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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その七
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小話「妖精攻略戦」中



 微睡むような浅い午睡。

 昼の陽気に平時から尖らせていた神経が緩む。

 チゼルは魔法学園の実験室にいる。

 魔法薬学を担当するダウルの膝の上で背中を預けて眠った。狼狽える彼など知らず、安心できる者に身を委ねて過ごしている。

 諦めたのか。

 ダウルの手がチゼルの頭を撫でた。

 チゼルが実験室にいるダウルの下を訪ねるのは、悩み事や嫌なことがあったときに限る。

 無理に訊ねず、ただ話すのを相手に任せた。

 それがチゼルには心地いい。

「少し髪が伸びたな」

「…………ん」

「疲労に効く薬湯があるぞ。…………飲むか?」

「苦い?」

「ちょっと癖があるだけだ」

「なら遠慮させてくれな」

 それだけは、きっぱりと断る。

 チゼルは後ろのダウルの胸に頭突した。

 呻いた彼の声が頭上から降る。

「午後の授業には間に合うのか?」

「…………別にいい」

「ガディウスさんの授業くらいには出なさい」

「んー」

 ガディウス。

 その言葉に思わず顔をしかめた。

 ダウルもその表情に察する。

 なるほど、今回はそれか――と。

「好きにしなさい」

「よし」

「ただ、少ししたら私も授業があるから。準備室の方に移動してもらう必要があるけど」

「あそこ臭いんだが」

「しかし、堂々と魔法学園の生徒に君の姿を晒すのもどうかと」

「…………わかった」

「はは、どうしても出席しないつもりか」

「…………うん」

 チゼルはこくりと頷いた。

 ガディウスに会いたくない。

 その一念が強かった。

 原因は、ただ一つ。

「誕生月、ね」

 チゼルは誕生月が嫌いだった。

 それは過去の出来事に由来する拒絶感にある。

 優しい父母が魔獣に襲われて死んだのは、自身が六歳の誕生月である。独り生き残った彼女は縁故ある者の家へと預けられたが、その家はあまり裕福ではなかった。

 家では常に働き詰めである。

 引き取ってくれた家族は働きもせず、チゼルは幼いながらに家事や子供に行える安い賃金の仕事をやり繰りして生活した。

 幼い労働者にも社会は厳しい。

 特に、力の無い彼女に同情するどころか風当たりは強く、チゼルは常に家の内外で孤独だった。

 そして。

 自らが商品として売り出される。

 これを知ったのも、七歳の誕生月だ。

 何も信じられなくなった。

 不幸と誕生月が決定的に結びつく。

 今でも。

 誕生月と知る度に嫌悪感が胸から湧いた。

 騎士学校の学徒たちが互いを祝う姿には、羨望すら抱かない。彼らは誕生月に、さぞ幸せな思い出を紡いで来たのだと彼我の差を知る。

 嫌悪は過去へ、そんな経験をした己へと向けられていたので、旅の伴だった薬師ダウルにすら教えていない。

 祝われることが苦痛だった。

 思い起こされることが嫌だった。

 ――だというのに。

 新たな養父ガディウス。

 彼は何処からかそれを知った。

 チゼルにとっては第三の家族だ。

 現状、ガディウスを寄す処にしなくてはならない立場にある。その結果から、無下にすることはできなかった。

 だが、ある日。

 ガディウスが帰宅したときだった。

 腕には大荷物、喜色満面の笑み。

 最初は蒐集癖のある彼が珍品を入手したのかとも思えたが、それは一人で楽しむものであって他人に報告することはない。

 なのに、チゼルは話があると呼ばれた。

 指名された以上、自身に関わる物。

 誕生月と、荷物。

 二つが結びついて一つの解答に辿り着いたとき、チゼルは反射的に逃げていた。

 過去に父母に祝ってもらったこともある。

 だが、今とその幸福だった頃の間に起きたことが身に染み付いていて、如何に対応すべきかわからず、頭が真っ白になった。

 結果。

 一月以上はガディウスを敬遠している。

「チゼル、そろそろ」

「…………」

「ザグドも何か言ってくれ」

『チゼルよ、続きなら準備室だ』

 机の上にあった歪な剣が声を発する。

 穏やかに、子供を窘めるような語調だった。

 チゼルはむっとして剣を睨む。

「まだ時間はある」

『人の職務まで妨害してはいけない』

「ザグドは授業中によく話しかけてくるくせに」

『それは歴史の授業でだけだろう。…………ああ忌々しい、レギュームめが脚色ばかりしなければ私も心穏やかにいられるというのに』

「…………やれやれ」

 チゼルは膝の上から降りた。

 立ち上がったダウルに続いて準備屋へ向かう。

 そのとき、実験室の扉が開かれた。

 二人でそちらへ視線を移す。

「頼もう、チゼル殿はおられるか」

「正面突破かよ!?」

 チゼルは小首を傾げる。

「あれは?」

「君、前に剣術大会で戦った相手だろう」

「…………」

「……………私が担当する講義の受講生、エノクとカスミだ」

 チゼルは迫ってくる二人を見つめる。

 たしかに見覚えはあった。

「チゼル殿、話があるのだが」

「はあ」

「良ければ、放課後にお話できないだろうか。今からでもしたいのだが、生憎と私とエノクはこの後の魔法薬学のレポートが完了していない!」

「それを私の前で言えるのか」

「…………放課後なら、別に」

 特に断る理由も無く。

 チゼルは二人の頼みを承諾した。

 ほっと胸を撫で下ろすエノクを傍らに満足げな笑みでカスミがうなずく。

 呆れるダウルの隣をすり抜けて、チゼルは準備室へと足先を向けた。

『良かったのか』

「何がだい?」

『いや、未熟な魔眼にはまだ早いか』

「ボクも鍛錬は怠っていないんだが」

『いや、いい。…………私はチゼルの味方、とだけ言っておこう』

「うん?」

 それ以降、ザグドは沈黙する。

 チゼルは準備室へと入り、ダウルが授業道具などを取り出していく姿を尻目に、ひたたび眠った。






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