杖屋さんでお買い物です!
今までのよりちょっと長めです。
状況説明がルネ視点だけでは難しくなってきたので、前話より書き方が少し変わってます〜
羊がいっぴき、にひき……。あ、あそこには牛がさんびき。
心地よい馬車の揺れに、だんだんと眠くなってくる…。なんとかその眠気を払うために、私は草原にいる動物達を眺めていた。
「こんなに遠くまで来るのは初めてだろう?怖くはないかい??」
お父さんは、私が眠そうにしているのを察して、私の体を軽々と持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。
抱っこされるのは恥ずかしいけど、もう、10年も子供の身体を復習している。さすがに慣れてしまった……。
「うん。なるべくそとには出ないようにっていわれてたし、たまに森につれて行ってもらうだけだったから…。だから、まちまで行けるの、とってもたのしみ!」
家の外に出るのがそんなに不安そうに見えたのだろうか?明らかに私の表情を伺っていた彼は、私のその言葉を聞いて、安心した、と嬉しそうに笑った。
そう……!今から私達は街まで行くのです!!
遡ることちょっと前…。私が魔法の学校に入学できることが判明した。
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「学園がルネに…?……ど、どうして、」
手紙を見たお母さんは、両手で頭を抱えてそう呟いた。明らかに顔色が悪い。なぜそんな反応をするのか、心当たりがないわけではない。
その異常さにお父さんも気がついたようで、彼女の肩を抱き、顔を近づけてこそこそと話しかけている。
私のお母さんは、魔法が嫌いだ。
詳しい理由は知らないけど、前々から私が感じていたことだ。
彼女が魔法を使うところを見たのは、さっき手紙の内容見ようとしていた時、あれが初めてだ。
魔法だけじゃない。お父さんが使うような便利な魔道具でさえも、彼女は一切手を付けない。
この手紙だって、お父さんが話を出してきた時に少し嫌そうにしていたし、きっと魔法に関する何もかもが目に入れたくないほど嫌いなんだろうな。
そう思えば、今まで私が新しい魔法を教えてもらって覚えた時とか、お父さんのお仕事の話をした時とか…、お母さんは嫌じゃなかったのかな?
「お母さん、魔法、嫌いなの…?」
ほぼ確実にそうだと思うが、ルネは確信が欲しかった。欲を言えば、魔法が嫌いだというその理由も知りたい。それはルネ自身が、魔法をこよなく愛しているからこそのことだった。
「……そう、そうね。好きではないわ。でも、ルネは好きでしょう?私が魔法を嫌いだと言ったら、貴方が遠慮してしまうんじゃないかと思って…。ルネには、大好きなものを大好きだと、素直に言える子になってほしいから。」
ルネが魔法をなによりも愛しているように、ルネの母親も、自分の娘をなによりも愛していた。
お母さんは私のことを思って…。
「ネーフェ、ルネはしっかりしてる子だし、もう10歳だよ。……わかってくれるさ、そろそろ話してあげても、いいんじゃないかな?」
お父さんがそう言うと、それに答えるようにお母さんは、えぇ、と頷き、ぽつりぽつりと話し始めた。
お母さんの昔の話。まだ、お母さんが魔法を好きだった頃の話。
お母さんも、魔法学園に通っていたらしい。それも、今日手紙がとどいた、ドミニコラ魔法使い育成魔法魔術学園に。
生徒として授業を受けていた頃もあれば、教師としても滞在していた事もあった、と。
その頃、身分による階級差別が行われていたこと。貴族出の生徒の横暴を止めようと奮闘していたこと。生徒だけでなく、教師として、同僚とも対立し、何度も繰り返し行った抗議。そして、自分にはなにもできないのだと悟ってしまったこと。ひとつひとつ、肩を震わせながら、それでもお母さんは私に丁寧に話してくれた。
学園での長い生活が、少しずつお母さんの魔法への考え方を変えてしまったんだろう。
何年もかけて必死に学んだことを一生使ってやるものかと、杖を投げ捨ててしまった過去。それほど辛い思いを彼女はしたのだ。
「私は、なにもできなかった…。生徒だけでなく、私と同じように働く教師でさえも…貴族出でないという理由だけで朝から晩まで嫌がらせを受け、授業なんてものはろくに行えなかった。あそこにはなにもなかったのよ。」
