小話「妖精攻略戦」上
剣爵家は女系の血だ。
そんな風聞が古くから残っている。
起源は剣聖だが、後に剣爵でも名を残すほど強大な人物は、もっぱら女性であった。生まれる男児は、みな強けれど女性には敵わない性質に逆らえない。
それは脈々と受け継がれた使命。
剣聖の情けないほど滑稽な遺産である。
星狩りから九百年後。
一人の男が机に突っ伏していた。
レギューム魔法学園の図書棟の窓から差す光が彼だけを照明するように落ち、より一層その姿を情けない物として演出している。
その所為か、誰も近づかない。
燃え尽きて、吹けば散ってしまう前の灰燼のような有様に触れていこうとする勇者は一人としていなかったのだった。
おかげで。
ガディウスは独りで悩んでいる。
「俺は父親として最低だ」
延々と独り言がこぼれる。
もはや彼も周囲など気に留めていない。
ただただ、強すぎる哀愁に理性すら消えかかっていた。
鏡で見返せば惨たらしい。
自身を死体と錯覚するほどの醜態である。
本来なら。
ガディウスは騎士学校の教員だ。
悲しむなら場所を選ぶべき。
だが、今は過ごし慣れた場所という日常さえ辛く感じた彼は、あまり足を運ばない、けれど迷惑はあまりかけない魔法学園の図書棟を選んだ。
もっとも。
魔法学園の生徒にすれば迷惑きわまりない。
ガディウスは完全に浮いていた。
「ぐ、ぐふぅ…………!」
「おや、ガディウス殿」
「んん?」
ガディウスは顔を上げる。
そこに机を挟んで黒髪の少女が立っていた。
隣では顔色の青褪めた学友らしき少年が必死に服の裾を引っ張っている。
ガディウスは知人の顔に嘆息する。
「なんだ、エノクとカスミか」
「うわ、失礼な対応だな」
「一体どうしたのだ、ガディウス殿。まるで介錯を待つ罪人のようだ」
「喩え方ひどいな」
「エノクにも見えるだろう?」
「こっちに聞かないで」
快活に少女カスミが笑う。
そこには嘲笑の色は一片も無い。
ただ比喩が直截的すぎるあまり、今のガディウスには鋭い刃としかならない。
二人とは以前に知り合った仲だった。
騎士学校と魔法学園の課程には自由研究があり、その中では両校の生徒が互いに協力する場合が度々ある。そこでガディウスと彼らとは縁があった。
知り合いを避けて来た場所なのに、目撃された上に悪意が無いにしても辛辣にすぎる言葉を受けている。
現状に思わず自嘲的に笑ってしまう。
ガディウスが再び顔を伏せた。
「ほら、落ち込んだ」
「む、すまない」
「いや、何を言われても仕方無えさ。俺は…………俺は娘にも嫌われる、とんだ阿呆なんだからな」
「な、何があったんですか」
あまりの憐憫に。
少年エノクが苦笑混じりに訊ねる。
「訊いてくれるのか?」
「はい」
「その優しさが今はツラい」
「じゃあ結構です」
「訊いてくれ!」
「情緒不安定かよ」
ガディウスが頭を抱える。
二人も彼の正面の椅子に座った。
「あれは一月前」
「意外と昔だな」
ガディウスはゆっくりと語り始めた。
一月前。
ガディウスは大きな荷物を抱えていた。
その中身は贈り物である。
つい一年前に我が家へと迎えられた新しい娘が誕生月とあって奮発した物だった。我ながら渾身の選択と息巻いて、早くも娘の喜ぶ様を夢想している。
帰途を辿る足取りは軽い。
ガディウスは屋敷へと辿り着いた。
扉を開けて――。
「いるか、チゼル!」
「うるさいな」
辛辣な娘――チゼルに迎えられる。
帰ったばかりなのか。
騎士学校の制服のままだった。
帰宅早々の落ち着かないときに渡されても面倒でしかないと気配りし、ガディウスはその場を挨拶だけで済ませることにした。
機を見逃してはならない。
食後の隙に出せば――。
「ご馳走さん」
「なあ、チゼル」
「うん?」
「実は話があってな」
「悪いけど、ボク今日は疲れてるんで。話ってのは、急ぎのもんかい?」
「え、あ、いや」
「なら、また今度にしてくれな」
チゼルはそっと居間を離れた。
妙に不機嫌である。
普段のチゼルの様子を知るガディウスは、その心中が穏やかでは無いことを瞬時に察することができた。
今日は無理かもしれない。
だが、次こそは――。
「すまん、独りにしてくれな」
「いや、課題があるから」
「ちと鍛錬に出てくる」
「その日は約束があるから」
連続して断られていく。
一体、いつになったら渡せるのか。
気づいたら――誕生月を過ぎていた。
そこまで語って。
ガディウスの雄叫びめいた慟哭が響き渡る。
「うおおおおお…………!」
「ちょ、先生おちついて!?」
「辛かったな、ガディウス殿。今は解き放つとき…………存分に嘆くがいい」
「カスミも止めろって!」
ガディウスの背中をエノクが擦る。
「な、泣き止んで下さいよ」
「しかし、しかしだなぁ…………!」
「ガディウス殿、良ければ手伝おう!」
「カスミ…………午後にレポート提出が」
「本当か!?」
「ちょっと」
ガディウスが歓喜に机を叩いて立ち上がる。
カスミは強く肯いた。
横で唖然とする学友などいざ知らず、二人で固く手を握り合って笑う。
「心強い!」
「いざ、チゼル殿攻略だ!」
「えー…………」




