小話「兵の器」⑿
二月前である。
タガネは大陸中央部まで足を運んでいた。
マダリにとっては故国であり、タガネには縁深い土地でもある。再興したあの王国にいる人物を訪ねに来たのだ。
王都の検問を通過して二人は中へ入る。
再建後も変わらない設計の門。
以前と所々異なるとはいえ、その活気はタガネが知るかつての姿を思わせた。
あの厄災から約二十年。
ここまで劇的な復興を遂げた国は類を見ない。
町並みを見て。
隣ではマダリが感嘆していた。
「おいらも久しぶりだけどさ」
「うん?」
「まだ復興が終わらないところもあんのに、凄いよな」
「まあ、指導者が優秀だったからな」
「ええ?」
復興が早かったのには理由がある。
一つ、剣聖が懇意にしていたこと。
これにより、剣聖に恩義があった帝国兵などの支持もあって隣の帝国も協力し、他国も同様の理由で復興を手伝った。
二つ目が、剣聖姫の故国。
これが最も大きく、国や家族を失いながらも世界の為に戦った彼女に心を打たれた者たちや、彼女の行動で救われた西方島嶼連合国に縁ある者までもが王国へ支援を行った。
三つ目は、国宝。
魔獣を寄せ付けない不思議な力の品物。
これもあって魔獣が寄り付かないことから復興も容易だとして、人々が集まりやすかった。
最後に。
復興完了まである魔法使いが指導者として立ったこと。
「指導者かぁ」
「そいつに会いにいく」
「気軽に会える人なの?」
「むしろ、レギュームじゃ頻繁に顔合わせしてるがね」
「…………まさか女の人か」
「ああ、そうだな。よく分かったな」
「いや、頻繁って聞いて…………何となく」
「…………?」
マダリは言葉を濁した。
まだ誰であるかは分からない。
ただ、タガネの周囲にいる女性が既婚者の彼を未だに諦めていない危険な情報は知っていたので、予測を口にしたら案の定的中していた。
その中で魔法使いとなれば、言わずもがな。
これから会うのは危険人物。
マダリは途端に帰りたくなった。
無論。
タガネはそれを察することができない。
苦笑するマダリを怪訝に見るだけだった。
「でもさ、おっさん」
「あ?」
「相手は未来視なんだぜ?何をしても先読みされるんじゃねえのかよ」
「ああ、違うな」
深刻に捉えるマダリに対して。
タガネは別段その未来視を脅威と見做していない。
前回はその能力で出し抜かれた。
本来なら何よりもの留意点である。
タガネが不注意且つ無策であることなど無い――女性関係については別――とマダリは知っているが、今のタガネは拍子抜けするほど無警戒だった。
それだけがマダリの不安である。
「何で?」
「あの未来視は『指向性』がある」
「偏り、ってこと?」
「リャクナの母親もそうだが、連中の仙術は『望んだ結果を手にできる可能性』しか見えてない」
「可能性?」
未来視とは。
文字通り先の未来を視る力である。
ただ、それは便利な物ではない。
母親がその能力を有し、タガネも滅多に行使はしないが、日輪ノ国の一件から軽度の未来視が可能になっている。
使った経験から理解した。
未来視には、見える未来に『偏り』がある。
未来。
それは少し先の時間にて、世界中の物の動きによって生じる可能性の集合が形として現れた物だ。
それぞれの思惑や、意思の有無は関係無い。
ただ、世界に存在する物同士が接触することを『摩擦』とするなら、その擦れ合うときの角度、力、時機によって現れる火花は形を変えるように未来も辿る道筋で変わる。
例えば。
ヨゾラの未来視は『確定した未来』。
視た限りの未来に反した行動を取らなければ、その後に訪れる結果が寸分も違うことがない。
自身を基点として視た未来なので、己がその半ばで死ぬか逆らうか、それとも他に未来の視える者の行動による影響で変更の余地はある。
ただ本質は一つ。
これから起こる『摩擦』の火花だけを視る。
望んだ未来を視ることはできず、ただこれから起こる必然だけを捉える。
いわば受動的な未来視だ。
対して、リャクナは異なる。
例えるのなら、『摩擦』が生じる前を視る。
物同士が擦れ合い方で未来を変えるのなら、生じる前に手を加えることで形を如何様にも変えられる。
この『摩擦』の変え方までは分からない。
ただ、変えようによっては望んだ未来に辿り着ける、という可能性が含まれる瞬間だけが視えるのだ。
「奴さんの口振りだと」
「…………」
「『俺と紫があの街に来る』未来を視たらしい。アザミ…………『紫』を手に入れる為に未来視を行使した結果で、その言い方となると――『手に入れる瞬間』までは視えてない」
「ええ、っと?」
「つまり、だ。
あることをすれば、望んだ未来に辿り着ける、って未来視じゃない。望んだ未来に辿り着くために、そこに手を加えれば望みが叶う瞬間を視る。
今回の場合は『アザミが入手できるかもしれない可能性』だ」
「あ、てことは」
そこまで言われてマダリも察した。
「先のことまでは視えてない。
望んだ未来へ繋がる分岐点が視えるってことだ。
だから、これから身に降りかかる不幸までは先読みできない」
「そんな単純な…………じゃあ」
「俺たちが襲撃しても分からんのだろう」
「でもリャクナって親の国の刺客から未来視で逃げてたって情報があるぜ?」
「それは簡単だ。
何せ『追手から逃げたい』と考えれば、『ここで動けば逃れられるかもしれない瞬間』が視えるんだからな」
「え、それじゃ失敗するだろ」
「未来視以前に、リャクナの地頭の良さだ。『可能性』さえ視えれば、後は方法を考えるだけなんだから容易だろ。
あと、奴さんは運に恵まれてるらしいしな」
「な、なるほど」
リャクナが生き残った理由。
両親から続く因縁を片付けたのはリャクナ自身の力である。
未来視は、その『補助』でしかない。
彼女の実行力と、理想を体現する執念が可能性を掴み取った。
それだけのこと。
「おいら達の襲撃は露見しない、と?」
「アザミを取られた後、俺が奪い返しに来るって可能性を危険視してなければな」
「それ、無理じゃね?」
「未来視があるリャクナだから通じる。
奴さんは未来視に依存してるからな、これまでの成功が重なった人生も手伝って、全部が思いのまま、全て都合よく進むって思考だ」
「じゃあ」
「一度倒した敵に用無し、アザミ入手後の俺は眼中に無い」
「うわぁ」
タガネがにやり、と笑みを浮かべる。
その人相の悪さにマダリは顔を顰めた。
つまり、闇討ちに等しい。
万事が己の望むままに進んだリャクナは、現状で油断しきっている。
その自負の裏を掻く作戦だ。
当然の策だし、勝つ為の手段である。
ただし意地が悪い。
必要以上にリャクナへ報復する予定を匂わせるタガネの表情は、むしろマダリが彼女に同情したくなるほどだった。
「ここで会う魔法使いに協力を仰ぐ」
「嫌な予感がするぜ」
「そら、あそこだ」
タガネが見上げた先に城が建っている。
これから会う人物。
タガネからの要請となれば、恐らく是が非でもその魔法使いは協力するが、見返りを求められた際にどうなるか…………。
「おっさん」
「うん?」
「ご愁傷さま」
「うん?」
マダリは、タガネの先の不幸を予想しつつ、城へと重い足を動かした。




