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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話『熱醒まし』中編
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 翌日も稽古は続いた。

 チゼルはアヴカエルドと剣を交える。

 昨日と変わらない気迫と剣圧。

 木剣ではなく、真剣で行われるのは常に命の危機感に晒されることで、己の剣に集中できるという目的があってのこと。

 実際にそれは間違っていなかった。

 アヴカエルドは遥かに格上。

 チゼルは剣撃を受け流すので精一杯である。

 ただ、昨日の決闘と何かが違う。

 決定的な何かが――。

「甘い」

 ごん、と。

 鈍い音を立てて剣が弾かれる。

 チゼルは愛剣ごと後ろの地面を転がった。

「ぐッ――」

「すぐ立て」

 立つよう促しながら。

 アヴカエルドは立ち上がる隙を与えない。

 一瞬の迷いも無く大鉈が落ちる。

 跳ね起きたチゼルの過去位置に、鈍い刃が深く刻み込まれた。

 剣聖の墓碑の前でもそうだった。

 動きにまったく付いていけない。

 速い上に無駄が一切無い。

 その上、チゼルの行動の先読みを行ってそこへ軽々と大鉈を運ぶ手練も、大陸最強という異名が伊達ではないことが嫌というほどに伝わる。

 防戦一方。

 このままでは埒が明かない。

 身構えんとするチゼルの脇腹を回し蹴りが打つ。

 またチゼルは地面を転がった。

 アヴカエルドが跳躍して鉈を振り上げる。

 大上段からの一撃。

 チゼルは立ち上がりつつ横薙ぎに愛剣を振るう。アヴカエルドの脇を潜り抜けながら、胴だけを撫で斬りにしようとした。

 だが。

「引っかかった」

「ッ!?」

 愛剣を駆るチゼルの腕。

 その手元を相手の足が阻んでいた。

 振り切ることができず、逆にアヴカエルドの大鉈だけが空気を裂いて迫る。

 頭から唐竹割りにする一撃。

 チゼルは顔を横に逸らして避けた。

 ただ、それだけでは回避にならない。

 大鉈が肩に直撃する。

 そのまま。

 右腕が切断されて――。

「いだっ!」

 ごんと鈍重な音。

 チゼルの鎖骨が砕ける。

 激痛とともに右腕から力が脱けた。

 大鉈はいつの間にか峰側に変わっており、切断ではなく打撃となっている。予め攻撃前に変えていたのだろう。

 振り上げて、剣身は背中に隠れていた。

 そのときに変えられたのだ。

 それ即ち――すでにこの一撃で勝負が決まる確信があったということである。

「いッ…………!」

「まだまだか」

 事も無げにアヴカエルドが呟く。

 労る様子は一切無い。

 痛みで動けない彼女を睥睨している。

 ――と。

「アヴカエルド」

「む」

 外野からの冷たい声。

 ただアヴカエルドの顔が微かに強張る。

 そっとチゼルの肩に彼は触れた。

 傷口から痛みが熱と共に引いていく。

 治癒した鎖骨に違和感は無く、肩を回しても痛まなかった。

 ちら、とチゼルも声の方を見た。

「そろそろ休憩する?」

「うん」

 藁籠を抱えて。

 セインが手を振っていた。

 チゼルは頷いてそちらへと駆ける。やや遅れて続いたアヴカエルドは、その足取りが重い。

 籠から水筒が取り出される。

 チゼルは受け取って喉の渇きを潤した。

 そして。

「アヴカエルド」

「何だ」

「昨日はチゼルを怪我させて放置したそうね。明日の訓練に響くのを考えてないでしょう」

「…………傷は、教訓となる」

「タガネさん、そんな感じだった?」

「………以後、気をつける」

「弟子は適度に労ること」

「ああ」

「あと、一通り見た限りだと休憩とか全く取ってないでしょ。ちゃんと少し間隔を空けなさい」

「セインに言われる筋合は」

「私は何人もの修行時代を見た経験則から言ってます」

「…………善処する」

 始終、圧倒されていた。

 チゼルはそれを傍らで見守る。

 アヴカエルドは目を逸らしている。

 まるで密かな悪事を暴かれた子供が親の叱責に堪えているような姿は、お互いの関係性を顕著にしているように見えた。

 セインがチゼルへと振り返る。

「チゼルも少しは抗議しなさい」

「え?」

「この唐変木に相手の気持ちを察するなんてこと無理なんだから、ちゃんと伝えなきゃ」

「…………!?」

 後ろでアヴカエルドが瞠目する。

 チゼルすら唖然とした。

 やはり、いつになく辛辣である。

 その嫋やかさから、セインは魔人といえど外交関連で彼女を望む者たちがいるほどには人気があった。

 ただ、誰もこんな一面は知らない。

 おそらく、剣爵でさえも。

「それにしても」

「…………」

「アヴカエルド、また強くなりましたね」

「…………分かるのか」

「今なら、もう少しタガネ様相手に善戦できたかも」

「む、そうか」

 アヴカエルドがぴくりと反応した。

 予想外の称賛に驚いている。

「まあ、師匠としては」

「…………善処する」

「私も見守ってるから」

「仕事はどうした」

「暇を貰ったの。二人が心配で仕事に手がつかなくなりそうだから」

「…………すまん」

 セインは穏やかに笑う。

 昨日と決定的に異なる修行。

 殺し合いと稽古が皮一枚で隣接するような空気感で行われていた。右腕を折られたのも、その影響である。

 ただ。

 今日はその空気が全く無い。

 何故ならセインがいるからだ。

 彼女がアヴカエルドの抑止力となっている。

 セインの説教に怯えている様子もあり、チゼルの与り知らぬところで二人の立ち位置を決定付ける強烈な出来事があったのだろう。

 それも。

 セインが圧倒的な形で決したのだ。

「アヴカエルド」

「何だ」

「セイン、怖いのかい」

「…………怖くはない」

「へえ」

「ただセインの説教を聞いていると、気分が…………」

 アヴカエルドはその先を言わない。

 ただ紛れもなく。

 それは母か姉に叱られた子供のそれである。

 セインがいるなら、地獄のような鍛錬が少し緩和されるだろう。

 チゼルはそっと、彼に気付かれないよう胸をなで下ろした。





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