思い出すのも嫌なはずだ。強く握った手は微かに震えている。
「なにもできずに私は、あそこから逃げるように出てきてしまった。誰一人、助けることはできないまま…。」
お父さんは、震えるお母さんの手を両手で包み込む。
「そういう時代だった……」
お父さんのこの言葉に、お母さんは首を横に振った。
「私が弱かったのよ。……ルネ、貴方には、あの頃の私と同じ思いをさせたくない。魔法が大好きで真っ直ぐな貴方には、今のままでいてほしい。」
私は、今にも泣きそうな彼女を見て見ぬふりしてまで学校に通いたいとは思えなかった。
「でも、貴方に嫌な思いをして欲しくないと思うのと同じくらい、私の過去のせいで大好きな貴方の自由を奪いたくないって、そう思っていた」
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『ルネ、貴方が望むなら、私は、貴方の学園入りを全力で応援するわ』
そう口にする彼女の目を、私は一生忘れないだろう。自分の娘を心から愛し、信じてくれている目。優しくて強い立派な母親の目…。
前世のルネの母親もこうであれば、ルネも、もう少し普通の子供としての考え方や振る舞いができただろうか。
「お〜い!街に入るんだろ?俺の馬車はこの中に入れないから、悪いが、ここで下りてくれ」
馬車が止まった。ついに…ついに初めての街上陸!!
高い石造りの壁に囲まれた街。その高い高い壁には元気に育った植物のカーテンができていて、その植物も手入れがされているのか、外観はとても綺麗なものだ。
お父さん曰く、精霊が多く住まう比較的治安の良い街。その話が他の場所でも有名なため、「精霊の加護を与えられた平和の象徴パルディナ国」と呼ばれているらしい。
確かに…先程から馬車の中にまで精霊が入ってきて挨拶をしている。家でお馴染みの、タツノオトシゴに羽が生えちゃった、みたいな子もいるけど、家では見ないような子達もたくさんいる。
「ありがとう。これはお礼だよ。」
馬車を出してくれたおじさんに、お父さんは一つの皮袋を渡した。音も立てずにふわりと馬車を降りる彼の姿は、その見た目の良さも相まって、どこかのお忍び貴族様と言ってもいいくらいかっこいい。
や、さすがに褒めすぎか…。
まだ体の小さいルネを馬車の外から抱え上げて、そのままお姫様抱っこのようにルネを持ち、落ちないように体勢を整えた。そして彼は颯爽と歩き出す。
「まずは…、魔法使いといえば杖だよね!!時間は有限!サクサク行こう!」
そう口に出したお父さんは、まるでおもちゃを見つけた幼い子供。さっきまでのかっこいいお父さんはどこへやら…
「よ〜し…!ここ、かな??」
サクサク行こう!と言っていたのは彼のはずだが、あれから右へ左へいくつも寄り道をして、こういうのは巡り合わせだから〜、と歌うように言いながら暗い狭い路地を通って、やっと目的の杖屋さんに到着した。
寄り道三軒目の薬草屋でルネが、じかんはゆうげん!、と怒らなければいつまでもウロウロとしていたことだろう。
私だっていろいろ見て回りたいけど、早く杖を持ってみたいんだもん!お父さんばっかり楽しんじゃってずるい!!
というのが本音。
『魔法使いの右腕、必ず満足のいくものをお選びします。営業中』
随分と自信のある店看板を前に、お父さんはフンフン!と満面の笑み。
お店の外観はといえば、深く濁った茶色の石造りの壁に同じような色の木でできた両開きの扉。その扉を挟んで左右対称に装飾の凝った窓が一つずつ配置されている。古き良き、それでいてどこか洒落ている。落ち着いた雰囲気の店だ。
「すみませ〜ん。娘の杖を買いに来たんですが〜……店主さ〜ん?」
お父さんは、店の扉を開けるなり、大きく声を出して、店の人を呼んだ。大変恥ずかしいのでやめてほしい。
「はいはい。そう声を出さんでも来客があればわかると言っておるに…」
声を出したのは、小さい丸眼鏡をかけたおじいさん。小難しそうな見た目だけど、私と目が合うと唇を片方吊り上げ、不器用そうながらも笑ってくれる。声も渋い系で耳に優しい。
うん…いいイケおじ…ないすおじさま!
