ワイバーン
よろしくお願い致します。
ギルドに戻った俺たちを、ギルドマスターが待ち構えていた。
彼に案内されるまま俺たちはギルドの裏に通されて、巨大な円卓の置かれた会議室に辿り着く。そこにはギルドマスターの秘書官である女性と、一人の男性冒険者がいた。
厳かに礼をして秘書官が「お待ちしておりました」と口にする。そして席に腰かける冒険者を示し、「彼がワイバーンの目撃者です」と告げた。
私たちが席に着くと、冒険者は震える声音で説明を始めた。
ーージラージュ森林とはザンリーフの北側に広がる森林である。
ここはザンリーフの組するロングラード国と、その北側に位置するビロッド国の境界を担う広大な針葉樹林帯であり、モンスターも多数生息する。
とはいえ、駆け出し冒険者の訓練クエストに使用されるほど、生息するモンスターが弱いことも特徴の一つであり、ワイバーンが生息しているという情報は、かつて聞いたことがなかった。
彼はその日、回復薬の調合に必要な薬草を調達するため、一人でジラージュ森林を潜った。
広大な森林ゆえに地図を持たず踏み入ることは危険と言われていたが、森林を少し進んだ先に広がる渓谷地帯までならば、この街の冒険者にとって自分の家の庭のようなものだった。
彼は朝方から薬草の採取を始め、日暮れまでには街へ戻れるようにと、昼を過ぎたあたりで作業を切り上げた。そうしていざ帰ろうと腰を上げたとき、空にワイバーンの飛ぶ姿を見たという。
「ワイバーンは渓谷の崖の中に消えていったんだっ……」
男は思い出すだけで恐ろしいという風に、身を竦ませた。
ーーワイバーン。
古代には飛竜と呼ばれていたモンスターで、空を飛ぶ巨大なトカゲみたいなものだ。性格は極めて獰猛、主に魔族領域に生息するモンスターである。
戦闘力も高く、討伐指定ランクA級のモンスターだった。
なにより捕食に際してーー人間を一番の好物とすることが有名。
ハートが顎に手をやりながら思案する。
「なんでこんなところに、ワイバーンが……?」
「モンスターとは魔素によって突然変異した自然動物の呼称です。主に魔素濃度の高い魔界で育つものですが、稀に磁場の歪みによって、人類領土に魔素の濃い空間が出来上がることがあります。その空間で生まれ育った生物は、モンスターに変異する可能性を持ちます」
「それって、ほんとに稀な話だったわよね?」
「極めて、稀な話です。しかしジラージュ森林内の渓谷は、以前から僅かではありますが、磁場の歪みが観測されていました。遥か遠く魔界の空から飛来してきたという可能性よりは、現実的かと」
ハートはふむと頷いて、それからシルクを窺うようになる。
無論、そのワイバーンを討伐してほしいという依頼のため、俺たちはこの場に呼ばれたのだろう。俺たちのパーティーではクエストの最終受注権を、リーダーであるシルクに一任している。
やがて落ちた沈黙の中で、先に口を開いたのはギルドマスターだった。彼は真剣な顔つきで、「もう一つ、先に言っておかなければならないことがあるんだ」と言った。
その先を引き継ぐように、冒険者の男が口を開く。
「ワイバーンは、レベル2だった……」
俺たちは彼の言葉に目を見開く。
モンスターには同じ個体であってもレベルが振り分けられる。レベルによってその脅威度も大きく変化し、ワイバーンのレベル2の討伐指定ランクS級に認定されている。
--S級。
「自分でも信じられねえ話だとは思うっ、でも信じてくれっ! 確かにアイツはレベル2だったっ、この目で確かに見たんだっ……」
興奮した様子でそう主張する男。
彼の証言が本当であるならば、Aランクパーティーである俺たちには荷が重いクエストであるということになる。
難しい顔をするシルクに、ギルドマスターが言った。
「単純なパーティーのランクだけ見れば君たちはA級だが、うち何人かはS級に比類する実力を持っていると私は考えている」
「……」
「一応同じくAランクパーティーであるグズリーたちにもこの件は伝えたが、奴らと君たちでは実力の差は歴然。私の見立てが正しければ、君たちが最善のメンバーで臨めば、レベル2のワイバーンであろうと、問題なく倒せると踏んでいる」
ギルドマスターとその秘書官の視線が時折、俺のほうを向く。
嫌味と捉えることもできるし、おそらく本人たちにもその意思があることは見て取れたが、事実足手まといな俺が何を言えるわけもない。
ジャスティンやハートが僅かに気を立ててくれたことを肌で感じたが、彼女たちも話の腰を折るような物言いはしなかった。
冒険者の男は涙目で言った。
「あの森は俺たち低級冒険者にとって、大切な仕事の場なんだっ。あんな化け物がいたんじゃ、おちおち薬草も採取できねえっ。頼むっ、どうか……」
熟考のすえ、シルクは顔を上げる。
「ひとまず渓谷の様子を見てくる。依頼を受けるかどうかは、それから決める」
シルクはそう言うと席を立ち、俺たちを見つめる。そこにあるのはいつものシルクの冷静な瞳。それは力強く仲間を統率する、リーダーの風格。
「各々、そのつもりで準備しておけ。明朝に発つ」
ありがとうございました。