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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話『熱醒まし』上編
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 午後の授業にもチゼルは出席した。

 入学当初の彼女らしからぬ勤勉さに、教員すら思惑があるのではと勘繰るほどの出席率である。

 現在は歴史学。

 チゼルの最も関心の無い科目だ。

 その上、思考は夜のことに傾いている。

 内容が頭に入らないのは当然だった。

「チゼル君」

「――うん?」

「いま私が述べたことを復唱しなさい」

「ええと、レギューム貴重文化遺物とは…………何だったか」

「まったく」

 教師が呆れて肩を落とす。

 出席してもこの様子では意味がない。

 教授するための努力が徒労に潰えている。

 だが、職務を放棄することはできず教師は改めてチゼル個人のために、ふたたび内容を繰り返すことにした。

 これには生徒たちも苦笑いである。

「レギューム貴重文化遺物。

 これはレギュームが認定した文化的価値且つ二つとない唯一性を有した物。 指定されるのは物品のみならず生命にも範囲が及ぶ」

「生命、ね」

「絶滅危惧種などもこれに該当するな」

「ふうん」

 チゼルは上の空で聞き流す。

 現在では。

 貴重文化標本に指定された物は約百件。

 その内で最も価値かあるとされるのは『十六魔兵器』、『フルゼスト大図書塔』、『浮遊島マリア』、そして『魔人』とされる。

 一つ目は言わずもがな。

 魔剣を始めとした人智を超えた兵器だ。

 手にする者は少なく、近年で胎窟でも入手可能という事実が公開されたので躍起になって世界中でも採集が行われている。

 続いて二つ目。

 魔神戦線以前の詳細な歴史が封印されていた。

 文化的価値において比肩する物は無い。

 三つ目は未だに研究が続いている。

 剣聖の伝説の一つだが、超常の力そのものの追究ともされた。

 そして、四つ目。

 これが最も特殊ですらある。

「魔人とは後天的な突然変異」

「…………」

「『十六魔兵器』に列べられる異例――『夢の魔人』を含めても、これらは発見された個体数もかなり少ない。 どれもが同種の魔獣から発生した鬼仔よりも長寿で、確認できる内では数百年も生きる」

「セインの同類」

「未だ生態に不明な点が多い。

 だが亜人種や鬼仔とはまた別の生命体とあって人権は認められていないので、捕獲と同時に解剖やあらゆる実験が行われる。

 ただ厄介なのは奴らは食事が不要。

 特に『夢の魔人』は不老不死とされ、剣爵家の保護下とあり研究は滞っているが、少なくとも大気中の魔素でもなく、外的要因による物ではないと推定される。

 さらに、どれも強力な個体だ。 その反撃で幾人もが死んでいる上に、平均的な自然治癒力は半身を失うほどの損傷も時を経れば快復する」

「完全な不老不死?」

「殺せるのは剣聖か大魔法使いだ」

 教師が肩を竦める。

 魔人研究は九世紀前。

 ケティルノースを素体とした魔人セインの発生がその始まりだった。

 後年の亜人種や鬼仔と異なり人権は無い。

 何より未知の生命体。

 これを研究しようとレギュームは騒いだ。

 だが、セインは剣聖姫の庇護下に置かれた。

 研究は不可能となり、他の研究対象を探す最中で大陸にて発見例が相次いだ。

 今、発見されたのはおよそ九体。

 内、生存しているのは四体。

 他五体は研究の末に『保存』された。

「およそ人の扱いじゃないな」

「当然だ。

 魔人はいつ暴走するか分からない」

「暴走」

「長い年月が人としての理性を奪い、その体が魔獣の性質へと傾く。例外は夢の魔人と、『命の魔人』」

「命の、魔人」

 命の魔人――アヴカエルド。

 星狩りから約半世紀の後に出現した個体、最も古い魔人の一体である。

 命を冠する通り、生命に関わる力を有した。

 捕獲に駆り出された多くの者が戦死している。

 今では北大陸の伝説の一つ、永らく大陸最強として持て囃される怪物。

 チゼルすら把握している名である。

「この二例は特殊にすぎる」

「へえ」

「どの権利の庇護下にもない命の魔人は、特に研究対象として積極的に捕獲したが、その実力もあって難航している」

「…………」

 そのとき、鐘の音が響き渡る。

 教師が鼻の頭を押さえるように顔を俯かせる。

 チゼルのための繰り返し。

 そこに時間を要して予定していた範囲まで終わらなかったことへの辛苦でため息した。

「今日はここまで」

 教師は匙を投げて教室を出た。

 その背中を見送ったチゼルも嘆息する。

 授業内容が身近な人――セインに関することだったので、つい聞き入っていた。

 魔人。

 九百年前から発見され始めた新人類。

 いずれも危険であるのは、説明中の教師の様子から読み取れた。

 だが。

 その稀少性ならば遭遇することは滅多にない。

「ま、ボクはセインで充分だね」








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