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俺の仕事

よろしくお願い致します。

 翌日、俺は早朝に目を覚ます。


 地面に敷いた麻の布。さすがにベッドで迎える朝よりは寝覚めが悪い。


 俺は寝室を出て、そのまま玄関の扉も開ける。冬の冷たさが襲い掛かり、身体の芯からブルりと震える。


 「……さみいなぁ、こんちくしょうっ」


 まだ薄暗い早朝の空の下。


 俺は凍った地面を憎々しげに踏み散らしながら、家の横の雑木林から伸びる清水の流れへ近づく。


 水面に手を付けると、皮膚をそぎ落とすかのような痛みが走る。俺はそれを屈強な忍耐力で耐え凌ぎ、水を救って顔を洗う。


 

 --ああっ、染みるっ!



 急激に覚醒していく意識の中で、毎朝思うことがある。


 なぜこの家には水属性魔法石の設備がないのかと。


 幼い頃から慣れ親しんだルーティーンではあるが、冬場は辛いものがある。


 冒険者として宿場を使う機会が増えてからは、特にそう感じるわけで。


 「はぁぁくしょっいっ!」


 俺が盛大なクシャミをしながら家へ戻ろうと振り向くと、玄関の先にリリネルが立っていた。


 相変わらずキャミソール一枚。見ているだけで凍え死にそうだ。


 「……おはよう。悪い、起こしたか?」


 「人間とは、ずいぶん朝早くから寝床を出るのだな」


 「そうでもないぞ、俺は特別に勤勉なんだ。覚えておけよ」


 仕事だ、仕事、と、俺はリリネルの横をすり抜けて、暖かい家の中へと戻る。


 ぱたりと玄関を占めたリリネルを尻目に、俺はさっさと着替えを始める。



 ーー今日は防具はいらないが、まあ、ナイフだけは一応持っておくかな。


 

 俺は着替えながらリリネルに、調理場にあるモノを適当に食べて飢えを凌ぐように伝えようとする。


 しかし、リリネルの問い掛けのほうが僅かに早かった。


 「仕事と言うのは、モンスターを倒すのか?」


 「いや、今日は違う」


 「冒険者はモンスターを倒す以外に、やることがあるのか?」


 「……まあ、色々あるんだよ」


 俺は沈鬱な気持ちでリリネルに告げる。心が挫けちまいそうだから、それ以上は訊かないでくれ……。


 リリネルはふうむと唸ったたと、着替えを続ける俺に淡々と告げた。


 「ならば、妾も連れていくがよい」


 「ああ?」


 「一人で家に残されても、退屈だ」


 「退屈って、お前なぁ……」


 俺は呆れた口調をリリネルに向けたが、続く言葉は出てこない。まあ別に、今日の仕事は着いてこられて困るものでもないのか……?


 

 --あんまり見られて気持ちの良いもんでもねえけど……。


 リリネルは俺の心の隙間を狙い撃ちするかのように、畳みかけてくる。


 「決まりだ。この格好では寒い、なにか羽織るものを寄越せ」


 「……変なことはするなよ?」


 俺はため息交じりにそう言って、リリネルの同行を許可した。


 まあ、昨日拾ってきた人間を家に一人で置いておくのも、不用心な話か。


 見た目が少女とはいえ、魔王を自称する変わった少女だ。目の前で監視できるならそれに越したことはない。


 俺は自身の古着と外套をリリネルに与えて、家を出た。


 ぶかぶかの外套で顔の隠れたリリネルは、雨日の不審者のよう。


 しかし、色々な意味で目立つコイツの顔は、晒さないほうがいいのかもしれない。


 俺もAランクパーティーの足手まといとして、顔は知れている。変な少女を連れているところを見せて、変な噂が立つことは避けたい。


 隣を歩くリリネルが、俺に問う。


 「して、今日はどんな仕事をしに行く?」


 「……まあ、あれだよーー」


 俺は冷たい空気に白い息を吐いたあと、しんしんと告げる。


 「謝りに行くんだよ」


 


