これは運命の出会いです!
時が止まったかのようだった。ルネの小さな手を杖の彼はしっかりと握り、まだ幼い彼女の目線より自身の頭が下になるよう、地面にピッタリと膝を落としている。
「お嬢さん、その杖は、その…見た通り、随分長生きでな。…杖、っちゅうもんは老いることを知らんが、そいつは造りがちょっとばかし特殊で…、とにかくお嬢さんとは相性もいいようだし…どうだ!ここは____ 」
「お店の方、よしてください。今更、僕はなんとも思いません。…やはり彼女にはもっと違う杖を見繕って…」
あら…?もしかして、私お呼びでない?
杖屋の店主は、ルネに目の前の杖を強く薦めているようだった。だが当の杖はいやいや…と駄々をこねている。
あ、ちょっと待って、いまのなし!!彼の名誉の為にも訂正します!!駄々はこねてないです。ほら、オタク特有の推しフィルターってあるでしょ??
実際は……
杖屋の店主は、ルネ対して猛烈なプレゼンを行った。杖の彼はそれに、もう結構です…、やめてください…。と弱々しく否定しているだけで、ルネはその、なんとも可笑しな光景をただ見つめるだけだった。
そしてこの状況でルネが考えついたのは、
もしかして、嫌われてる…?呼び出したはいいものの、私こんなに嫌がられてるって、やっぱり、あの初見の反応でおじさまに嫌われてそうだな??
というもの。
だって、こんな嫌がられるってないでしょ!私どタイプのおじさまに、生理的に無理です〜ってなられてるのは、いたいけな少女的には大分きついけど…。なんといっても私は、だめなものは諦めれるいい子なので、おじさまのためなら今日の貴方の姿は、完全とは言えないけど忘れる努力はしますよ!嫌だけど!!
「僕みたいな杖では、彼女の足を引っ張ります。僕が誰かの杖として、いていいはずがありません…」
おやおや??そうなると話は変わってきますが!!先程までのうだうだした自分をしばいてやりたい!!
ようするに、彼は自己肯定感低めのおじさまってことですね??ん、?これってメタい話になる??いや、だってこんな!!…むしろ好物ですよ!いただきます!ってなるでしょ!?
杖の彼の言葉の真意を、妄想癖なオタクが勝手に解釈した結果がこうだ。
『僕はだめな子だから、あなたの仲間になる資格がないんです……。そんなだめな僕のことをよく言わないで!!』
なんとも都合のいい頭だ。
「私!杖は彼に決めました!!」
自身の妄想に興奮冷めやらない少女は、向かい合う二人の男性の間へ入り、元気よく手を上げ、声高らかに宣言した。
反応がない。ただの屍のようだ。ってこと?
いつのまにか離されていた手を、今度はルネの方から掴みしっかりと握った。選手宣誓。
「私!杖は彼に決めました!!」
あ、これ回想じゃないからね?聞こえてないかな〜?と思って二回言っただけだから!!
えと、それでこの二回目も聞こえてらっしゃらない??
よし、声量と私の身長が足りてなかったのかも、今度はもっと大きな声で手ももっと上に…
「私!!…」
「聞こえとる…!!」
わわ、すみません。それは失礼しました。
「大人しいしっかりした娘さんかと思っておったが、ちゃんとあの若造の血が流れとるらしいな…」
呆れた様子の店主はそう呟いて、諭すように少女に続けた。『ちゃんと』というところ、やけに強調されていた気がしたが、今の少女はそんなこと気にもしない。
「お嬢さん、お嬢さんは杖についても、魔法使いについても、何も知らんだろうから言わせてもらうが」
ルネの肩に手を置き、店主は続けた。
「この杖はとても長生きで、それでいて…特殊だ。魔法についても詳しい。お嬢さんにとってとても役に立つ相棒になるだろう。だが」
あら?ちょっと…なんか不穏じゃない??
