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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話『熱醒まし』中編
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 鍛錬で疲労し、チゼルは倒れた。

 起き上がる気配は無い。

 既に日は没して辺りは暗かった。

 足で突くアヴカエルドの後頭部に容赦なく手刀を落としてから、セインは逆に痛む手を擦りつつチゼルを背負った。

 華奢な見た目以上に軽い重量。

 セインは肩の上に乗るチゼルの顔を見た。

「寝ちゃったから」

「今日はこれまでか」

「なら剣をしまいなさい」

 アヴカエルドが惜しむように鉈を引いた。

 その様子にセインは苦笑する。

「不満そう」

「む」

「それだけ手応えがあった?」

「…………」

 肯定とも否定ともつかない。

 そんな沈黙にアヴカエルド自身も驚いていた。

 たしかに。

 チゼルが倒れれば続行は望めない。

 それを残念に思う感情があったのかと自問すれば、以前と比べてきっぱりと無いと断言できないようになっている。

 まだ二日目だ。

 手応えと思える強さは無い。

「…………」

「案外、誰かに師事される立場を気に入ってるのかもね」

「俺が?」

 セインは曖昧な視線だけを返す。

 チゼルを背負ったまま帰途を辿り始めた。

 無言で後に続くアヴカエルド。

 セインは剣爵に身柄の安全を保証されているが、聖バリノー教の暗部やレギュームの研究機関一部はそれらを無視して隙を狙っている。

 魔獣に堕ちた汚物として排除。

 片や身に秘めた神秘の解明。

 どちらも本人の意志など省みない。

 だからこその剣爵の専属侍女だ。

 その立場には二つの含意がある。

 一つは、剣爵家の起源からいる彼女は当主の補佐をするのに欠かせない人材であること。

 そして、もう一つは――魔人としての彼女を守るために当主という強い『護衛』が必要であることだ。

 剣爵がいない以上。

 アヴカエルドが護衛する他ない。

「…………」

 セインの背中を見つめる。

 チゼルは体格からしても軽い。

 だが、同じように線が細く非力なセインからすれば、背負いながら帰るのは苦労すると思われた。

 アヴカエルドが嘆息する。

「おい」

「ん?」

「貸せ、俺が背負う」

「ダメ」

「なぜ」

「この娘、信頼した相手じゃないと触れた瞬間に手が出そうになるの」

「…………」

「アヴカエルドが治癒の為に触れるたび、殺気を感じてたでしょう?」

 アヴカエルドは素直に肯いた。

 単純な接触でもチゼルは嫌う。

 たとえ治癒という必要な作業でも、アヴカエルドに対して殺意を隠さない。

 ただ実力で敵わず、返り討ちに遭うと理解しているから自制しているだけなのだ。

「人間不信か」

「最初は剣爵当主も可哀想だったよ」

「ほう」

「肩を叩く程度だったり、契約上の握手とかを除いたら人に触られること自体を嫌がるから」

「…………」

「チゼルが普段から警戒してるから、不意に触れられて相手を傷つけるなんてことは滅多にないけど」

「…………そうか」

「でも私は大丈夫らしいです」

 セインは強い信頼を置かれている。

 初対面からチゼルは懐いていた。

 まるで前世の家族だったかのように、根拠も無いがセインが触れても問題ないどころか、しばらく剣爵屋敷ではセイン以外の長時間の対話が困難なほど反応が顕著だった。

 今では。

 その拒絶反応も和らぎつつある。

「まだ消えたわけではないけど」

「……………」

「アヴカエルド?」

「先に行け」

 アヴカエルドは後ろへと翻身する。

 大鉈を抜いて構えた。

 セインはその様子だけで察する。

「まさか」

「聖バリノー教の連中だな。レギュームの研究機関はあの爺が誤魔化しているから奴ら以外にあり得ん」

「…………」

 アヴカエルドが視線で先へ促す。

 セインは嘆息した。

「今度、ベル爺さまに言っておくわ」

「そこまで面倒を見るか、あの爺は?」

「そのときは張り倒します」

「…………」

「じゃあ、また明日」

「ああ」

 セインが小走りで先を急ぐ。

 アヴカエルドは大鉈を手に接近する気配の到着を待つ。

 会話中、遠くから観察する魔力反応があった。

 静観するかと思われたが。

「これも魔人の性か」

 九百年間で思い知った立場。

 己に安寧など何一つないのだ。

 剣聖に破門されたときから、世界がアヴカエルドの敵となっている。

『せいぜい達者でな』

 剣聖との終の別れが脳裏に蘇る。

 やがて闇の中に輪郭がはっきりと見えるほど接近した影たちが躍る。

 世界が敵。

 ふと敵前でアヴカエルドは呑気に思考した。

「ああ、あの小娘と同じか」

 自嘲的な笑みを浮かべながら、自身へと向けられた殺意に対して大鉈を振るった。






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