            ★


 

 「昨日は、すいませんでしたっ!」


 太陽もすっかりと登った朝方。俺はそうして、一人の村人に頭を下げる。



 ーー昨日、クエストを失敗した村にて。



 俺は昨日のうちの用意しておいた菓子折を片手に、草属性オーガによって畑を荒らされてしまった住民の家を訪ねた。


 目的はもちろん、謝罪。

 

 しかし、玄関で門前払いを食らう。


 「村も使えねえ冒険者なんか雇うんじゃねえよっ」


 激高して家に引っ込む家主に対し、隣のリリネルが眉を顰める。


 「こちらは下手に出ているというのに、ずいぶん狂暴な男だ」


 「いや、違くてな」


 俺はリリネルに昨日のクエストの経緯を語った。草属性オーガによる農村への被害が多発したことから、ギルドへ依頼が来たこと。


 そして、この討伐クエストは俺の失敗によって達成することが叶わず、どころかこの家の畑を荒らされるまでに至ったこと。


 本来、冒険者はクエストの失敗についての責任を負わない。無論、報酬金は貰えないが。


 強いて言えば、ギルドの定めるパーティーランク指定に影響が出ることくらいだろうか。


 しかし今回のように自分たちの失敗によって、近隣住民に迷惑をかけた場合などは、その誠意を見せる冒険者もいる。


 「なぜだ、依頼者だって冒険者に頼むほか、そもそも解決の手立てなどないというのに。失敗したか成功したかなど、結果論でしかない」


 「それでもこうして誠意を見せることが、人としての礼節なんだよ」


 それに、俺の所属するパーティーはそこらの冒険者パーティーではない。このギルドを代表する、Aランクパーティーなのだ。


 いずれ彼らの名前が世界中に知れ渡るとき、小さないざこざの類がその威光を汚すということも、考えられる。


 俺の下らないミスからパーティーへ要らぬ風評被害をもたらすわけにはいかない。その辺りのリスクマネージメントに、俺はそれなりに気を使っている。


 それからしばらくの時間を要し。


 やがて住民は玄関から顔を出し、俺の持ってきた菓子折りを受け取ってくれた。


 再び謝罪をすると、「俺も言い過ぎた……」とバツが悪そうな顔を浮かべ、東瓜の実を俺とリリネルに一つずつくれた。


 「わざわざ遠くから悪かったな」


 そうして村人は、頭を下げた。俺も再び申し訳なさから、謝罪を口にした。


 リリネルの口にしたような正論は、もちろん依頼主の方だって理解している。その上で、どうしても収まりきらない憤りというのはあるものだ。


 礼節に充てられれば、礼節に染まる。人間の素晴らしき心。


 まあ、俺がしっかりしていれば、こんな事態にはならなかったのだが……。


 「ふむ。人間とは存外、心の真っ当な種族なのだな」


 帰る道すがら、リリネルが真面目な顔をしてそんなことを呟いた。


 徹底したキャラ作りだなぁ、なんて上の空に思いながら、俺は少し揶揄うような意を込めて聞いてみる。


 「魔族とは違うか?」


 「魔族も善し悪しだ。良い奴もいれば悪い奴もいる。ただ、人間はすべて悪と教わってきたからな」


 そうしてリリネルはまじまじと俺を見つめて、一人で勝手に頷いている。


 人間がすべて悪、リリネルの発言は極端すぎるものに聞こえたが、俺だって魔族はすべて悪い奴らだと考えていたな、と自覚する。


 例えば俺が一人きりで向こうの世界に迷い込んだとしたら。


 リリネルと同じく、見つかれば殺されるものと考える、かもしれない。


 魔族は敵、争いを繰り返してきた古来からの歴史をもって、盲目的にそう思い込んでいる。


 隣を暢気に歩く少女を見ていると、剣呑とした魔族への印象が薄れていくように感じられる。



 ーーていうかなに、コイツの妄想にマジになって付き合ってんだか……。



 自称魔王少女の世界観に感化されていた自分自身が情けなくて、俺は深いため息を吐いた。



        ★



