とある砂時計前の会話
大きな砂時計を前にして女性が静かに語りだす。その姿は妖艶という表現が相応しい。
一切の装飾がされていないシンプルな黒いドレスを身に纏い、艶やかな黒い髪とは対象な血色のない白い肌、折れてしまいそうなぐらい細い体、表情は薄暗くて見えないが、立ち方、話し方からすると、一見にして彼女が只者ではないことはわかる。
――話の冒頭でこんなことを言うのはアレなのだが、人の寿命はとても短いとは思わないかね。
時を重ね、医療や文明が発達し、徐々に寿命が延びて100年の時を裕に過ごせることになっても、更にそこから粘ったとしても、きっと生きることに満足したと、生きることに飽きたと思うぐらいに生きることはできないだろう?
砂時計から降り注ぐ砂を愛おしそうに眺めながら彼女は続ける。彼女が見つめている砂は『誰かの時間』である。自分が選んだ人間の命が終わる瞬間、砂が落ち切る瞬間を見るのが彼女にとっての楽しみだった。
ある時は一瞬にして、ある時はゆっくりと、ある時は詰まったかのように微々たる量の砂が落ちる。全ては彼女の心次第。
――終わりがある人生なんて、なんて悲しい生き物だろう。と私は思ってしまうのだけど。
君はどう考える? 人間はどうして命を手放したくなると思う? どうして過ちを嘆くと思う? どうして過去を振り返ると思う? どうして未来を怖がると思う? どうして未来に夢をみると思う? 考えを聞かせてはくれないか? 末妹よ。
「………どうして?」
落ちる砂から目線を外した彼女がまっすぐ見つめた方向から、か細い少女の声がした。前の女性と真反対の如く真っ白な少女だ。
白く長い髪から覗く虚ろな赤い目。白いワンピースにマフラーを巻くという頓珍漢な格好に腕や足に巻かれた白い包帯が印象的な少女は、ぽつりぽつり彼女の問いに答えていく。
「人は終わりがあるからこそ……未来に希望を持ったり……未来に怖がったりするの。恐怖が心を支配すれば……命を終えたくなるし、どうしてこうなったのかって過去を後悔するもの……人間はとても弱い生き物よ」
少女の答えを聞いて、さらに彼女は問う。
ならばやはり、終わりを迎える運命にある人間は悲しい生き物ではないか。と。
「違う……人間は悲しい生き物じゃない……終わりがあるからこそ……二度と同じ人生がないからこそ……一生懸命に生きようとする……悲しいんじゃなくて……世界で一番美しい生き物よ」
真剣に淡々と答える少女に、彼女はうーん……そうかぁ。と一瞬考え込むと、少女の方に近づき中々に面白い答えだったよ。ありがとう。と頭を撫でた。
にっこりと笑みを貼り付けたような顔の彼女を前に少女は真顔で撫でている手を払うと、
「……父様からの警告。これ以上……人の運命で弄ぶなと……」
払われた手の下でジッと自分を見つめてくる少女を見て、彼女はフフっと笑った後、短く、考えとこう。と返した。