それぞれのユニークスキル
よろしくお願い致します。
翌日、空がまだ薄暗い早朝、俺たちは街の北門から馬車に乗り込んだ。
ギルドと提携する冒険者御用達の運搬馬車は、ジラージュ森林の入り口までの舗装された道路を走る。やがて森の入り口で俺たちを下ろした。
俺は一応のために持ってきた森の地図を広げながら、渓谷までの最短ルートを再確認する。パーティーを組みたてのころは、この森にばかり足を運んでいたものだった。
歩きながら、森の景観を眺めていたハートは頬をほころばせる。
「なんだか懐かしいわね」
「私も、昔を思い出していた……」
感傷に浸れる彼女たちとは違い、俺は今現在の実力でも、この森の中に脅威となるモンスターは多数いる。気を抜いて思い出散策とは、いかない。
それからしばらく歩いた先でのこと。シルクが不意に立ち止まり、俺たちに告げる。
「トリトーンだな」
シルクが僅かに視線を向けた先、木々の向こうで獣の唸る声が聞こえる。
ーートリトーンとはジラージュ森林の浅くに生息するモンスターの一種である。
樹の足元に生えるキノコを主に食べる。主に群れで行動し、性格は意外と好戦的。薬草摘みなどをする初心者冒険者なんかが襲われ、怪我をする事態がままある。
見れば辺りにはトリトーンの好物であるキノコが多く群生している。
まずハートが索敵魔法を使う。目を瞑った彼女が「南東方向、七十メートルに一体……」と呟くと、ミミが首から下げていたアックス型のアクセサリーを取って手に握る。
俊敏な速度で指示された方向に駆けた彼女は、やがてモンスターの姿を捉えて飛び上がる。
突然のことに身動きが取れないモンスターに対し、ミミは空中で静かに息を吸う。すると手に持っていた小さなアックスが途端に巨大化し、揺れる木漏れ日に大きな影を落とす。
ユニークスキル、『剛腕』
ドワーフ族に代々伝わるユニークスキルで、その名の通り凄まじい腕力を発揮するスキルである。
彼女の使うアックスはドワーフ族に伝わる特殊な製法で作られており、使用者の振るうことのできる力に応じてその大きさを変える。
ミミの現在の膂力はドワーフ族の中でも随一。比例して、アックスの大きさはとんでもない。
「後ろ、こちらに向かって走ってるっ」
次に木の陰からトリトーンが飛び出し、俺たちへ向かって猛然と向かってくる。
長い助走で最高速度に達したトリトーンはジャスティン目がけて突進したが、くぐもるような鈍い音が聞こえたあと、その場に転がって身動きを取らなくなった。
ジャスティンはただその場に直立不動したままだった。モンスターの存在にたったいま気付いたというような素振りで、照れ笑いを浮かべる。
ユニークスキル、『鋼鉄』
タンク職のスキルの中で最強と言われるユニークスキルで、あらゆる攻撃に対して鉄壁の防御力を誇る。
そうした特性がある中で、彼女は防御魔法の適正もすこぶる高い。『セイントシールド』をはじめとする防御魔法を貫くことすら難しい中で、最後の砦となる常時発動型の防御力。
並大抵のモンスターでは、彼女に傷をつけることは叶わない。
「前方に、って言う必要ないか……」
続けて、樹の陰から唸り声をあげてトリトーンが現れる。相変わらずの直情的な動き。
ハートが僅かに手を振ると、自分とモンスターとの間に薄い火の壁が現れる。トリトーンはそれを脅威と見なかったらしく正面切って突っ込んでくる。
しかし、その判断が間違いだった。火の壁を越えたときには忽然とトリトーンの姿は消滅していて、後には固い牙がコトリと落ちるのみだった。
ユニークスキル、『火之神』
火属性魔法の威力を向上させるスキル。その系統の最上位に位置するユニークスキルである。
属性強化系の最上位ユニークスキルの持ち主は、時代が時代なら神と同列に崇め奉られたという。
欠点として他属性の魔法が極端に使いづらくなることが挙げられるが、彼女の場合は並々ならぬ努力によって、他の様々な魔法の水準も一般的な魔法師に引けを取らない。
次いでシルクの前にもトリトーンが現れたが、先ほどまでの個体とどことなく様子が違う。
「少し、大きいか」