 街へ戻ったのは、昼時を少し過ぎたころだった。


 リリネルが腹が減ったとせがんだので、昼飯を食べることにする。


 ザンリーフの町の中心には直径二百メートルほどの円形の泉があって、その中央広場から東西南北へストリートが伸びている。


 腹を満たすなら東通りを進めば店がたくさんあるのだが、人ごみはあまり好きじゃない。俺たちは中央広場に面した小さな料理屋に入って、席に着く。


 「らっしゃい。ご注文は?」


 「冬野菜のソテーと。お前は?」


 俺は店主の親父に自分の注文をしたあと、リリネルにメニュー表を滑らせる。


 リリネルは小さな手でメニュー表を掴み、しげしげと見つめたあと、店主に見えるように裏返し。


 「これと、これとこれ。それから、これも。ついでにこれとこれ。すべて出来る限り皿に敷き詰めろ。それからーー」


 頬から汗を伝らせた店主が俺を窺う。俺は苦笑いを返した。


 まあ、食べ盛りなんだよ。



 ーーリリネルの異次元な胃袋に料理が次次と吸い込まれていく様は、もはや爽快に感じるほどだった。



 一応Aランクパーティーとして活動してきた手前、そこまで困窮した生活を送っているわけでもない。


 食いたいだけ食えばいいと茶を飲んで休んでいると、不意に隣の席に誰かが腰を下ろした。


 「あんた、なにしてんのよこんなとこで」


 そこにいたのは仏頂面を浮かべるハートだった。我がパーティーの魔法師。


 ハートはピンク色の髪を揺らしながら、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


 実は俺は昨日のうち、ハートに買い物の荷物持ちを頼まれていたのだが、用事があるからと断ったのだ。


 無論、今朝の村人への謝罪こそが用事の全容だったが、ハートは見知らぬ子供との逢引のために、荷物持ちを断られたと勘ぐっている様子だった。


 「用事は?」


 「思いのほか早く終わってな」


 「その子、だれ?」


 「まあ、なんというか……」


 言いあぐねる俺をよそに、ハートはリリネルの被ったフードをばっと取る。


 するとリリネルの金色の髪が清廉とした滝水のように零れ落ちて、彼女の天使のような容貌が露わになった。


 「あんた……」


 「な、なんだよ?」


 「私もついていってあげるから、洗いざらい真実を話してきなさい。留置所のごはん、そこまで不味くないってどこかで聞いーー」


 「俺は誘拐犯じゃねえよっ」


 俺とハートの掛け合いをちらりと一瞥し、再びがつがつと食事を始めるリリネル。眉をしかめてリリネルを見るハートに、俺は溜息を吐きながら伝える。


 「昨日の夜に拾ったんだ」


 「拾ったぁ?」


 「どこぞの奴隷商からでも逃げ出してきたんだろ。住むところも金も何もないっていうから、しばらく面倒を見ることにした」


 都合の良いようにでっちあげた話を聞かせる。ふーんとどこか納得がいかないような顔つきを浮かべたハートは、リリネルに視線を向ける。


 「あなた、名前は」


 リリネルはハートの顔を睨め付けたあと。


 「礼儀を知らぬか。まずは自分から名乗れ、人間」


 に、にんげん? と頬を引きつらせるハート。ハートは怪訝そうな視線を俺に向けてくるが、気付かないふりをする。ち、ちょっと痛い子供ってだけだろ・・・・・・。


 「……ごめんなさいね。私、ハートっていうの。カナデとは一緒の冒険者パーティーを組ませてもらっているのだけれど」


 「妾はリリネル・サタンファクトリアだ。魔王だ」


 「さ、さたんふぁくとりあ? 魔王?」


 気の強いハートが後手後手に回る様子というのは新鮮だが、何はともあれちょいタンマ。俺はリリネルに詰め寄り、小声で訴えかける。


 「おい、お前なに言ってんだよ……」


 「単なる自己紹介だが?」


 「相手は冒険者だぞ? 私が魔王ですなんて言うもんじゃない」


