ハヤシライス
喧嘩ップル、再び。『こいのぼり』https://ncode.syosetu.com/n3786gy/のふたりです。
「へー」
彼はかなり冷たい目でテーブルの食事を見つめている。
「なによ」
キッチンからサラダを持ってきた今日のシェフ・・あたしだよ!・・は、彼を睨んだ。
でもその眼光は何処か弱くなってしまう。
「今夜は腕を振るって超激ウマ料理を作ってくれるんじゃ無かったのか」
「激ウマよ」
・・多分。
だって、人気俳優も『超オイシ~~!!』と笑顔でCMしてるもん。
本日のディナーは、チキンのオレンジ煮込みとハーブのライス、スタッフドポテトに、カマンベールを乗せて焼いたもの、そしてグリンピースのポタージュ、サラダはアーモンドスライスとにんにくチップがかかったほうれん草とチコリ。そしてデザートはキャラメルマフィンのアングレーズソースとフルーツ乗せ・・のはずだった。
昨夜仕込んだものやその他材料はちゃんと冷蔵庫に眠っている。
キャラメルマフィンも昨日焼いてあるので、あとはソースを作って、フルーツをカットして。
が。せめてそのデザートでも用意出来れば良かったのだが・・
時間が無かった。
いや、やむを得ない用事なら彼も「また作ってくれれば良いよ」とか許しただろう。
時間が無くなった理由というのが、彼は気に入らないワケだ。
歳の頃なら彼より若い、格好もまあまあのイケ面、性格もわりと良し・・な男と一緒だったせい。
まあ支社が寄越した新米のにーちゃんを鍛えてやって欲しいと言うから~・・
手取り足取り。
最後ばしん!極太ファイルでぶっ飛ばすという事になったのは、こいつがちょ~~っとばかし手が早い奴だったわけでぇ~・・
不届きにもあたしのキュートでプリティなぴちぴちヒップを手でなでなでなで!
3回も撫で回したのよ!
で、お仕置きに夢中になり過ぎて!もう、若い男の絶叫よ?うるうる涙よ?
もう萌えちゃったわよ!・・って変態か、あたしは。
そんな訳で、こいつ天罰を受けるに相応しい奴だったって事なの。
でも彼に言えば~~・・
このおにいちゃん、殺される。確実に。元ヤンだもん、彼。
つまり!!
こいつのせいで、あたしの貴重なクッキングタイムが僅か30分になってしまったのだ!!
本日彼はかなり肉体労働、腹ぺこどころか飢餓状態で帰ってくる!!
だからもう、腹一杯になる美味しいものを用意するしか無かったのよ!!
「また出たな?お前の定番手抜きメシ」
「イイ肉使ってるのよ?」
「いい肉なんか使うな、これに。ただのハヤシライスに」
「ただのじゃないわよ!」
「じゃ、短時間で誰でも美味しくできる!『みんな大好き、ハヤシラ~~イス♪たったの10分!』の、ハヤシライス」
最近大手企業は大型ビジョンで映像を流して宣伝をするようになった。
彼が歌ったのはその大手食品メーカーが流しているCMソングだ。
それはいい!それはいいの!!
彼が、すっごく怒った顔なのよ!
「なによー!あたしだって好きで遅くなったわけじゃ無いよ!ごはんだって作ったのに!」
「俺でも出来る」
「じゃ作れば良かったじゃないのよ!そこまで文句言うなら!」
「俺のモチベーションをどうしてくれる。あんなに旨そうなメニューを上げ列ね、愉しみにしててね!なんて言われて。張り切るだろうが!もう、昼飯なんか適当で、夜に回そうって!食って食い捲るぞって、めっちゃ期待させて、これか?お前はいっつもそうだ!」
「いっつもって」
「・・・わかんないなら、いい」
ぷい、と彼は踵を変え、どすどすと歩いて戸口に向かっていく!
「え」
ばたん。玄関ドアが閉まる音が聞こえた。
えー。
えー・・
時間、過ぎました。
もうあたし、ドアを見つめて30分、この状態です。ぼやっと玄関で立ちんぼですよ。
でも身体、動かないんですよ。
ドアは異次元に迷いこんだのか、歪んで見えるし。・・あ、涙か。
その潤んだ視線はゆっくりとー・・テーブルに。
そこにはハヤシライスの鍋。ど~~んと5皿分!!
「・・・」
彼御帰宅。
黙ったまま。
あたしはー・・
ソファに寝転がっている。
がたん、かた、どん、とん。
なんか音がする。なにかしているみたいだけど。知るもんかーい。
そして帰ってきて20分。
「おい、さっきのハヤシどうした」
と聞いてきた。
「見事完食、売り切れです」
「あの量をか?」
「だってあなた食べないんでしょ」
「ん~~~。そのつもりだったんだけどな」
・・なんか、キッチンから変な臭いがする。
ソファに俯せだった身体をねじり、彼の顔を見上げる。
彼は困りきった顔をしていて・・あたしの顔を見てバツの悪そうな表情に変わった。
あー、さっき外出たのは、ハヤシライスの用具を買いに行ったわけね?で、作ってみたと。
ふんだ。あたしの涙で反省しろ。でもこの臭いが気になって訊ねた。
「なに?焦げ?」
「いや、俺も作ってみたんだ。ハヤシ。でも、お前みたいに旨く出来なかった。誰でも簡単なんて嘘じゃないか」
「・・わかったか、ばかちん」
「へい、すんません。・・腹、まるで妊婦みたいにパンパンだな」
彼が手を伸ばし、あたしのお腹を手でぽんぽんと叩いた。
「あんまし叩くな。穴と言う穴から出る」
「ははは、出たら俺が食ってやる」
「やめてよね~」
あたし達は、郊外の住宅地の一角にある小さな部屋でルームシェアをしている。
毎日のごはんはあたしがメインで作っている。
色々面倒だから、そろそろ彼にも作ってもらいたいと思ってたんだけど・・ハヤシライスを作ろうとした『成れの果て』を見て、あたしは溜息を付いた。
まだまだあたしがメインで作らなくちゃ。
ちょっと『夫婦気分』『恋人と同棲気分』を堪能しつつ、相変わらずのあたし達だ。
ん?
まだ彼あたしのお腹を見てる。
「いいよな、そういうの」
「?」
彼がなんだか優しい笑顔で見つめるから、あたしはちょっと落ち着かない。
・・いよいよ?
ん?なにがいよいよ?
あたしは自分の思い付いた言葉にはっとした。
・・ああ、あたしちゃんとわかってるじゃないの。
でも知らん顔してやろう。
ここは彼氏殿にがんばってもらわなくっちゃ。
あたしを落とす気があるんなら、ね?
そう簡単にあたしは靡かないわよ♪
彼ににたっと笑ってみせると、彼は少し頬を赤くした。
そして頭をがりがりと掻いてこれまた『困ったしまった迷った』顔をしているが、そんなことあたしの知った事ですか!
せいぜい悩むがいいわ、あなた♪
ここで頑張ってくれれば、多分、そのうち、きっと。
今すぐなら1年後にはあたしはまん丸お腹で微笑んでいるわ。
今と同じ大きさで。
元はわしの二次創作HPの話を修正しました。好きな話だったので。