こんな小難しいこと習って何になるの?とおっしゃる方は大勢いましたわね。
こちらの世界では、それが魔法なのでしょう。
確かに教科書には属性とか魔法陣とか、化学式のような計算まで書かれていて、高度な魔法を覚えるのが難しいことに間違いはありません。
ですが理論を理解しているのといないのとでは、全く違うと思うのです。
ただ暗記するだけだとそれだけでしか使えませんが、理論を知っていれば様々なことに応用できますもの。
「……お嬢、ひょっとして婚約破棄した暁には、魔術師になろうとでも思ってるんですか?」
「いえ、そんなつもりはなかったのですが。でも、それも良いかもしれませんわね……」
今までは適度にしか学んでいませんでしたが、努力を重ねればひょっとして魔法の才能に目覚めるかもしれませんものね!
公爵家を出た後の身の振り方についても、きちんと考えていかなくてはいけませんし。
立派な悪役令嬢としての勉強を疎かにしてはいけませんが、どうせならやりたいことも頑張りたいです。
魔術師といえば、病院・建築・自然保護・災害支援など、様々なところで活躍できる立派な公務員です。
配属先によっては危険が多少なりとも伴いますが、お給金はきっちり頂けますし、よほどのことがなければリストラもない、安心安定の職業。
貴族でも平民でもなれますし、これはなかなか良いかもしれません!
「ありがとうございます、リュカ!わたくし、やる気が出てきましたわ!」
「……失言だったかもしれません。ヤバい、場合によっては殺されるかもしれねぇ」
リュカの不穏な言葉には気付かず、わたくしは張り切って午後の授業へと向かいました。
元々セレナは勉強家だったので、前世で習ったことのないこちらの世界の歴史やマナーなども、ちゃんとわたくしの中に知識として入っています。
なので、授業にもしっかりついていけますし、なんなら前世との違いを楽しむ余裕もあります。
わたくしが目指す、立派な悪役令嬢たるもの、成績は優秀でなければいけません。
権力・能力・容姿すべてにおいて完璧な令嬢だけれど、性悪で王子妃には相応しくない。
そんな悪役令嬢を、リオネル殿下がミアさんとの真実の愛を貫き、退ける……というのがわたくしが描いているシナリオです。
つまり、悪役令嬢が優秀であればあるだけ、引き立て役としての株が上がるのですわ!
「あー、なんかすげぇ燃えてるとこ悪いんですけど、その“性悪”ってのは、どうするつもりなんです?」
リュカの何気ない質問に、わたくしははたと我に返りました。
そして、あわあわと青褪めてしまいました。
「ど、どうしましょう。わたくし、それについてはまだ何の努力もしておりませんわ!」
「いや、性悪になる努力ってなんだよ」
リュカの突っ込みが鋭すぎて、その場に立ちすくんでしまいます。
「……とりあえず、ミアさんの机に落書きとかしてみます?」
「……ちなみにどんな?」
「ええと、そうですわね……ミアさんの似顔絵とか?あんなにかわいらしい顔を上手く表現できるか分かりませんが、精一杯努めますわ!」
「ガキの悪戯かよ」
一生懸命考えた悪事も、すかさず一蹴されてしまったのでした。




