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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
934/1102

小話「兵の器」⑸



 タガネたちが脱出した王都。

 その大体が混乱の最中にある。

 潜伏していたリャクナ勢が決起し、すでに王宮は陥落寸前だった。国王や宮中にいた者たちが避難して蛻の殻となった場所に旗を立て、リャクナは勝利を喧伝する。

 北大陸最大の武力国家。

 その中枢を占拠できたのは大きな功績だった。

 だが。

 その状況を喜べない者もいる。

「困りましたね」

 王が座すべき位置。

 そこに金髪紅眼の女性が鎮座していた。

 肘掛けに頬杖を突いて顔を曇らせる。

 リャクナ勢力と呼ばれる北大陸の大きな混乱の種、その中心人物にして象徴であるリャクナその人はこの先の展開に一計を案じていた。

 本来ならば。

 王宮の占拠に際して入手すべきだった物がある。

 それをを惜しくも逃していた。

「『紫』はどうしても入手したかったのに」

 リャクナはうん、と唸る。

 兵器はたしかにここにあった。

 ただし。

 部下に行った聴取で妨害が判明している。

 銀髪銀瞳の男が新たな『紫』を奪って逃走し、王都を出て消息を晦ませた。

 腕の立つ戦士で、その場に居合わせた者の殆どが斃されている。

 間違いなく強敵。

「銀髪、銀瞳…………ね」

 リャクナはその特徴に目を細めた。

 好敵手と似ている。

 一年ほど前から大陸で活動し始めた『貴剣』アヤメと似通う。そも銀髪自体が中々に稀有なので、リャクナの聞いた話でも剣聖と彼女ほどしかいない。

 ――まさか…………。

「これも縁、かしら」

 リャクナの口元が歪な笑みを作る。

「同時に手に入れたい」

 冷たい声でリャクナが呟いた。

 その声に、そばの騎士たちが震える。

 不思議にも耳を傾けてしまう魔力すらあると錯覚するそれが、今は執着の色をかつてないほどに強く表していた。

 何としても、『紫』を手に入れる。

 騎士たちはいつものように、リャクナの為に動くべく、『紫』と妨害者についての捜索を本格化させるのだった。




 一方で。

 タガネは国境を越えていた。

 その隣で『紫』の少女は彼を見上げている。

「次の街まで半日はあるな」

「…………」

 タガネは地図を見て嘆息する。

 最寄りの街は他にもあった。

 だが、耳にした情報ではすでにリャクナの手中に陥落ちたらしく、仮にそうでなくとも噂が立つ時点で潜伏勢力の気配がしている。

 道を慎重に選ばなくてはならない。

 王都は避けられない故に大胆な戦闘にも応じたが、これは本来は隠密である。

 誰にも知られず。

 悟られずにレギュームへ向かう。

 リャクナの手が届く前に動かなくてはならない。

 タガネは少女の手を引いた。

「よし、行くか。――アザミ」

「…………」

 少女――アザミが小さくうなずく。

 先日、器としての『紫』のみしか呼称が無いことを厭わしく思ったタガネが命名した。

 兵器としての『紫』。

 人間は名を個性の一部として認識する。

 名という道具あるからこそ、他者との情報や刺激の交換がより円滑になる。特に社会という複雑な集団の中では、名は相手にとって己の窓口に等しい。

 アザミが『人間』を獲得する為には必須な物だった。

「疲れたかい」

「…………」

 アザミが首を横に振る。

 言語はある程度、教えていた。

 発音までには至っていないが、行動する上において最低限は配慮すべきこととして、『疲れた』、『痛い』、『空腹』を教えた。 

 状態である三つは、アザミがその兆候を見せた都度にそれに照合する言語であると言葉を覚えさせた。

 首肯と否認。

 これも教えるのにはタガネも苦労した。

 ただ飲み込みは早い。

 あとは、少しずつ。

 その知識を増やしていくだけである。

「分からないだろうが」

「…………」

「これから知る物が、おまえさんを取り巻く物の一部だ…………しっかり覚えていくぞ」

「…………」

 タガネの言葉がまだ分からない。

 だから、首を縦にも横にも振らない。

 それでも。

 アザミはただタガネを見つめていた。

「今日の飯は期待しとけ」

「…………」

 アザミが小さく頷く。

 どうやら、『飯』は分かるようだった。







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