お父さんに抱えられたまま、きょろきょろと周りを見回す。店の中には壁いっぱいの棚があり、いくつもの箱や小包が収められている。棚だけでなく、店内の机にまで山積みに置かれていて、丁度その奥の椅子に腰掛けていたおじいさんは、荷物の高さのせいで顔しか見えていない。
にしても…この置かれてるのって全部杖?
床には積まれていないあたり、商品としての扱いはしてるようだけど…
というか、さっきから精霊さん達むっちゃ付いてきてる!!お父さんは光る玉くらいにしか見えないっぽいし、ある程度の数なら私もスルーできるけど、さすがに顔の周りを行ったり来たりされると反応してしまう。
こうも私が気にしてしまうのは、見える人と見えない人がいる生き物なので、過剰に反応すると周りに不気味がられるかもしれないからだ。落ち着いて〜…と顔を顰めた時、杖屋のおじいさんが、やめてやれガキども、と苦笑いしながら言い立ち上がった。
このおじいさん、見えてる…?よね。
「まさかお前さん、本当に娘がいるとはな…。ただの騒がしい小僧だと思っとったが、父親ならもっと落ち着いたらどうだ」
お恥ずかしい〜!と笑うお父さん。
「たまにこの街へ実験の材料を買いに来てたから、この人とはその時知り合ったんだよ。ルネに杖を準備するならここだ!って決めてたんだ」
「はっはっは!そりゃうれしい話だな。」
お父さんはその後少しだけおじいさんと会話をして、私をゆっくりと下ろした。
「よ〜し!杖選びはちゃんとルネがするんだよ?この人が何を言っても、ルネがこの子だ!って思った子を選ぶこと!お父さんは〜…とりあえず教科書を買いに行こうかな!時間は有限〜!!」
お父さんは勢いよく扉を開けてそのまま出て行ってしまう。そして必然的に店内に一人残される私…。
え?嘘でしょ?
「…父親はいつもあぁなのか?」
「あはは…そう、ですね。げんきな人なので…」
ルネは頭が真っ白になった!
それもそうだ。彼女はルネとして育ったこの十年間、自身の母親と父親、一方的になら精霊も含まれるが…身内以外と話すことが無かった。
な、なにを話せば?じゃなくて、どう切り出せばいいの??つ、杖ください!とか?でもそれはお父さんが言ったし…、杖を見せてください?…この雰囲気で??むり!!
父親が勢いよく出て行ってしまったのに、店主もルネも呆気に取られ、口を開こうにも開けない空気感だった。
「全く、こんな可愛らしい嬢ちゃんにこんな顔させて、あいつは何やってんだ」
いつのまにかルネの目の前まで歩いて来ていた店主は、うんうんと唸る少女を見て、思わず頭を撫でた。
ルネはといえば、渋いおじさまに撫でられた!と、そこまで気にしなかったが、店主は、いかんいかん、と自分を戒める。
おじさまに撫でられつい顔が緩んだルネを見て、店主もほっとし、店内の空気も幾分か元に戻る。
「わしはこの店の店主モンド・エフランド。さて、お嬢さん。杖を見たことはありますかな?」
作業着なのだろうか?少し汚れたエプロンをかけた店主のおじいさんは、すっと伸ばされた姿勢から、さっきまでの少しガラの悪いイメージとは打って変わって、仕事熱心で礼儀正しそうな、そんなふうに見えた。
杖、という単語を店主の彼から言われれば、実感のなかったルネも、さすが魔法大好きなだけあって興奮が抑えきれなくなり、撫でられた時に見せたものよりもっと輝くような笑顔で応える。
「い、いいえ!ありません!」
かと言って、そう自信満々に言うのもどうなのか…。
「はっはっは!そうですか。ではこちらへ」
杖を見たことがないと伝えると、店主にほんの一瞬だけ驚いた顔をされ、うぅ、と思ったのも束の間、豪快な笑い声に、ルネの心もつられてまたテンションは上がっていく。
先程まで店主が座っていた場所の机の上には、明らかに見た目が違う三種の杖が置かれていた。店主がまず手に取ったのは、魔法を扱う杖、と言われれば誰もが想像するであろう形態のもの。
「この形のには、短めのと長めのがあるが、特に変わったところはない。一般的な杖だな。数が一番多く選びやすいし、値段もそう高くない。無難な杖だ」
彼が持っていたのは20cmくらいの長さのものだったが、短めであれば15cmから、長めがよければ40cmまでならあるらしい。基本的な一本の真っ直ぐな形の杖。
「少し特殊なもんを選びたいならこうゆうのもある。杖としての役割だけでなく、筆としても扱える形だな。インク壺がついてあるのも、杖自体にインクを仕込んであるのも、好みに合わせて選べるが、さっきのやつと比べれば値は張る」
次に見せてくれたのは、まるでペンのような杖。インク壺付きのものもあると言っていたが、今見せてくれているのは、杖自体にインクがある形のものだろう。魔法使いであれば杖はいつでも持っているものだし、どうせならメモもすぐ取れるように、改造しちゃえば?という考えから作られたらしい。
「そして、最後はこいつだな…この形態のは、正直、若い魔法使いには勧めておらん。杖を見たことがないとのことだったんで、紹介はするが、…お前さんの父親のためにも、この手のは選ばないことを祈っておるよ」
最後に見せてくれたのは、なんというか、杖??本当に?という見た目のものだった。
杖というか、剣では?刃はついてないけど、形だけなら完全にそうだよね??んん??
