小話「重い手」③
村へと入るタガネの行く手。
そこに数人の子供が昂然と立ち塞がった。
片手には武器と思しき木の枝を携え、歩み寄る来訪者へと厳しい眼差しを向ける。微塵たりとも敵意を隠さない相貌は、子供の顔からあどけなさすら消えて見えるほど険しい。
数歩の距離を置いて。
タガネは立ち止まって見下ろす。
いつもの如く睨めば容易く退散させられる。
ただ、自分は旅人の態で来ていた。
安易に村人に嫌われる行為は可能な限り避けて行動しなくては、片手間のような調査といえど作業を円滑に進行できない。
一つ咳払いをして。
「もし、その小童ども」
「…………」
「ちと今晩泊まる宿を探してんだが」
「…………」
「親切に軒を貸してくれるところを知らんか?」
「…………」
「やれやれ」
子供はタガネの言葉を黙殺する。
ただ、そこに村の心証を悪くすることへの恐れや憂いはまるで無い。
追い払う意地さえ窺える強さがあった。
「おまえさんら、俺に何か?」
「……………」
「話してくれんなら、村の連中に訊く他に無いか」
「――待てよ」
進み出そうとして。
そんなタガネを子供の一人が呼び止める。
集団で頭一つぶん背丈のある少年だった。
ようやく会話ができると内心で呆れと安堵を綯い交ぜにしつつ、タガネは少年へと振り向く。
敵意を宿す眼光は変わらない。
声音にも若干の険がある。
「村に入るな」
「なぜ」
「重くなるからだよ」
「…………重く、なる?」
意味を量りかねる返答だった。
「どういう意味だい」
「分かんねえ」
「分からないか」
「ただ、人が来る度に重くなるんだ。 だから、村に入って来るなよ」
「…………ふむ」
先刻の返答と照らし合わせて思考する。
村へ入ると、何かが重くなる。
どういう意味かを訊ねた際は、子供も判らないと答えた。だが、『人が増えると』という、『重くなる』条件については把握している。
そこで。
タガネは先刻の返答の真意が理解できた。
条件は判明しているが、そも条件を満たしたことで重くなる原因、いや元凶と呼ぶべき物が分からないということ。
ともかく。
重くなる現象についての危機感でタガネを拒んでいるのだ。
「重くなると、どうなる?」
「ぺしゃんこになるんだ」
「ぺしゃんこ…………潰れるってことかい?」
「うん」
推察した意味について。
概ね正解していることにタガネは安堵した。
人が増えれば重くなり、やがて潰れる。
タガネですら聞いたことがない現象である。
「じゃあ、人が減ると?」
「…………?」
「軽くなったりせんのかい?」
「うん」
「そも何が重くなるんだい」
「村に住んでる人の体」
「…………」
重さの変化は人の増減に関係しない。
村に入った時点で発生するのならば、タガネの体にも影響が出るはずなのだ。
「俺は重くないが」
「荷物、置いてみて」
「うん?」
「いいから」
少年がタガネの荷物を指差す。
意図のわからない指示である。
ただ、重くなる現象を実証するために必要な作業なので従うしかない。
旅の必需品を詰めた麻袋を地面へと下ろした。
「それで?」
「持ってみて」
「よ――っと?」
改めて荷物を背負い上げる。
すると、普段よりもずっしりと体に乗る重みが違う。苦ではなかったそれが、今では大人一人分のような手応えに変容していた。
驚いてタガネは目を剥く。
「な?」
「こりゃ魂消たな」
「だろ。 だからこの村はやめとけよ」
「…………」
タガネは麻袋の重量を噛みしめる。
それから、再び地面へと置いた。
「重くなったのは俺の体か」
タガネはその場で屈伸する。
すると、普段より微かだが足に負担があった。
立ち上がる際の労力は倍に近い。
「なるほどね」
自身を睨む子供越しに村を見やる。
これまで他殺などを考えていた。
だが、これ自体には殺傷力が無いので魔法とは考え難い。
もし、犯人がいないのなら。
「こりゃ俺の手に負えんぞ」




