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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話『熱醒まし』下編
997/1102

10・前

まとめきれませんでした…………!



 星狩りから数千年。

 輝ける伝説は、神話へと昇華された。

 手の届かない神の逸話として遠くなり、人々の生活はより豊かに成長する。太古から存在する者にも、その時代の変遷は劇的に見えていた。

 当然、それは戦力的にも変化がある。

 もはや人類の主武器も剣ではなく、別の兵器へと発展していた。

 あれほど恐ろしかった魔獣も些末なこと。

 数人がかりでの退治。

 それも武器を向けるだけで為し遂せる。

 三大魔獣やその他の特例を除けば、多少は危険だが問題はない。

 そうなると。

 再び人の敵意が互いに向き合い始める。

 台頭し始めた新たな脅威――魔竜王がいなければ、再び過去の人類同士の戦争に突入していただろう。

 そして、各地に点在する魔竜王の勢力。

 これと日々にらみ合いをしている。

 それでも。

 魔竜王は百年周期で地上の人類を襲う。

 その強さはただの自然災害なのだ。

 だから、被害を最小限にする努力はしても倒そうとは考えない。対抗策たる女神の使徒――『勇者』も半ば投げ槍のようになっている。

 結果。

 人類は互いにしか関心が無い。

 魔竜王は恐怖の象徴であって敵ではない。

 だから、本質的に敵は人なのだ。

「剣呑な時代ですよね」

「いつ戦争が始まるのやら」

 険しい山の中を貫く車道。

 馬による牽引を必要とせず、魔素を燃料に自動で稼働する鉄の塊――『魔導車』は、獣より速い推進力で黒く舗装された道を駆けた。

 標識には三つの目的地が記されている。

 車体はぐんぐん風を切って進んだ。

 乗車するのは四名。

 今代の『勇者パーティー』である。

 魔竜王の軍、その末端の末端とまで呼ばれる下部組織との交戦を終えた後とあり、全員が疲弊していた。

 地図を眺める目は疲労を湛えている。

「どこにいく?」

「途中に休憩所があるが」

「そこで休憩しよう」

 国と国を繋ぐ街道の中継地点。

 そこには簡易的な集合施設があった。

 食事の他にも物資の補給も、すべてが便利な時代であると痛感させられる。

 魔導車はそちらへと道を逸れる。

 休憩地点となるそこは、山の一部を切り開いて作られていた。

 辺境だが人は多く、栄えている。

 最初に『勇者』である金髪の少年――アレクサンダーが下車した。

 街を見回して頷く。

「ここで一先ず食事にしよう」

「よし。酒だ、酒」

「飲みすぎないでくれよ。

 皆好きに行動してくれ、夕刻に魔導車に集合だ」

 仲間の大男を諌めて、アレクサンダーは笑う。

 街へと仲間と共に出ていく。

 それぞれが気の赴く方へと動いた。

 もっとも。

 アレクサンダーの美貌に気を惹かれて視線が募る。本人は注目を浴びて、やや緊張に頬が紅潮していた。

 これはいつものこと。

 慣れるべきだと自己暗示する。

 旅に出てたしかに二年は経つが、やはり視線が多いと落ち着かない。

 それが最近の悩みの種でもある。

 人の少ない路地裏へと回った。

「薬屋へ急ごう」

 必需品の補充のために足を急がせる。

 魔法薬は治癒や解毒に欠かせない。

 魔竜王軍が使う攻撃手段には、ときに魔法では対抗できないときがある。そのため、道具や武器を重要視していた。

 勇者の武器は銃剣。

 剣身に小さな口径の銃が付属している。

 魔鋼を用いた製品で、現代における武器としては最高品質である。

