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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話『熱醒まし』上編
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 瞳には常に熱が無かった。

 常に無色の相貌が人間味を帯びることがない。

 淡々と世界を俯瞰(ふかん)し、記憶に納める。

 この世に固執すらないような存在だった。

 ただ一点。

 見せた我執(がしゅう)は、剣のみ。

 手放さず、また折ることもない。

 刃の輝きを見るときだけ、氷のような冷たい顔に一瞬の情熱(ねつ)が宿った。



 男は夢を見ていた。

 脳が視ているそれは、記憶から()み上げた物。

 ただ無味乾燥(むみかんそう)だった人生で、鮮烈だった一時の最後の刹那(せつな)だけ。

 毎夜その思い出に浸る。

 日頃から意識したわけではなかった。

 だが、夢として現れる度に男は思う。

 ――あれが、命の実感(じっかん)

 男にとっては、唯一の生を実感した時だった。

『どうだ、親父!』

『――――』

 夢の中で若き日の男が吼える。

 二振りの長剣を嵐の如く(はげ)しく振るっていた。

 喜色満面の笑みで凶器を駆っている。

 まるで鬼のようだった。

『俺は強くなったぞ!』

『――――』

『応えろよ、なあ!?』

 男の声が(かす)かに悲痛な色を宿す。

 対峙するのは、長身の老人だった。

 心なしか悲しげな表情を見せる裏に、銀の瞳の奥には赫灼(かくしゃく)とした怒りの情念を滾らせている。

 老人の剣が男の胴を浅く裂いた。

 男は血に塗れていた。

 小さな傷を(いく)つも作り、なおも剣を振る。

 老人は無傷だった。

 老人の剣が連撃(れんげき)をさばいていく。美しく、流れるように凶刃の嵐を切り払って鋭い反撃だけを的確に命中させる。

 その都度(つど)に男が血を噴く。

『アンタらしくないぞ、親父』

『――――』

『守りに(てっ)するな、殺せ!』

『そうか』

 ようやく、老人から声が返される。

 瞬間。

 目にも留まらない速さで老人が動いた。

 男が剣で一撃するまでの間に――一閃(いちげき)、二閃、三閃、四閃…………縦横無尽に銀光が奔る。まるで雨中の滴に光が乱反射(らんはんしゃ)したかのような刹那の光景だった。

 そして。

 男の全身が血を噴いて停止する。

 剣を握る両腕(りょううで)が脱力した。

 地面に膝を突いて、前にくずおれる。

 突っ伏しそうになった顔に剣が伸び、切っ先で(あご)を持ち上げられた。

 その先で老人が男を睨め下ろしている。

『俺はおまえさんを殺さない』

『なぜ』

『俺にとって脅威(てき)ですら無いからだ』

『殺せ』

『お断りだね』

 顎を支えていた剣が引かれる。

 体がふたたび地面へと(かたむ)いた。

 地表と顔面が触れるまでの間に、老人の片足が閃いた。鋭い爪先が(はな)(つら)を捉えて、強かに上へと弾く。

 逆方向へと体が吹き飛んで仰向けに倒れた。

 顔の中央でうずく鈍痛が脳を熱する。

『しばらく顔を見せるな』

『…………!』

『俺の質問に対する答えができるまで、おまえさんはここの敷居(しきい)を跨ぐことは許さん』

『が、ぐ…………待で』

『せいぜい健やかにな』

 眼前の地面に剣を突き立てられた。

 老人が背を向けて歩み去っていく。

 残された剣が前を(ふさ)いで、地を這ってでしか動けない今の男の壁のように立つ。遠のいていく、体は追おうとしたが剣が目に入るたびに固まった。

 ――待って。

 掠れた声が血とともにこぼれる。

 老人は振り返らない。

 男はただ、手を伸ばして止めようとしていた。

「――い、おいっ」

「…………む」

 夢の外側から声がした。

 今まで見ていた景色が(まぶた)の裏に溶ける。

 目を開けると、浅黒い肌の農夫がいた。

「起きなよ、目的地だぜ」

「ああ、ご苦労」

 農夫に礼を言って起き上がる。

 灰色の前髪(まえがみ)を掻き上げて農夫に向き直る。

「賃金はこれだ」

「へへ、毎度」

 運賃を払って、馬車から飛び降りた。

 農夫に一礼して、港を歩いていく。

 月下の街道(かいどう)は、もうすでに日が変わろうとしている時刻にも関わらず、人々の往来があった。

 その賑わいの理由は単純(たんじゅん)

「星狩り祭、か」

 剣聖という伝説から九百年。

 ただの剣士が世界最悪の魔獣を斃した日だ。

 あれから幾百と行われたこの祭りは、未だ根底(こんてい)に剣聖への感謝が消えたことはない。見たこともない偉人でありながら、皆がその伝説を(たた)えている。

 子供は玩具の剣を片手に走る。

 店の装飾も剣聖になぞらえた物ばかり。

「あの老爺が見たら笑いかねんな」

 小さく呟いて、進む。

 遠くに見えるのは、夜空を背に浮かぶ巨大な影――長旅の目的地だった浮遊島であった。





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