困惑に困惑を重ねた彼女の表情に、店主はなんとか笑いを堪えながら、説明を続ける。
「こいつは武器を模した杖でな、ものによっては重くて持てんようなものもある。装飾に凝ったようなのも、この杖には多い。当然そうなれば値は張るし、親の心境としちゃあ、自分の子供がこんな物騒なものを持って帰ってきた日には、何を選ばせているのかとわしのところに来るじゃろうな」
武器…!やっぱり剣だったのか!と、強く頷くルネ。気に入らないでくれ…?と心の底から願っている店主。
「…よし、それじゃあ、お嬢さんの好みの杖はどの形かね」
そう言われてもなぁ…。と自分を囲むようにある棚を眺めてみる。
お父さんは、私がこの子だ!って決めた子にしなさいって言ってたけど、みんな袋の中とか箱の中に入ってるんだし、わからないよね…。
精霊達は相変わらず私の周りをぐるぐるしてるし、どの杖がいいのかなんて教えてくれない。とりあえず、店内を歩いてみるか…ときょらきょろしながら足を踏み出す。
あれ、ちょっと待って、なんかあそこ光ってない??
ルネの視線の先にあるのは床に置かれた木の箱。蓋はなく、中に入っているものは箱からはみ出しているのでしっかりと見えている。それで、なんか…光っている。キラキラしている。ほらあれだ、すっごくお腹が空いてて、その時に食べたい!って思ってたものが目の前に出てきたら、うわ〜!って、普段よりキラキラして見える。そういう感じのキラキラを感じる。
「て、てんしゅさん、あそこのきばこに入ってるのは杖ですか?」
杖なのはわかっていた。本当にルネが言いたかったのは、売ってる杖ですか?だが、人見知りを拗らせているので言葉が抜けてしまった。
「…お嬢さんにはあれが見えるのか?」
え、ホラー??そんなつもりじゃなかったのに…!?
ルネの反応を見た店主は、遊びすぎたか、と笑い、続けた。
「これは言い方が悪かったな。わしにもしっかり見えとるよ。店内の精霊のことといい、お嬢さんは目がいいな。気に入ったのなら持ってみるといい」
いいのかな…?と思いつつも、そろそろと木箱に近づき、キラキラと優しく輝いている杖を丁寧に持ち上げた。
「その杖は長さ35cm、鈴懸の木に、砕いた狼玕で作られておる」
35cm…確かに、私のこの手が持つには少し長く感じる。淡いクリーム色の杖は持ち手の部分が少しくぼんだり、ふくらんだり、握るときに手に馴染みやすい形をしている。そして、一際目に止まるのは持ち手の少し上のところ、そこには黄緑色の石が二つ埋め込まれている。
「ふむ。実はそいつ、随分古い杖でな。大体の杖であれば、そいつを作った奴が材料なんかを書いて残しておくんだが…、その杖はそれが残ってなくてな。…そうだな、詳しくはわからんが、おそらく魔石か、どんな魔物から取ったやつまでかは分からん…」
まもの!!!杖を両手で握り、頭上に掲げた。これが魔物の!魔石!!お父さんの仕事の話で聞いたことはあったけど、見たことはなかったあの魔石!!
