リュミエール公爵家はこんな家族でしたのね5
* * *
セレナがリュカを伴い自室に戻るため談話室の扉を閉めた時、それまで柔和だったランスロットの表情が一変した。
「――――さて、どうしてくれようか?」
口元から一切の笑みを消し、眼は冷たく光っていた。
そんなランスロットの様子も当然だと、リュミエール公爵家の面々が次々と口を開く。
「決まっている。皇位継承権剥奪だ」
「生温い。その女狐共々追放だな。平民落ちとさせるか」
エリオットとヴィクトルがきっぱりと言い切ったところに、あらあらとおっとりした声が割って入った。
「あなた達そんなことで宜しいの?じわじわと追い詰めて、追放された方がマシだったと思うくらいの苦痛を味わわせないといけないのではなくて?私なら、そうねぇ……。いつでもその憐れな姿を見られる所に置いて、常にセレナを裏切ったことを後悔できるように痛めつけ続けるけれど」
息子と夫の答えに笑顔でそう返すリュミエール公爵夫人を見て、側に控えていた執事のポールは寒気を覚えた。
「さすが母上。気が合いますね」
それににっこりと同意するランスロットとは間違いなく親子だなと、ぞっとする。
見た目と雰囲気から、一見すると公爵やエリオット、セレナの方が冷たい人間だと思われがちだが、身内は知っている。
一番冷酷非道なのは、この夫人と長男だと。
「うふふ。それで、どうするつもり?“悪役令嬢”になりたいというあの子の願いを叶えるふりをして、第二王子と男爵令嬢を調理していく魂胆なのでしょう?」
「ええ。まずはセレナを誰にも文句のつけられない、完璧な令嬢に仕立てます。そして、奴らの愚かさを露呈していくつもりです」
「そうねぇ。前世の記憶を取り戻したからかしら、自信のなさがすっかりなくなって、元々身についていた立ち振る舞いも完璧に近いわ。座学も元より優秀だし、会話からも品格と知性を感じた。その上以前と変わらない純粋さを持っていそうだから、そう難しくはないでしょうね。前世のご両親の教育の賜物かしら、少し悔しいわね」
夫人は子どもを思うひとりの母親らしい表情を見せて俯いたが、すぐに顔を上げてランスロットの目を見た。
そしてランスロットもまた、しっかりと母親の視線を受け止め頷いた。
「セレナの素晴らしさを目の当たりにすれば、奴らは勝手にボロを出すでしょう。こちらに一切の咎なく婚約破棄できるよう、根回しします。その後の奴らの行く末につきましては――――ご想像にお任せします」
そしてふたりはふふふふと、黒いなにかを醸し出しながら微笑み合った。
なんだろう、パッと見ただけなら穏やかに親子が会話をしているだけなのに、その内容と目の奥に潜む怒りが見えてしまって、恐ろしすぎる。
冷酷、冷淡と言われ慣れている公爵と次男は思った。
私達など、まだまだだと。
ふたりが黙っているのをちらりと見て、ランスロットは話題を変えた。
「それにしても、予想以上にかわいらしくなってしまったね。あれは王子以外の虫達まで誘われてしまわないか、心配なんだけど」
「……それには激しく同意する。頬に手をあてて首を傾げる仕草は、兄の俺でさえ惑わされた」
「ちょっと待て。第二王子との婚約破棄は大歓迎だが、だからといって他の虫ケラ共にセレナをやるつもりはないぞ!」
男達の過保護な発言が飛び交う中、セレナの母であるアンジェリーヌは、あらあらと楽しそうにそれを見守っていたのだった。
* * *
「良かったですね、お嬢。家族とも和解、悪役令嬢とかなんとかも、なぜか許可が降りましたし」
自室に戻りソファに座ると、リュカが温かいお茶を淹れてくれました。
「はい。前世などという突拍子もない話を信じてくれて、そんなわたくしを受け入れて下さったこと、本当に感謝していますわ」
カップを手にとって一口含むと、優しい香りが広がります。
リュカの、わたくしを気遣う気持ちが込められているようで、胸が温かくなりました。
「リュカも、ありがとうございます」
「……なんで俺ですか?」
「あら、一番最初にわたくしを受け入れて下さったのは、リュカでしょう?同じように、感謝していますのよ。リュカのおかげで、わたくしは今こうしていられるのですもの。お礼くらい言わせて下さいな」
「……別に」
リュカはふいっと顔を逸らしてしまいましたが、その耳元が赤くなっているのが見えました。
優しいのに、素直じゃない。
以前のわたくしも、こういう少し不器用な優しさに救われていました。
「見ていて下さいませね。わたくし、立派な悪役令嬢になってみせますから!」
「や、だから俺は別にそんなの望んでねぇですから。つか、平民になるとかそんなの聞いてねぇし……」
決意を新たにそう告げると、リュカが脱力してしまいました。
優しいリュカは本心では反対なのかもしれませんが、家族にも伝えてしまいましたし、心が変わることはないでしょう。
「お茶、ごちそうさまでした。夕食まで少し休みますね」
「……分かりました。疲れているのは事実でしょうから、ゆっくり休んで下さいね」
これ以上はと暗に告げれば、リュカはため息をつきながらも、黙ってティーセットを片付けてくれました。
そしてワゴンに乗せて退室したのを見送り、わたくしはゆったりとした服に着替えてベットに横になります。
安堵と期待とを胸に目を閉じると、心地良い眠気がやってきて、わたくしはそのまま身を任せて眠りにつきました。
「……そういえば、ランスロット様、悪役令嬢については受け入れてたけど、平民になることについては許可してなかったよな?」
リュカが部屋の外でそんなひとり言を呟いていることなど、ちっとも知らずに。