「この杖の言ったことは間違いじゃない。それが問題でな…。この杖を選べば、お嬢さんは、文字通り多くの苦悩を抱えることになる。」
なぜそんなことを??さっきまであんなにプレゼンしてきてたのは店主さんのほうなのに。
「あ、の…、くのう、というのは??」
恐る恐る聞くルネ。少女の手は、まだ杖の彼の手をしっかり握ったままだ。
彼から握り返されることはないが、ルネがそう聞き返すと、彼の手は強張った。
「杖は老いないと言っただろう。詳しい理由までは言えんが、この杖は違った。ただそれだけで多くの魔法使いはこの杖を異端だと感じる。それだけじゃない」
今後のルネにとっての苦悩、障害になり得ることについて、店主は多くのことを教えてくれた。
一つ、彼の外見についてのこと。
二つ、使いを出すにあたって消費される魔力
が、彼の場合、必要じゃないこと。
三つ、魔力を必要としない理由に、名前もわからない魔物の心臓。魔石が関係しているであろうこと。
四つ、この世界の魔法使いが杖に対して向ける基本的な考え方。
五つ、それを踏まえての杖に対する接し方。
そのどれもが、杖の彼を否定するようなもので、ルネは一層離してやるものか、と握る手に力を入れた。
「こいつは長くこの店にいた杖だったからな、お嬢さんみたいないいお客様に連れて行ってもらえればと思ったんだ。」
そんなに長く??と聞けば、店主の、祖父の父親が店に連れてきた杖だと教えてくれた。千年、いや、もうちょっと前か…とも。
「この街はもともと精霊が多い街だが、こんなに店ん中にそいつらがいるのはあまりない。それも、どれもお嬢さんに付いてきたようだ。」
急に何の話?…精霊が飛んでるのは街に着いた時から見えてたけど…。
「精霊は自然なものを愛す。お嬢さんの魔力はとても自然だ、澱みがない。この杖は、他の魔法使いには託せない。お嬢さんのような、濁りのない優しい魔法使いでないとな」
「てんしゅさん…」
長く丁寧な説明を嫌な顔一つせず聞き、むしろ、終わった後には真剣な表情で、使いの手を握り返す。目の前の少女の一連の行動に、店主の心は強く傾いていた。
使いの姿に歓喜の表情を示し、彼を自分の杖にしたいと高らかに声を上げる幼い魔法使い。彼女が望むのであれば、この杖屋の店主として喜んで彼を送り出してやりたい。
だが、本当にそれでよいのか?この杖を今、彼女に売ってしまうことは容易い。しかしその後、彼女の人生にどれほどの重荷を背負わせることになるか、それに責任が持てるのか??
深く深く考え抜いた結果。店主はただ、ルネの心の清さを認める他、何もできなかった。
店主より先に折れたのは、ルネが選ぼうとしていた杖の使いであった。
ルネの手は小さく、使いが少し指を折り曲げただけで簡単に包み込まれた。再び彼が膝を付き、少女の前に跪いた。
「僕は杖だ。…杖なのに、こんな老いた姿になってしまって、僕を選んでしまうと君まで悪く見られると思います。僕のせいで、君にたくさんの迷惑をかけてしまうと…きちんと、理解しています。…けれど、それでも、君が望んでくれるなら…」
私の手が、彼の頭上まで持ち上げられて、彼の表情は見れなくても、縋るようなその声に、私の心はきゅっと締め付けられた。
「…君に、僕の全てを」
なにこれ…、こんな、こんな!!
こんなのプロポーズじゃん!!!!!!