 魔法も達者だが、それでも油断はしない。

 魔竜王は幾多の勇者を葬ってきた強敵だ。

 旅の果てに、戦わなくてはならない。

 それは、幼い頃から背負った『勇者』の宿命である。

「…………」

 アレクサンダーは左手の甲を見る。

 そこに刻まれた紋章が勇者の証。

 これがある限り、彼は勇者なのだ。

「――あ」

 手から視線を上げて。

 ふと道の途中に呉服屋を見つけた。

 ガラス窓の向こう側にはドレスや、流行物の服を人形に着せている。

 人通りの少ない路地裏での戦略かもしれないが、窓越しにも店内は客が少なそうだった。

 アレクサンダーはじっ、と見つめる。

 服は、特に必要ない。

 …………でも。

「ちょ、ちょっとだけ」

 アレクサンダーは周囲を見回して人目が無いのを確認して店の扉を潜る。

 入店した彼を迎えたのは老婆だった。

 煙管から紫煙を吹いている。

 店内は並べられた人形たちに比べて質素だ。

 やや険のある鋭い目つきの老婆は、アレクサンダーを見留めて嘆息する。

「いらっしゃい」

「あ、はい」

「男物は少ないけど好きにしな、試着室はそっちにあるから」

「あ、ありがとう」

 アレクサンダーは店内を歩き回る。

 丁寧に畳まれた服を一着ずつ検分していく。

 ある程度を腕に抱えて試着室へ向かった。

 駆け足で入れば仕切りのカーテンを閉めて、いそいそと武装を解除し、服を脱いでいく。

 中に設置された姿見を見やる。

「はあ」

 静かに吐息を漏らす。

 そこには小さな傷跡がいくつも刻まれた――少女の体があった。

「いつまで騙せるかな」

 服を着ながら呟く。

 仲間には知らせていない。

 男装し、勇者として活動しているのは親の言いつけだった。

 勇者は基本的に魔竜王の討伐に動く。

 だが、それは男性の場合。

 女性のときは、必ず王族との間に強力な血筋を残すための相手として結婚を迫られる。

 だから自身を男性と偽っていた。

 娘に自由を。

 親の心遣いには感謝している――が。

「街の女の子が羨ましいや」

 服一式を着て、鏡で姿を検める。

 うん、悪くない!

 このまま少し歩いてみたい、街を散策して少ししたら試着室をまた借りて兵装に戻り、仲間と合流すればいい。

 アレクサンドラは秘密の散歩を画策し、嬉しさに顔を綻ばせる。

 購入する意思は固まった。

 仕切りのカーテンを開けて店主を探す。

 老婆は変わらず受付にいた。

 だが、その前に誰かが立っている。

「五年ぶりだね」

「いつものを頼む」

「数年周期で現れるヤツは常連じゃないんだから、『いつも』で通じるワケないだろ」

「では外套と厚手の手袋を」

「はいよ」

「あ、待っ…………て」

 老婆が受付の奥へと消えていく。

 アレクサンドラは声をかけようとして、すぐ出ていってしまった老婆に声を萎ませる。

 すると。

「――人がいたのか」

「…………!」

「気配を隠していたのか」

 男が声を聞き咎めて振り返る。

 襤褸の外套と、灰色の長い髪を後ろへと撫でつけた厳しい面構え。

 振り返る際の仕草は、どこか獲物を狙う獣のしなやかさを感じさせる。

 その長身から放たれる眼光は鋭い。

「ご、ごめんなさい」

「…………」

「あの?」

「すぐに出ていく。気にせず買い物を続けろ」

 ぶっきらぼうに男は告げる。

 金の隻眼には、縦に伸びた鋭い瞳孔がある。

 異様な迫力に思わず後ろに足が引く。

 男と視線が合った途端に体が震えた。

 アレクサンドラは、この旅で戦闘経験を積んだことにより、一目で相手の実力を漠然と理解できるようになっていた。

 ――この人、強い!

