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リンゴ狩り1

よろしくお願い致します。


 

 翌日、まだ陽も登りきらない早朝に、俺たちはギルドの前に集まった。


 リリネルのことを話すと案の定シルクは顔を顰めたが、ハートがリリネルの持つ回復魔法について説明することで、渋々と言った風ではあったが、なんとか了承を取り付けることに成功した。


 「すごく高性能な回復魔法を使えるらしいの。試しに少しの間だけ雇ってあげましょうよ」


 俺もリリネル拾ってきた身として、ハートばかりに説明を投げるのは気が引けた。


 俺は自分の怪我を一瞬で直したリリネルの魔法について少し語り、「よろしく頼む」と頭を下げた。


 当のリリネルは黒い面の下で沈黙を貫き、ポツリと佇んでいる。


 「ハートがそんなに入れ込むほど、すごいのか」


 「じいぃぃ」


 ジャスティンが唸り、ミミがリリネルの黒い面を興味深げに覗き込む。


 俺は昨日の反省から、リリネルに必要以上言葉を交わすことを避けるように言い聞かせていた。魔王がどうたらとか言われたらたまらんからな。


 リリネルは従って、こくりと首肯するのみにとどまった。


 とまぁ、なんとか仲間たちの了承を取り付けたあと、ギルドを発つ。



 ーーリンゴ狩りはザンリーフの街の東門をでて、しばらく歩いた先にある果樹園で行われる。



 道中、ハートは昨日買ったという新しい服のことを、ジャスティンとミミへしばらく語っていたのだが、次第に話題はリリネルの方向へと向く。


 「リリネルの回復魔法はどのくらいすごい?」


 ミミが眠たそうな目をリリネルに向ける。リリネルは面の向こうで俺を窺うように顔を向けてきた。別に一切喋るなと言っているわけでは、ない。


 特別なにも咎めずいると、やがてリリネルはポツリと言った。


 「愛、という」


 リリネルは足元の土を僅かにすくいあげる。両手の上に乗った土から、たちまち花が芽生える。


 精神的に最も乙女の気質があるように見えるジャスティンなんかは、おおっと嬉しそうに驚く。


 「……一般的な回復魔法と、少し違うように見える」


 「直接生命力を注ぐとは、こういうことなのか……」


 「これがこの子の『ユニークスキル』なんだって」


 感心したように目を向ける三人の女子たちの輪の外で、シルクもちらりとそれを窺っていた。


 やがてしばらく歩いた先で、果樹園が見えてくる。


 「よろしく、お願い致します」


 果樹園の持ち主である年老いた婆さんが、わざわざ入り口で俺たちのことを待っていてくれた。この出迎えは毎度のことだった。


 慣れた足取りで果樹園の中へ足を踏み入れるシルクたち。最後尾を歩いていた俺が横を通るときだけ、婆さんが口を開く。


 「いつも、ごめんなさいね……」


 「ああ、いや、ぜんぜん……」


 「これを、お使いください」


 そうして差し出されたのは年季の入った薬箱。傷口に塗る膏薬の類が、溢れるほど入っている。



 ……親切心しかないことはわかっているが、それだけに自分が情けなない。



 婆さんはそうしてペコリと頭を下げて、立派な家に身を引っ込めていく。薬箱を抱える俺を、隣にいるリリネルがジッと見上げてくる。



 ーー冒険者ギルドに正式な依頼として受理されたリンゴ狩り。無論、普通のリンゴ狩りではない。



 やがてシルクたちに追いついた先、果樹園の中央には、えげつないほど幹の太い巨木が一本聳えている。


 青々とした葉の中、色付いたリンゴの実が数え切れぬほど実っていた。


 それは持ち主である婆さんがまだ若かったころの話。


 果樹園のある一区画だけ、いくらリンゴの苗を植えても一向に木の育つ様子が見られなかったという。


 根気強く世話を続けたところ、ある日とつぜん一本の巨木が現れた。


 それは今まで植え続けてきた苗の栄養を、一身に受け止めているかのように大きな巨木だった。


 その木に実るリンゴは甘く瑞々しく、これまで育てたどんなリンゴよりも美味だったが、一つだけ難点があった。


 収穫に骨が折れるのである。何を隠そうこの木はーー。





 「ぶへらっ!」


 青々とした冬空の下、しなやかな鞭のように振るわれる巨木のツタが、俺の顔面を打った。


 もう何度目かわからない激痛。俺は飛ばされて、地面にひれ伏す。


 指定ランクD級、『マリー果樹園の大樹』


 突然変異したそのリンゴの木は、実ったリンゴを外敵から守るため、自ら戦う。ツタを鞭のように振るい、種を弾丸のように弾く。


