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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
932/1102

小話「兵の器」⑷



 王宮を訪ねた数刻後。

 タガネは王都を脱して南部の森にいた。

 追手は無く、小川の流れる音だけがする。並んだ枯木と、薄く霧がかった森の寂莫とした空気に溶け込むかのように少女は沈黙している。

 偶然見つけた洞穴の中。

 食事の準備をしている間も無言だった。

 移動中もその相貌には一片の揺らぎも無い。

 代替後。

 この『人間』の喪失から四日の状態である。

 たしかに言葉は通じない。

 歩行と最低限の行動と動作は限定された。

 なので。

「寒いとかは無いかい?」

「…………」

「…………」

「…………」

「って、通じとらんか」

 タガネはじっと少女を観察する。

 その白い肩が微かに震えていた。

 予備の上着を荷物から引っ張り出し、そのまま無造作に羽織らせる。

 タガネは切った穀物を小鍋に落としていく。

 一つずつ欠片が落下し、煮える乳白色の池がその都度に仄かな香りを湯気とともに噴き出す。タガネは小匙を一つ入れて掬い、舌で舐める。

 しばらく黙り込んで。

「ま、これでも上等か」

「…………」

「さて、と」

 タガネは傍らに置いた魔剣を撫でる。

 すると、魔剣は少女レインへと変身した。

「ん、ごはん」

「ああ」

「レインのお椀」

「その前に、ちとやることがあってな」

「ん」

「あの娘に飯を食わせる」

 タガネは立ち上がって少女の隣へ移動する。

 少女用に拵えた椀を小さな手に握らせた。

 だが。

「…………」

「落ちた」

 少女の手には力が入らない。

 そのまま、手元をするりと抜けて落ちる。

 地面の寸前でタガネが受け止めた。

「まあ、そうか」

 そもそも『持つ』ということ。

 その行為自体も少女は学習していないのだ。

 王宮内でも世話役が身の回りを処理していたのか、おそらく自身での食事すらままなっていない。

 もしかしたら。

 呼吸すらも、最初は――。

「これだからリューデンベルクは」

 タガネは椀の中に小鍋の中身を注ぐ。

 それから。

 少女の鼻先へと椀を近づけた。

 小さな呼吸を繰り返すその鼻に、椀を満たす食材の芳香を嗅がせる。

 しばらくすると、少女の瞳が椀に動いた。

 タガネは少女の面前で椀を持つ手も見えるように、少し距離を離した。それから、少女の手を握って椀へと導く。

 何度か落としかけたが。

 繰り返すと少女は椀を手に抱えられた。

 まずは食事に関心を持たせる。

 リューデンベルクの世話となれば、人を排しているので定時刻に必要最低限の量の食事を、人の手で流し込むことだと容易に想像できた。

 つまり。

 少女の中で『食事』は作業となっている。

 それも受動的に行われるのが当然という歪んだ常識が四日で成り立っているのかもしれない。

 ならば。

 食事の臭いや味の濃い物による刺激。

 これで関心を誘うことにした。

 後の味覚的な変化に影響を及ぼしかねないが、これでは一向に食事が進まない。

 碗を手にした少女。

 その前で小匙を手にして見せる。

「ほれ、こうして食いな」

「…………」

 タガネは少女の顎を優しく開く。

 唇の隙間から、椀の中を掬った小匙を入れた。

「…………ほ」

「熱いだろ」

「…………」

 まだ煮えて直ぐだった。

 少女は舌に熱さを覚えて微かに目を見開く。

 意地悪な笑みを浮かべたタガネは、水を少量だが口に流し込ませて飲ませる。

 さすがに嚥下までは自発的に行えていた。

「こうやって冷ましな」

「…………」

 少女の前で匙に息を吹きかける。

 それから再び少女の口へと入れた。

 凍りついた表情の目元がかすかに綻んだ。

「なるほど、流動食か」

「りゅーどーしょく」

「咀嚼はまだ出来てないらしい」

「そしゃく」

「飲むような食い物、あと噛むこと」

「レインも覚えた」

「おまえさんは偉いな」

 レインも自身用の椀を受け取る。

 それから勝手に自分の分を取り分けて食事を開始した。

 その姿を少女が茫洋とした眼差しで見つめる。

 タガネはそっと、その片手に匙を握らせた。

「……………」

「……………」

「ふ、ふ、ふ」

「そう」

「あぐ」

 熱を冷ますための息吹き。

 まだ慣れず、吹く間隔も短い。

 ただ乳白色の汁を飲み込む作業を学んだようだった。

 次に、タガネは汁の中に浮かぶ具を掬って目の前で感で見せる。咀嚼によって小さくなった物を飲み込むところまで丁寧に演じた。

 少女が匙で具を口の中に運ぶ。

 再演するようにタガネへと咀嚼を見せた。

 それから、ゆっくりと嚥下する。

「あとは口閉めてやれりゃ常識だが」

「…………」

「言葉が分からねえのも不憫だな」

 タガネは旅の先を思案する。

 リャクナの追手がこれで兵器を諦めるか。

 それだけが微妙だった。

 リャクナの現在の勢力としては、たしかに兵器が必要な段階ではあるものの、その成長性を鑑みれば不要ですらある。

 この少女を狙うことへの損得勘定がリャクナの中で如何なっているのか。

 それだけが分からない。

「用心するに越したことは無いが」

「…………」

「こりゃ先が長くなりそうだな――ん?」

 ふと少女の椀が空なのに気づく。

 底をついたそれを少女はじっと見ていた。

「意外と食欲はあるんだな」

「…………」

「ほれ、寄越しな」

 タガネは片手を差し出す。

 すると、少女は椀ではなく手を出した。

「ああ、そうだったな」

 タガネは手元の椀を取り上げた。

 再び中に汁と具を入れて、少女に持たせる。

 すると黙って食事を再開した。

 たしかに、蓄積した『人間(きおく)』は抹消されている。人が生活の中で当然のように行えること自体ができない。

 ただ。

 できないのは、知らないから。

 教えれば再び記憶は蓄積する。

「旅の間にどれだけ教えられるかね」







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