 初めて見る、自身より強い相手だった。

 女神の恩寵を享けた自分の能力が高いことは自覚している。

 それ故に。

 どんな兵器も、人よりも優れていた。

 だが、あの男は人の理解の埒外になる神秘を湛えたような空気感で、我知らず息を呑んでしまう。

 男は静かに老婆を待っている。

 アレクサンドラも老婆に用はあるが、すぐに出ていくという彼の言葉を信じ、またしばらく店内を歩き回ることにした。

 二人の沈黙が作る静寂。

 時折、ちらと男を盗み見た。

 長身の背中は広く、鍛えられているのが分かる。

 視界の死角側に回っても隙が無い。

 手を出せば、返り討ちに遭う。

 そんな予感に、ますます緊張して沈黙が重たく感じて――。

「お、かわいい子いるじゃん」

「今日はツイてんな!」

「…………」

「え?」

 扉を開く音が異様に大きく響く。

 青年二人組の騒々しい入店だった。

 彼らは店内を見回すや、アレクサンドラを発見してその傍へずかずかと歩み寄る。

 素早く両脇を固めるように立つ彼らに困惑した。

「ねえ、君ひとり?」

「良ければ俺らと遊ばない?」

「え?お、お気持ちは嬉しいのですが、遠慮しておきます」

「そう言わずに」

「ちょうど服屋だし、俺らがもっと可愛い服見繕ってやるって」

「いや、でも」

 二人の勢いに気圧されて体を引く。

 普段は男装な彼女は未経験ゆえに、これがまだ勧誘とは気付いていなかった。

 距離をさらに詰める青年たちにただ当惑するしかない。

 その目は、自分の知らない感情を宿していて――ぞっと背筋が凍る。

 不快感と恐怖で体が強張る。

「どっかの良家のお嬢さんかな?」

「な、俺らと楽しいことしねえ?」

「あの、その」

「お、それならこの近くにいい飯屋知ってるからさ」

「あの、これを買ったら出ていくので」

「良いじゃん、ちょっとくらい」

「でも――」

 ますます勢いを増す二人組。

 アレクサンドラが困り果てていると、老婆が受付に戻ってきた。

「これでいいかい?」

「ああ、助かる」

 迫力に反した礼儀正しさ。

 軽く顎を引く厳かな挙措で謝意を示した男は、商品を受け取ると金銭を支払う。

 それを受け取った老婆は、ふと男の背後の出来事に視線を留めて顔をしかめた。

「ちょい、アレは?」

「さあな」

「ったく、暇な連中だね」

「…………」

 男は肩越しに後ろを見た。

 それから呆れるように瞑目して、店の戸口へと歩く。

「ささ、行こうぜ」

「いや、まだ支払いが」

「俺が払っとくから、おまえ先に行っとけ」

「あいよ。じゃあ、お嬢ちゃん」

「あの、いい加減に」

「――うるせえ、黙って来いよ。痛い目見たくなかったら」

 青年の一人が脅すように囁いた。

 細い腕をつかむ手に力がこもる。

 アレクサンドラは小さく悲鳴を飲む。

 普段なら、こんな相手も一蹴できるのに。今はどうしてか、足が竦んでいた。

 青年に手を引かれて戸口へ向かう。

 すると。

「耳障りだ貴様ら。大概にしろ」

 店内に強く通る一声。

 店内を強い緊張感が支配していく。

 冷たい空気が喉を絞め上げ、沈黙が肩に重くのしかかった。

 青年は後ろを振り返る。

 男が背後から二人を見下ろしていた。

「は、はあ?」

「何だよ、おっさん」

「断られたなら潔く引け。人が少ないからと醜態を晒すな、見苦しい」

「ッ、はあ!?」

 男の憚らない言い方に二人が憤る。

「何だよ、おっさん…………アンタもこの子狙いか?」

「身内でもないなら、口出すな」

「その娘はまだ支払いを済ませていないからな」

「それは俺らが払うって――」

「貴様らは金を払うつもりもないのに、か」

 男の一言にびくり、ともう一人の青年が反応する。

 アレクサンドラ用の代金を支払うと言った片割れは、まだ受付にすら近付いていなかった。

「こ、これからだって」

「見苦しい上に、さらに嘘で上塗りするとはな」

「ッ、うっせえよ!」

「図星か」

「何だよさっきから、いい加減にしねえと――」

 青年が拳を振り上げる。

 自身より高い位置にある男の頬へと拳骨を命中させた。

 鈍い音がする。

 確かな手応えに青年は笑みをこぼす。

 だが。

「……………」

「は?」

 男は平然と拳を受け止めていた。

 わずかに頬の肉に食い込んだだけ。

 正面を向いた顔は微動だにしておらず、男を睨め下ろす。

 青年は目を見開いて拳の先を凝視した。

 手から目に見えて血の気が引いていく。

 手首から先に力が入らなくなった異常に、腕を引いて自身の手を抱く。

「ひっ、な、何だこれ!?」

「おい、どうした!」

「わ、わかんねえよ!」

 混乱する青年に。

 男は間髪入れずその頭を鷲掴みにする。

 ゆっくりと自身と同じ目線の高さになるまで軽々と持ち上げた。

 正面から向き合う。

「娘から手を離せ」

「ひっ」

「俺の前から早く消えろ」

 男の威圧に、捕われた青年だけでなく背後の片割れすら震え上がる。

 怯懦一色の表情になった青年は、解放されるなり慌てて店を出た。残る一人も、追うように飛び出ていく。

 残されたアレクサンドラは唖然とする。

「え、と」

「店主、また来る」

「次は私じゃなくて孫がやってるだろうよ」

「そうか」

 男は店主に挨拶をして退店する。

 アレクサンドラはその背中を見送ってから、受付へと近寄る。

「あの、人は?」

「私の祖先と懇意にしていた男だ」

「え、祖先…………?」

「老いず、ただ何年かに一度はここに来る」

「どうして」

「何でも、祖先の師だったとか。昔は剣を使う騎士職の家でね、今は落ちぶれてこの通りだが当時はあの男のお陰で腕が立つ騎士だったらしい」

「…………」

「それで、支払いは?」

「あっ、はい!」

 アレクサンドラは慌てて代金を支払う。

 店主は勘定をする間、なぜか微笑んでいた。

「あの?」

「アイツはやめときな。心に決めた女がいるとかで、振り向きもしないよ」

「え、何でそんなこと」

「アンタが女の顔してたから」

「え、ええ!?」

 アレクサンドラは慌てて顔を手で覆う。

 たしかに、触れた頬は熱くなっていた。

 だが、恋心などは分からないでも感謝を伝えられなかったことを後悔している自分に気付いて、老婆に問う。

「か、彼の名前は何て言うんですか?」

「あー、うーん」

 老婆が口ごもる。

「他言無用で頼むよ?」

「はい」

「――アヴカエルド」

「え、アヴカ…………あの魔人の?」

「そうよ」

「捕獲に出た国を壊滅させたりしたっていう、数千年生きた怪物の?」

「信じられないけどね」

 老婆の肯定が重ねられるほど目眩がする。

 アレクサンドラは男の去った後の戸口を見た。

 アヴカエルド。

 これまで魔人は何人も発見されているが、太古から存在している個体として知られる。魔人も人口を増して人類として区分されるようになり、魔人が人里で暮らすようになった後も、俗世を離れているという噂がある。

 現代の――。

「あれが、人類最強」




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