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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
一話「詐りの里」
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 狭い坂道を上がる。

 足の裏についた血で土が貼り付く。道の途中には、斬り倒された幾つもの死体から流れ出た物を踏んだせいだった。

 剣を振った庭を突っ切り、離れの家屋の戸口に立つ。

 軽く戸を叩く。

 返事は――なかった。

 タガネは左右を見回した後、その戸を足で蹴り倒す。盛大な音を立てて、埃と土煙が舞った。

 昨晩とは違い、雨ではなく鮮紅で濡れている。

 土足のまま床を軋ませ、赤い足跡を刻む。

 囲炉裏のそばには誰もいなかった。

「逃げたか」

 ぽつりと独り()ちて外に出る。

 今度は家屋の横手に回った。崖になった左ではなく、右側を探る。

 遠くから窺った通り、藪や草で隠れているが建物自体は後ろへと伸びていた。

 草を掻き分けて進んでいくと、小さな鉄扉(てっぴ)を発見した。蝶番を確認すると、内側に向かって開く仕組みである。

 タガネは鉄扉の横の壁に背をつけて。

 ゆっくりと扉を開いた。

「死ねこらぁ!!」

 重々しく開いた鉄扉から怒号。

 わずかに開いた隙間から鉈の刃が飛び出した。

 タガネも剣を屋内の闇へと滑り込ませるように突き出す。肉を(えぐ)る確かな手応えがあった。

 タガネは鉄扉を蹴って押し開く。

 暗灯(あんどん)に照らされる室内は、壁際に整然と並ぶ曳斗(ひきだし)の多い棚の数々があり、それに添うように男たちが構えていた。

 突き刺した相手を踏みしめて、タガネは悠揚(ゆうよう)と中心へ進み出る。

 タガネは部屋をまた見回した。

「ここにいた娘はどうした」

「へへ、知りたいか?」

「いや、別に」

 素っ気なく答えて。

 タガネは右手の壁際に斬りかかる。

 一人目を一刀で斬り伏せた。横合いから挟むように鉈で突き込む二名の腕を電光石火の速さで斬り飛ばす。肘からぷっつり断たれた腕を見て動揺する猶予すら与えず首を切った。

 接近していた男が背後から鉈を振り下ろす。

 それに対し、タガネは敢えて後ろ向きのまま男の胸を自分の背で打つように懐に入った。

 そのまま鉈を振り下ろさんとした腕を(つか)んで肩に担ぎ、背中の上に乗せて前へと転がす。タガネの上から床に落ちて倒れたところで、胸に剣を突き入れた。

 剣を引き抜いて振り返る。

 対岸で立ち止まる数人を睨む。

「どうした、来ないのか」

「あんた、化け物か……」

 薄闇に剣の光が刻まれる。

 タガネは対岸の壁に立ち尽くす全員を瞬く間に殲滅した。血に染まった剣を払うと、円弧の形に温かい飛沫が飛ぶ。

 死体の数を検めた。

「八人、か。里と合わせて三十六」

 タガネは部屋を見回す。

 暗い部屋の中には別の部屋へ繋がる扉が無い。しかし、建物の構造上からはここだけではないと予測してタガネは室内を調べる。

 卑斗を片っ端から開けて調べた。臼や奇妙な道具の数々が収納されていた。

 しかし、特別変わった物は無かった。


 数えるのを諦めるほどになった頃。

 棚を半周した辺りの棚を調べていた。

 中程の曳斗を引いたとき、かちりと小気味いい音が鳴る。限界まで引っ張ると、棚の半面がまるで扉のように開いた。

 隙間からは光が漏れている。

 タガネは剣を構えたまま入った。

 すると、中では大勢の子供や女性が部屋の隅に集中していた。

 そして中心に。

 この家の少女に短剣を突き付ける弟……もとい、小男が立っていた。顎の下からは血が流れている。

 目は爛々と血走っていた。

 目元からも流血、血涙かと思われたが微妙に()()た瞼と目の間から流れた物である。

 タガネは小さく鼻で笑った。

「まだ癒着しきってないんだろ。――盗賊団の頭さん」

「なぜ、俺が頭だって……」

「指名手配者の特徴は知ってるからな」

 一歩ずつにじり寄る。

 その分、小男は少女を巻き込んで後ろに下がる。

「あんた、小柄で高い声なのを良いことに子供にまで扮装して、弟になりすましてんだろ。それも……その娘の本当の弟の皮を使って」

「ぐ……」

「やはりか」

 タガネは(ようや)く実を結んだ自分の推測が的中して嘆息する。

 剣で部屋の中にいる全員を示した。

「そこの娘が薬師だろ。さっきの部屋は調合の部屋だな。棚に入ってる道具から判ったよ」

「それが、どうした……!」

「里の全員を隠し部屋に押し込めて人質にし、薬師が薬草を使って皮を癒着させている」

「……」

「あとは不審がられないよう、里は傭兵団がいると言って煙に巻き、或いは定期的に各地で部下を動かして居所を特定させないようにしてんだな」

 タガネが再び一歩進む。

 小男は、とうとう壁に背がついた。もう後が無いことを悟って、短剣をさらに少女へと近づける。首の皮に刃が食い込み、血が滲み出た。

 壁の隅に隠れていた人々は、避けるように壁伝いに動いて、出口まで回り込んだ。隙を見て、次々と室外へと一人ずつ逃げていく。

 タガネは肩越しにそれらを見送った。

 全員が去ってから、再び前を見る。

「う、動くな!この娘がどうなってもいいのか!?」

「別に。構わないけど」

「は?」

 タガネの淡々とした声に、少女も目を見開いた。

 剣を片手に、すすと踏み出して来る。

「俺はあんたの首が獲れれば良いんだ」

 睨みながら、ゆっくり前へ、前へ。

 距離が近づくごとに、小男の震えは強くなった。それは少女にも伝わり、伝播した恐怖で彼女も萎縮する。

 そこで、はっと小男が瞠目する。

「待てよ。銀の髪の剣士……傭兵……ま、まさか」

「気付くのが随分遅いな」

「てめぇが……噂の【剣鬼(けんき)】か!」

 剣鬼――王国だけでない誰もが知る。

 剣の腕で幾多の戦場を乗り越えた修羅とされ、冷酷無比に敵を屠る戦いぶりから、その異名がついた。最初に発見されたのは王国の辺境の戦地だが、今や近隣の各国に畏怖をもって知られる。

 それはまだ、うら若き少年だと言う。

「お前が……お前なのか!」

 小男の唇が戦慄で震える。

 タガネが忌々しげに睨んだ。

「お喋りはもう要らんだろ」

 更に一歩、前へ。

 剣の間合いに入った。

「おらよ!!」

 そのとき、小男が少女を突き放す。

 タガネがそれを受け止めるやいなや、前に踏み出して短剣を顔面めがけて突き上げる。

「死ねぇ!!」

 狂喜に満ち足りた顔。

 タガネの鼻っ面を縦に断つ軌道で腕を振るい――胸に突き込まれた剣で壁に固定された。心臓を貫かれ、呻くような断末魔の声を上げたあと、静かに息絶えた。

 震える少女を放して、剣を引き抜く。

 解放された途端、少女は悲鳴を上げて転びながら室外へと駆け抜けて行った。

 絹を引き裂くような声に顔を(しか)めつつ、タガネは胴と切り離した小男の首を摑み取る。

 面前に掲げて確認した。

「よし、任務遂行だな」

 (たずさ)えた首から血を滴らせながら、彼も部屋を去った。





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