さすが異世界だなぁ…と感心して、いつまでも掲げているわけにはいかないので、腕を下げた。…気のせいかな、手のひらがひんやりしてきた。
「気になるなら、杖の使いにも会ってみるかい?そいつを選ぶようなら、相性も見ておいた方がいい」
店主さんの声が、すっかり杖に見惚れていた私の意識を繋ぎ止めた。
使い…とは?出し方とか、どうやってそんなことをすればいいの…?呪文があるなら教えてもらわないとわからない。なんていったって、私はひよっこ魔法使いだ。
とりあえず、魔力とか、送ってみる?
うぅ〜と、目を強く瞑り、手は力を入れすぎないように…体の内側だけ、どくどくって流れる何かを掴んで…
こちらの世界に来てから、魔力の流れを掴むやり方はお父さんから何度も教えてもらった。異世界で魔法使えるのに魔力わからないとかどゆこと!!だもんね!
杖の使いさん…どうか出てきてください!!あわよくば私と仲良くしてくれそうな子!!お願いします!!
そう心の中で言った途端に、手がさっきより一層冷たくなる。これって、もしかして、もしかしなくても魔力吸い取られてる?!つい驚いてぐっと目に力を入れた。このまま目を瞑ってると開けた時にちかちかしそうだ。
まだ目は瞑ったままだが、目の前が明るくなった気がする。魔力を探っていた意識を少しずつ戻していくと、ふと、冷たくなっていた手が温かい手に握られているのに気がつく。
……手を握られ?!!
「ひ、ぇえ……!」
反射的に目を開けると、目の前には、ピシッと丁寧にアイロンがけされたズボンと高そうな革靴。私が少し俯いていたのもあったけど、最初に映ったのはそれだった。私の目線的には、この人の腰の位置しか見えない。
巨人だ…ッと内心焦り、おずおずと顔を上げた。
「…いけおじじゃん……」
頭より先に口が動いた。いけおじ。いけてるおじさま。…なんていい響き。
目元や口元に現れるしわは彼が長い月日を生きてきた証明。整った鼻筋は、彼が若い姿の時も端正な顔立ちをしていたことを物語っている。前髪は一部だけかき上げられていて、あられもないおでこがそこにはある。それに…なんて優しそうな目なんだろう。黄緑色の目は、彼がたれ目ぎみだからか、細められているのに優しそうに見えるだけで、こちらを睨んでいるようには見えない。それに加わる太めの眉。たれ眉にたれ目。これほど最強なコンボはない。
「いけ、おじ…?」
ゆっくりと傾げられた頭。その仕草のあざといことあざといこと…。暴れる心をなんとか沈めた。でも、つい戸惑わせてごめんなさい!!脊髄反射なんです!!
恥ずかしくなって俯くと、彼の後ろでゆらゆらしている何かを見つける。
再びゆっくり顔を上げてみる。目の前の人物の顔面偏差値に圧倒されながらも、ゆらゆらの元を確認した。
髪の毛だぁ…!長い長い後ろ髪…!身長より長く伸びた髪は、地面につかないよう大きくS字に畳まれている。途中途中で黄緑色の炎が髪を散らばらないようまとめている。
枯れ専大歓喜まったなし…。ここまで優秀な、というか、私好みのおじさまがいるものなのか…!異世界ってすばらしい!!
これが漫画やなにかであれば、私の後ろにはほわ〜とか、ほえ〜とかいう効果音が出てるだろうなぁ…なんて、どうでもいいことを考えていると、彼が肩に羽織っていたコートが下から風を受け、ふわっと持ち上がる。肩からはずり落ちない。優秀なコートだ…
「見下ろしてしまってすみません。僕は杖。…ただの杖です。だけど、、あ、いや、なんでもありません…。君が、決めることですもんね」
なんていい声なんだ…!それでもって礼儀正しい!!
呆けていてすぐには理解できなかったが、じわじわと覚醒していく頭が、彼が私の目の前に跪いているのを教えてくれた。
まるでどこかの国のお姫様にでもなったかのようだ。少しどもりがちなのは私と同じで人見知りなんだろうか?
彼はふわりと優しい笑顔のまま、ただその瞳からは少しの寂しさを感じた。
わ〜い!!やっと登場!!!新キャラ登場に作者のモチベも上がります!