 実を収穫するためには、それらの攻撃をかいくぐり接近する必要があるのだ。


 肌を刺していた冬の冷たさは既に消え去り、汗まみれになりながら鈍い痛みに打たれる。


 リリネルの黒い面が青い空を遮って視界に映り、これも何度目かわからない回復魔法をかけられた。


 痛みがスッと和らいでいく。


 「少し休憩したらどうだ?」


 「……収穫しきれなくなるだろ」


 俺は立ち上がり、呆れたような風情を漂わせるリリネルを置いて、再び巨木に立ち向かう。周囲には、華麗に攻撃をかわし収穫を進める仲間たちの姿。


 みんな、今日はそれぞれの装備を外して、動きやすそうな服に着替えていた。


 ハートは肌着の上にほんのりと汗を滲ませながら、それでも楽しそうに身体を動かしている。


 「いい運動になるわよね、これっ」


 後衛職の魔法師であるにもかかわらず、この程度は冒険者にとっての最低限の嗜みだと言わんばかりの、華麗な体捌き。既にハートの収穫籠はいっぱいになろうとしている。


 バリバリの前衛職であるシルクとミミは競い合うようにして実を取り合い、いくつもの収穫籠を満たしている。


 前衛と後衛の間に挟まれた中間職ともいうべきジャスティンは、ハートと同じくらいの量しか収穫していないが、実はその三分の一ほどを俺の籠へこっそりとかさ増ししていることに、俺は気付いていた。



 ーーその優しさが一番キツいっ。



 「この、やろっ!」


 俺は向かってくるツタを避けて、太い幹に足を駆ける。蹴り上げて空中へ飛ぶと、固い種が腹部にぶつかる。


 それを気合でねじ伏せて、枝の先にかかったリンゴを手に取る。


 「よしっ!」


 俺は手中の成果に喜びの声をあげたが、地面に着地した瞬間、鋭いツタの一撃に襲われる。再び顔面。


 俺は手にしたリンゴを地面に転がしながら、後ろへ飛ばされる。


 「カナデッ、違う、避けられないツタはこうして掴むんだっ」


 同じく地面の着地を狙われたジャスティンは、鼻血を垂らす俺に解説を施しながらツタを受け止める。ツタが手の平にあたったとき、痛々しい音が響いた。


 「いや、それ痛くないのアンタだけだから……」


 ハートは言いながら着地して、追いすがるツタから逃れるようにバックステップ。


 しつこく付いてきた最後の一本を回し蹴りで一蹴し、地面に置いていた籠へ、抱えていた幾つかのリンゴをぼとぼとと落とす。

 

 俺から見ればジャスティンもハートも同じくらいすごかった。魔法師なのになぜあれほど流麗な動きができるのか。


 他二人の動きは次元が違い過ぎて目に追えない部分もある。参考にしてはいけないような気がした。


 「もう、いいだろう?」


 「ああ?」


 いつの間にか背後に立っていたリリネルがしゃがみ、俺の顔に手を当てる。たちまち鼻から垂れていた血が止まる。


 「もう十分だろう、休めばいい」


 「だから、収穫がーー」


 「直に終わる。傍から見ていてもそれくらいは、わかる」


 リリネルは俺の言葉を遮ってそう言う。


 巨木を前に、Aランクパーティーの四人が縦横無尽に動き回る。凄まじい速度で収穫されていくリンゴ。枝木に残る実は、どんどん少なくなっていく。


 リリネルの伝えたいことはわかる。俺が血を流してやっと一個収穫する間に、シルクやミミはその数倍の量を軽やかに籠へ入れていく。


 今更、一個や二個のリンゴを俺が収穫したとしても、終わる時間にさしたる違いはない。


 血を流すだけ無駄。


 もしかするとリリネルは、自分を拾ってくれた俺に多少の恩義は感じていて、だからこそ無駄に身体を痛めつける必要はないと、優しい提言を吐いてくれたのかもしれないが。


 「パーティーってのは、そういうもんじゃないんだ」


 俺は言って、再び立ち上がる。


 蠢くツタを避けて、巨木の懐へ潜り込む。幹を蹴りリンゴの実へ手を伸ばす。実を毟った瞬間、怒り猛った木の意思によって、更なる猛攻が俺を襲う。


 俺は脳内に仲間の戦う姿を思い浮かべる。


 着地の瞬間すぐさまバックステップして距離を取り、それでも追いすがるツタの一本を手で掴み取るーーつもりだったが。


 愚鈍なバックステップは有効な回避行動と認められず、咄嗟に伸ばした手の平も、呆気なく弾かれる。


 --だめだ、こりゃ。


 やがて、バランスを崩し無防備となった体を目がけて、木の種が高速には弾き出されてーー。



                    

ありがとうございました。

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