お気楽で、都合のいい頭。ルネの脳みそはお花畑でできていた。しかしそれでも悪くない。
彼を一人にせず、彼が、『僕のせいで』と言わなくていいようになるならば…。
ルネが行き着く考えはいつも同じ。彼が笑顔になるなら、お気楽な頭のままがいい。
「私、まだ、まほうについても、何もしらなくて…杖のことも、しらなくて。私のほうこそ、たくさんめいわくかけちゃうとおもい…ます。それでも、私の杖になってくれるなら、大かんげいです!!」
どうせなら、今のこの期に彼に対する思いを伝えてしまおう!と、「貴方のことを悪く言う人がいれば私が絶対に許さないし、どうにかする。」そう続ければ、困ったように彼が笑った。
あぁ、これだ。私はこれを、ずっと続けていきたい。
その後、ルネと杖の会話を見た店主は、やれやれ…といった様子で、ルネが選んだ杖には、もう何も言うまいと静かに頷いた。
「杖は無事選べたようだな。まだ、買い物は終わってないんだろう?お嬢さんの父親のためにも、早いところ契約の為に印を結んでおこう」
例に漏れず、契約とはなんぞや?と聞くところから始まり、店主さんは魔法使い初心者の私に、それはそれは丁寧に教えてくれる。
『杖屋で行う契約』というのものは、魔法使いが杖を使役するためのもので、契約の印を刻めるのは杖屋の家系かつ、店を継ぐと決められた人間の他、杖を制作する『杖師』と呼ばれる者のなかでも限られた一部の人間のみ、ということで、詳しい話は語られなかった。
使役する。という部分を、ルネは必要ないように感じたが、この契約を結んでおかなければ杖が折れやすくなったり、杖と使いが離れてしまうという話を聞き、魔法使いにとっては必要なことなのだと諭された。
「呪文を唱え、印を刻むのはわしの仕事だ。この契約は杖と魔法使いの間で交わすもの、使いは杖の中に入っておきなさい。」
こくりと頷き、きらきらと星屑が散るように、使いと呼ばれた老紳士は姿を消した。ルネの手には見覚えのある杖が一本。
店主の指示に従い、この手元の杖とルネは、契約を結ぶことにした。
「お嬢さんは、そのまま杖を握っておるままで大丈夫だ。呪文はわしが唱える。聞こえはしないと思うが、その間、お嬢さんは、さっきと同じように、杖にゆっくりと魔力を渡してやってくれ。いいな?」
「はい…!」
杖を両手で握るように促され、力は入れすぎず、茎の弱い花を持つように優しい力加減で、と指南が続く。「では…」と一言告げると、店主は静かに口を動かし始めた。店主の言った通り呪文は聞こえない。
ルネは少し混乱しながらも、言われた通りに魔力を杖へ流し始めた。
口は確かに動いている。魔力も正常に吸い取られていく。が、どういった呪文なのかは全く聞こえない。それほどまでに杖屋が守らなければならない、絶対の秘密事項なのだろう。
「____。この印をもって、かの者らの結びを見届けたり」
呪文はそれで最後のようだった。突如聞こえるようになった店主の声、ルネの意思と関係なく吸い上げられる魔力、それはこの契約が無事結ばれたことを意味していた。
吸い上げられたルネの魔力は、光を放ちながら、少女の手から杖へ、幾つも枝を分けながら絡みつく蔦のように伸びた。そして、あらかた杖を包み込んだ途端に、ちかちかと輝きを増したかと思えば、灰のように落ちていく。
幻想的な一連の魔力の動きに、ルネは圧倒された。
杖の根本には、細く輝く鎖が垂れており、それを辿ればルネの手首に小さなばつ印が描かれていた。
「その鎖は、お嬢さんにその杖が仕えている証になる。切ることも出来るが、そうなればまた契約を結びに来なさい。印がないと杖は折れやすくなるからな」
ルネは満足げに微笑み、店主に杖のお代を払って店を後にした。
母から渡された『入学時、いるものリスト』には、
・魔法使いの杖
・学園指定教科書
・学園指定制服
・ローブ
などなど…
父は確か教科書を買いに行くと言っていたので、順当に行けば制服を見に行くべきか…。
杖屋の店主は、機会があればまた来なさいと少女を丁寧に出口まで送った。
お父さん、どこにいるんだろう…?杖屋さんで結構のんびりしちゃったし、流石に教科書は買い終わってるよね??
数分後、父は明らかに目当ての物以外も手に持ちバタバタと忙しなく現れた。
満足げなその笑顔はさすが親子、ルネが杖屋の店主に見せたものそっくりだった。
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