婚約破棄された少女は、契約を執行する。
第1万回聖竜祭前日、少女リーネは婚約者である王太子リックから婚約破棄を宣言される。
それを大人しく受け入れた彼女だったが、王太子は知らなかった。
実は彼女は王国、いや人類とある契約を行っていた。
かつて、人々が住んでいた世界はまるで地獄のようだった。
人々は救いを求めた。
聖竜は人々の願いを聞き入れ、人々を平和な世界へといざなった。
人々は聖竜への感謝を忘れぬよう、この世界に来た日を記念日とした。
これが聖竜祭の起源である。
王太子主催の小規模なパーティで、その宣言は行われた。
「リーネ嬢、あなたとの婚約を破棄する。
明日の第1万回聖竜祭でのお前との挙式は行わない。私は元々の婚約者アイナと結婚する!」
婚約破棄を宣言したのはこの国の王太子リックだ。
彼の隣には、公爵令嬢アイナが控えている。
美しい二人が並ぶ様は、まるで絵画のようである。
「お前のように貴族ですらない人間との婚約というのがそもそもおかしいのだ。いくら国王たる父上の命とはいえ、このような事、許されるわけがない」
そう、リーネはそもそも貴族ですらない。
昨年の聖竜祭の翌日、いきなり国王が彼女と王太子の婚約および第1万回聖竜祭での結婚を宣言したのだ。
今ある婚約を無理やり破棄させて。
当然大勢の貴族が反対したが、国王夫妻は半ば強引に事を進めた。
それでもリックは頑張った方だろう。
リーネを好きになるために努力した、
しかし、リーネはいつも「見た事がある」「面白くない」「つまらない」と言って、リックを困らせた。
そして、「もっと面白いところへ連れていけ」「私が見たことの無い物を見せろ」と言うのだ。
そんな彼女にいい加減リックは疲れてしまっていた。
「いいですよ。わかりました」
もっと暴れるかと思ったが、意外と物分かりが早くて助かった、とリックは内心で感謝した。
「そうか、理解が早くて助かる。だが、これでお前は私の婚約者ではない。元々お前は貴族ですらないのだから、とっとと出ていくがいい」
「わかりました。すぐ出ていきます。ですが、きちんと契約は執行させていただきます」
「契約?」
彼女が婚約者に選ばれた理由がそこにあるのだろうか?
リックがそう訝しむと、
「まあ、婚約が破棄されようと執行されようと、結果は変わらないと思いますけどね。
結婚式は楽しみでしたが、相手がこんなつまらない男では、ね。」
「どういうことだ!!!!!」
リックは怒鳴ったが、リーネは彼を無視し、
「では明日、聖竜祭終了後に契約を執行しますので、さようなら」
そういうと、リーネはパーティ会場を出て行った。
「なんて馬鹿な真似をしたんだ!!!」
翌日、第1万回聖竜祭の日の朝、リックは父である国王にそう怒鳴られた。
リーネがいない事に気づいた国王夫妻が調べたところ、婚約破棄の事実が発覚し、急遽リックを呼び出したのだ。
「しかし父上、そもそも王族である以上、貴族と結婚するのは当たり前でございます。
なぜあのような平民の娘と結婚を命じられたのですか?
それにリーネが言っていたのですが、契約とは何なのですが?」
そう、そもそも平民であるリーネとの結婚はありえないのだ。
つまり、そのありえないが起こった原因は、契約の内容にあるのだろう。
「やはり約束を破っても言っておくべきだった。これでもう世界は終わりだ……」
国王は涙ながらにそう絶叫した。
世界が終わり……
なぜ、一平民との婚約破棄が世界の終わりにつながるのかわからなかった。
「お前は聖竜祭の起源を知っているか?」
「聖竜が我ら人類をこの世界に送ってくれた感謝を示すための祭りです」
なぜ父はこんな事を聞いてくるのだろうか?
そんな事誰だって知っている。
「私もそう思っていた。だが昨年の聖竜祭のあと、リーネ嬢が我らの前に姿を現したのだ」
部外者たる彼女がいきなり国王夫妻の前に現れたのには驚いたが、直感で分かった。
彼女が人外の者であると。
「彼女はこう聞いたのだ。
いったいいつになったら見せてくれるのだ? 最近は呼ばれもしない。期限は来年だぞ、と
それで私は聞いた。見せるとは何のことだ。期限とは何のことだ。
それに関する彼女の回答は、恐ろしいものだった。
あなたたち人類をこの世界に連れていく時に私はあなたたちと契約を結んだ。
私は何億年も生きた。私は何でもできる。でも、だからこそ生きるのに飽きている。
連れていく対価として、1万年以内に、今まで見た事もないものや面白い物を一つ見せろ。
そうすればこの世界をくれてやる。
だけどもし駄目だった場合、契約違反として、この世界ごと滅ぼす。
それをあなたたち人類は承諾した。
最初の数千年の内は、色々見せてくれたが、ここ数千年何も見せてくれない。
期限は来年だ。
早く見せろ。
これが彼女が語った契約の内容だった。」
国王はその時の恐怖を思い出し、震えた。
「それで気づいた。彼女は聖竜だと。
つまり、聖竜祭は契約の期限の1万年目へのカウントダウンを忘れぬようにする為だと。だが、月日が経つうちに、我らはその意味をわすれてしまったのだ。
そして彼女は第1万回聖竜祭、つまり人類がこの世界に来て1万年目の日に契約違反としてこの世界を滅ぼすつもりだと。
しかし1年で今まで見たこともないものや面白いものを用意できる可能性は少ない。
だからお前を婚約者にしたのだ。
何億も生きる聖竜だからこそ、愛を知らぬだろうと。
実際彼女に聞いたのだが、愛されたことはないと言っていた。
王太子との恋愛、そして聖竜祭という記念すべき日の贅を尽くした結婚式、これを自身で体験する。
これこそ今まで経験した事のない面白いものだろう、と
実際彼女はこう言っていた。王太子はつまらない。
だが、自分の結婚式はとても楽しみだ、と
こんな面白そうなイベントは初めてだ、と
この契約の内容をお前に知らせることも考えたが、リーネ嬢は知らない方が面白そうだから黙っていろと言ったのだ。
たしかに、この事をお前に知らせると、緊張して関係がうまく進まない可能性がある、そう思い、私はお前に言わないと彼女と約束した。
だが、こんなことになるなら、お前に知らせておけばよかった。
結婚式を行えば、彼女も満足するはずだったのに……」
涙を流す父を前に、リックは震えた。
リーネは言った。
聖竜祭終了後に契約を執行します、と
もうすぐ聖竜祭が始まる。
そしてリーネは自分の言う事を守って、どこかに行ってしまった。
もう打つ手がない。
この世界はもう終わるのだ。
どこかで巨大な生き物が吠える声が……聞こえた。
同日短編投稿2つめです。
また、こちらの小説を元にした、
婚約破棄された少女は、新たな契約を結ぶ。
という作品も、投稿しております。
https://ncode.syosetu.com/n1449gt/
こちらの作品とは、結末が異なっておりますので是非読んでください。
よろしければ、ご意見ご感想以外にも、誤字脱字やおかしいところを指摘していただけると幸いです。
星での評価もお願いいたします。