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夜の酒場

よろしくお願い致します。

 その日の夜、町の外れにある酒場で酒を煽った。


 習慣である鍛錬を終えたあと、翌日の仕事に備えて早めに就寝しようかと思ったのだが、どうにも寝つきが悪かったのだ。


 クエストでの失敗が、未だに脳内をぐるぐると巡っていた。



 ーーそれなりに賑わう店内で、空いているカウンター席に俺は座った。



 そのとき、隣の冒険者二人組が興味深いことを話した。


 「魔王が引退したって話、聞いたか?」


 「ええ?」


 「王都の確かな筋からの情報だぜ? なんでも魔王はもうかなりの歳だって話だ」


 俺は興味深い内容なだけに、エールを煽りながらも彼らの話に意識を向ける。


 「じゃあ、新しい職を探さねえとな。冒険者家業は終わりってことだろう?」


 「腐るほど魔物がいるじゃねえか。っていやいや違う、そういう話じゃねえんだ」


 一人は酒のつまみの春豆をプチンと噛み千切って、「なんでもよお」と続けた。


 「自分の娘に後を託す腹なんだと」


 「魔王にも娘がいるのかい。そりゃあ、随分かわいい話だねぇ」



 ーー魔王、アース・サタンファクトリア。



 世界樹よりも太い腕と、月にも届く身丈を要し、海よりも深い絶望に世界を染め上げたと言われる、魔族一の猛者。


 その姿形を見たことのある冒険者は極僅かなために、噂に尾ヒレがついている感は否めないものの。


 その身一つで魔族をまとめ上げ、世界の半分を手中に収めたことは、まごうことなき事実である。


 俺はそんな話を聞きながら、魔王にも寿命なんてのがあるんだなぁと、妙な親近感を抱いたりなんかしていた。


 と。


 一人飲みの肴に彼らの話に耳を傾けていたのだが、不意に馴れ馴れしく肩に手が回された。見れば浅黒い肌をした巨漢が、卑しい笑みをこちらに浮かべている。


 「奇遇じゃねえか、お荷物君」


 男の顔には見覚えがあった。近くの席で汚い笑い声をあげているのが、こいつのパーティーメンバーだということまで、俺は知っている。


 隣に座っていた中年冒険者たちは、こいつの顔を見るなり逃げるように席を立ってしまう。


 「何の用だ、グズリー」


 「おいおい、そんなに睨むなよ。俺たち、同じAランクパーティー冒険者じゃねえか」


 グズリーはAランクパーティー『殺戮の嵐』のパーティーリーダーである。


 ここザンリーフの町の冒険者ギルドの中で、俺たちと並ぶ唯一のAランクパーティーだ。


 魔物の討伐において残虐な戦闘を繰り返すことで有名で、素行も最悪である。ギルドでの評判も良くはないが、その実力だけは認めざるを得ない。


 俺は回された手を払って、酒を飲み切る。



 --嫌な奴と会っちまった……。



 俺は勘定をカウンターに置いて立ち上がるが、グズリーはしつこく絡んでくる。


 「互いを高め合うライバル同士じゃないか。どうだ一緒に」


 「悪いがそんな気分じゃない」


 「なんだ、クエストが失敗続きだからって、そんなに落ち込むことはないんだぜ? お前がザコなのは、俺たちもよく知ってからよぉ」


 酒気を帯びた品のない笑いが続いた。俺は気に留めず出口へ歩く。


 無視されていることが癪なのか、グズリーの稚拙な誹謗中傷は留まることを知らない。


 「お前は気にする必要ないんだぜ? お前みたいなザコをパーティーに置く見る目の無い馬鹿どもが、ぜんぶぜんぶいけないんだからよぉ」


 その言葉にはさすがに立ち止まらざるを得なかった。


 グズリーは心底嬉しそうに「おっ、おっ?」と俺の顔を覗き込んでくる。


 「仲間が馬鹿にされるのは見過ごせねえってか。お荷物君のくせに格好いいなぁおい」


 「何個か間違ってるから教えてやるけどな?」


 俺はグズリーへ向き直り告げる。


 「俺はザコじゃない、うんこだ。うんこ以下の存在だ」


 「ひ、ひゃはははははははっっっ、おお、おお、よくわかってんじゃねえか、そうだよ、弁えろよ、うんこくん」


 「そうだよ、俺の仲間たちはうんこ抱えながら、それでもAランクパーティーなんだ。だけどお前らどうだよ、好きなやつ集めて、好き勝手やって、それでも万年Aランク止まり。まだまだ実力足らないから魔界には出ちゃダメでちゅよーって、ギルドにお世話されてるうちに、もういい歳こいたおっさんじゃねえか」


 俺は万感の怒りを込めて「お前らみたいなのをザコって言うんだよ」と笑いかける。瞬間、視界が一気に飛んで、俺は酒場の壁に激突する。


 激しい痛みは後からやってきて、込み上げてきた息を吐くと、血の泡が口から漏れ出た。


 青筋を浮かべたグズリーが表面だけの笑顔を浮かべて、歩み寄ってくる。震える酒場の店主が視界の端に映った。申し訳ねえ……。


 「良いこと教えてやるよ」


 グズリーはしゃがみこんで俺の髪を乱雑につかむ。


 「おまえのとこのリーダー、ギルドのメンバー募集の掲示板に、ここのところご執心らしいぞ?」


 俺はそのとき初めてグズリーの言葉に動揺を覚えた。しかし癪だから表情には出さない。


 下品な笑みを浮かべたグズリーは「さすがにウンコはいらねえのかもな」と吐き捨てて、俺の頭を乱雑に放った。


 そうして仲間の元へと歩き去っていく。



            ★

 