 「昨日、お主が言ったのだろう? 人間は、冬に腹を空かせた年端のいかない少女には、等しく優しいと」


 ここは夜の路地裏ではなく、昼の繁華街だということを理解してほしい。現在進行形で腹を満たしている最中だということもな。


 「とにかく状況を考えろ、頼むから俺の話に合わせておいてくれ……」


 魔王かどうかはともかくとして、リリネルと発言が食い違えば本当に誘拐犯扱いされかねん……。


 俺は怪訝そうな顔をするハートに向き直り、「じ、重度の妄想癖がある奴なんだハハハ」と言い訳する。


 ハートは首を傾げていたが、とりあえずは納得した様子で頷く。「……まあ、いいけど」と、俺に半眼を向けたあと、それはそうとさぁ、とリリネルを窺う。


 「それはあなたの魔法?」


 さすが魔法師なだけあって、リリネルの稀有なユニークスキルにすぐさま目を付ける。


 それに、リリネルの魔法は植物の芽吹きとなって目に見える形でも現れる。


 まだ座って時間が浅いため、テーブルの隙間から一輪花が覗くばかりだが、これから増えていくことだろう。


 説明するのが煩わしいらしくリリネルは食事を再開したので、代わりに俺が答える。


 「こいつ、珍しいスキルを持ってるんだ」


 「へえ」


 「めちゃくちゃ高性能な回復魔法って感じでな」


 俺が簡単に説明するとハートは興味深そうに頷き、思案する。やがてこんな提案をしてくる。


 「ねえ、この子も明日からクエストに連れて来なさいよ」


 「はあ? なんで?」


 「回復魔法、私苦手でしょ?」


 「ていうか、いや、定員……」


 クエストにおける戦闘で、最も効率の良い分担をするための人数が五人だという通説は何百年も前から引き継がれてきたものであり、ギルドの規定もこれに従う形がとられている。


 無論、領土奪還の際や大規模討伐など行われる際に例外も存在するのだが。


 「戦闘員の他に荷物持ちとか、雑用係としての奴隷の使用は認められているでしょ?」


 「シルクは奴隷を使わない主義だろう」


 「あのカンカン真っすぐリーダーは、奴隷を奴隷として扱うことが嫌いなだけよ。回復担当を補填するためのメンバーってことで」


 ううむ、と俺は考える。今日以降は家の手伝いでもさせておこうかと思っていたが……。思案する俺に対し、ハートは揶揄うような笑みを浮かべる。


 「これはアンタのためを思って言ってるのよ?」


 「お、俺のため?」


 「忘れたの? 明日のクエスト、月一の()()()()()よ」


 俺はハッと思い出して、顔を顰める。リンゴ狩りに、あまり良い思い出はない……。


 「回復魔法師がいるに越したことはないと思うけれど?」


 「だ、だけどな……」


 俺がちらりとリリネルを窺ったとき、彼女もまた俺のことを見つめていた。リリネルは咀嚼していた料理を嚥下し、命令するように告げる。


 「妾も連れていくがよい」


 「い、いいのか?」


 「役に立つかは知らんがな」


 そうしてリリネルはまた食事を再開する。隣でハートが「決まりね」と言って微笑む。


 「じゃあ、明日いつもの時間にギルドの前ね。遅刻するんじゃないわよ」


 そう言い残してハートは店を出ていく。その後ろ姿を見送ってから、俺は大きなため息を吐く。リリネルの頭にフードを被らせてから、半眼を向ける。


 「もう少しうまいこと、人と喋れないもんか……?」


 「訊かれたことに答えただけと思ったが?」


 「……はあ」


 どちらにせよ、俺がいつまでも面倒を見れるわけではない。どこかしらでリリネルの生きる術、働き口を探してやらねばならなかったわけだが。



 ーーまあ、目に見えないところで変なことをされるよりもマシか。



 俺は自分に言い聞かせるようにして、再びリリエルの食事風景を眺めた。


 


ありがとうございました。

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