シルクが落ち着き払った声でそう言う。シルクの目の前に現れたのは、先ほどまでのトリトーンよりもサイズが一回り大きい個体。
いや、一回りどころじゃない。肥大化した体には筋肉の線が浮き出ており、牙の本数もやけに多い。こいつは……。
「レベル2だっ、気を付けろっ!」
俺が叫ぶと同時、トリトーンは駆け出す。地面が揺れるほどの衝撃を発生させながら、その巨体がみるみる迫ってくる。
シルクは少し腰を落として、ゆっくりと腰の剣に手を当てる。その構えからは一切の闘気が感じられない。まるで今から挨拶でもするような、覇気のない自然体。
やがてものすごい速度で切迫したトリトーンの姿がシルクの身体と重なった瞬間、勢いをそのままにトリトーンは二体に分裂した。
否ーー正中線に沿って真っすぐと分けられ、絶命した。
目にも留まらぬ速度のまま、二つに分かれたトリトーンの残骸は、シルクの背後の森の底まで転がっていく。気付いたときには剣は鞘へ納められている。
ユニークスキル、『剣聖』
会得した剣技の威力向上、また目にしたすべての剣技を完璧に模倣し、自分のモノにできる。
かつて魔王の喉元まで迫ったと言われる、伝説の勇者パーティーの中に、同じく『剣聖』のスキルを持つ剣士がいたという。一振りで地を割り、海を裂き、天を貫いた。
このスキルを持つ剣士の成長は、足し算ではなく掛け算だと言われる。会得した剣技の熟練度が上がれば上がるほど、比例してスキルの恩恵を受けられる。
剣を振るえば振るうほど、常人には決して辿り着けない次元へと進むのだ。
ーーそして最後、残った僅か一匹が怯えながらも鼻息を荒くしてこちらを睨んでいる。
面倒そうに手をかざしたハートに対し、「待て」とシルクが告げる。次いでシルクは俺に視線を向けて、「お前が倒すんだ」と言う。
ハートは少し狼狽した様子を浮かべる。
「でも……」
「この程度のモンスターが倒せないでどうする」
ハートは言い淀んでから俺をちらっと一瞥する。俺が頷くと、溜息を吐いてあげた手を下ろす。
さて。
俺は腰元のナイフを抜いて、逆手に持つ。今にもとびかかってきそうなトリトーンを真正面から捉え、じりじりと歩み寄る。
トリトーンは直線的な動きしかできない。オーガよりも簡単だ。タイミングを合わせて弱点である首元にナイフをそっと押し込むだけでいい。
俺はわかりやすく相手の間合いへ踏み込み、開戦の合図を取る。向かってくる体躯を冷静に見て、引き付ける。やがて最良のタイミングで俺はナイフを振るうーーしかし。
ガキンッッ!
見透かしたようにトリトーンは、口元の牙で俺のナイフを弾く。懐まで迫ったトリトーンの突進から逃れる術はなく、俺は身体を吹き飛ばされる。
「ぐはぁっ!」
地面を転がり、仲間たちの元まで飛ばされる。口の中に血の味が染みる。「ちょっ!」「だ、大丈夫かっ」少女らの焦る声が近づくより早く、俺の傍に屈んだ人影があった。
リリネルである。彼女は俺が攻撃を受けた胸部に手をかざし、ゆっくりと魔法を行使する。瞬きほどの間に、身体の中から痛みが消える。
俺はすぐさま立ち上がる。
「すまん、助かった……」
「……」
俺を見上げるリリネルの表情は、面で隠れて窺えない。心配する仲間たちの息遣いが聞こえるが、俺はここで諦めるわけにはいかなかった。
ーーこれ以上、弱くなるわけにはいかないっ。
俺は再びトリトーンの正面に対峙する。後ろ足を蹴って、いつでも突進できることをヤツは伝えてくる。俺は再び呼吸を落ち着けて、ナイフをぐっと握り直す。
トリトーンが駆けた。先ほどと全く同じ光景、なら次は、さっきよりも速く振るっ!
切迫したトリトーンの首元にナイフを落とす、今度は、狙い通りに刺さる。しかし、その一撃で絶命に至らせることが叶わず、トリトーンは刺さったナイフを無視して突進を続ける。
腹部に大きな衝撃。
しかし、ナイフだけは放さなかった。深く、奥へ突き刺す。地面を引きずられるようにしてトリトーンの突進を受け止め、やがて止まる。
首元から流れる大量の血しぶき。その眼の中に光がないことを確認して、ようやく俺は手を離す。
こうして俺は、何とか勝利を収めた。
ありがとうございました。