 俺は酒場から出て、夜道を歩いた。


 外には雪がチラついていた。しかし街路樹の隙間からは青々とした草が茂り、名前も知らない小さな花を咲かせている。


 なんなんだろうな、この現象。


 グズリーからの一撃のダメージが身体をふらつかせる中で、ヤツの溢した最後の言葉が心まで虐めてくる。シルクがメンバー募集の掲示を見ているという。


 それはつまり、新たなパーティーメンバーを探しているということである。


 パーティーの定員が五人とする規定があることを考えれば、俺の代わりになるメンバーを探しているということで間違いがない。


 シルクは、俺たちのリーダーだ。頭も切れるし、実力もピカイチ。俺を除けば、素晴らしい仲間にも恵まれた。


 これからどんどんと実力をつけて、強いモンスターや魔族を倒し、人類にその名を轟かすべき人間。


 俺さえいなければ、アイツはもうSランクパーティーのリーダーだったんだ。オーガの一匹さえ倒せない、俺さえ仲間にしなければ。



 ーー『なあカナデ。僕たちが魔王を倒し、世界に平和をもたらすんだ』



 遠い記憶が一瞬脳裏を過って、冬の寒さが目に染みるようになる。俺は胸を突く痛みを誤魔化すように「ああっ!」と声を上げた。



 --俺が全部いけないだけなのに、なんでこんなにモヤモヤするんだよっ、馬鹿が。



 そうして払拭し切れぬ感傷を抱えながら道を歩く最中、不意に甘い春の香りが鼻腔をくすぐった。


 夜更けの、雪の降る町中である。


 雪の冷たさに隠れてしまいそうな微かな香りだった。香りを辿ると、建物と建物のあいだの路地裏へ続いていく。


 深淵を覗かせる路地裏の奥底は、春の暖かな香りとは無縁の風情を放っていた。


 しかし、固いコンクリートの隙間からは、小さな花が顔を出している。それはまるで足跡のように、深淵の向こうへと続いていた。


 花々を辿った先、俺は一つの光景を目にして息を飲んだ。



 ーー路地裏の最奥には一人の少女が倒れ込んでいた。



 この香りの終着点はその少女のようだった。


 なぜならスポットライトのような月明かりに照らされた彼女の周囲、固いレンガに覆われた地面からいまなおゆっくりと。


 美しく妖艶な花々が根を張り茎を伸ばし花を開かせる、その最中だったのだ。


 花は、彼女を中心に咲いている。


 「おい?」


 呼びかけるがピクリとも反応を示さない。よくよく見ればこの雪の中、黒いキャミソール型のワンピースを一枚羽織っているだけだった。


 年齢はよくわからない。幼い顔立ちをしてはいたが、どことなく大人びた印象も併せ持っている。金色の長髪はきめ細かく、身体と地面に張り付くようになっている。


 不躾な行為とは知りながら、俺は少女の肩を抱き上げる。ひとまず体温の温かいことに安心して、薄い胸が上下していることに安堵を深める。


 「おい、起きろ」


 俺が頬を軽くたたくと、瞼がぴくッと動いて、「んん」と唸るように声を上げる。


 「ふぅ、む……?」


 「おい、お前こんなところで寝たらーー」


 「怪我を、しているか……」


 少女は寝ぼけた様子でこちらをぼんやりと見つめ、細く真っ白な手を俺の頬へ伸ばした。


 すると、不意に暖かな温もりが頬を包んで、身体全身に多幸感が巡る。少女の瞳は綺麗な赤色で、透き通るように白い肌の中で美しいコントラストを見せた。


 よくよく顔付を窺うと、現実離れした造形美である。


 彼女の端正な容姿に女性としての艶めかしさを見なかったのは、歳のころが幼かったためのことではない。


 まるで深海から取り上げられた、古の彫刻品でも眺めているような感覚だったのだ。


 「はら、へった……」


 やがて少女はそう言い残し、魔力源の尽きたからくり人形のように、ぽとりと意識を手放した。寝息を立てている。


 次いで腹の虫が凶悪に鳴いた。相当腹が減っているらしい。


 見知らぬ少女ではあるが、見捨てるわけにもいかまい。とにかくいったん家まで運ぼうと少女を担ぎ上げたとき、自分の体に生じた変化を知った。



 ーーグズリーに殴られた際にできた口の中の切り傷が、完治している。



 それだけではなく、壁に激突した際の打撲やら打ち身の類、肺の中を血がごろごろと転がる感覚まで、綺麗さっぱり無くなっている。


 思い当たる節は、少女の手が頬に触れた際に感じた暖かな感覚。


 これほど短時間で、これほどのクオリティを誇る回復魔法は、俺の知る限りでは存在しない。であるならばこれはーー。


 「ユニークスキルか……」


 俺は抱えた少女の、精霊のような寝顔をじっと見つめた。




ありがとうございました。

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