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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その七
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小話「手障り」⑩



 フエルの山の南方。

 エルが残した熾火のそばで男は困惑していた。

 彼女が座っていた位置にいま別人がおり、熾火に吊るした鍋を設置し、中身の煮た汁を老人が碗に啜っていた。

 男は声を何度かかけている。。

 だが、老人はここへ足を運ぶや、男へ許可を求めるわけでもなく勝手に鍋汁を拵えて食事を始めた。

 会話は一切発生していない。

 今も汁を飲み干して満足気に息を吐く。

 その間も男を一瞥もしない。

「あ、あの」

「ぷはぁ」

「…………ここへは何用で?」

「んぐ、んぐっ」

「ちょ、すみません」

「あぐ、もぐ」

「えぇ……………」

 男は心底から困り果てていた。

 老人はただ食事を続ける。

「お、山が燃えとる」

「え?」

 徐に老人が顔を上げてつぶやく。

 男も驚いて山の方角を見やると、坑道のある山が黄金色に燃え上がっていた。

 空の一角が照らされるほど烈しく燃え上がっているが、山以外に延焼する様子は無かった。老人と二人で黙って見つめる間も燃え続ける。

 その後。

 火はおよそ半時は山を焼いた。

 凄まじい火勢に反して、山に繁茂していた木々や草などは健在であり、風が吹けば青葉が揺れているのが二人にも見える。

「いや、困ったのぅ」

「…………?」

「産休を条件とした任務で頼めんから、仕方なくマダリに頼んだというのに…………よもや、あの娘まで参加するとはのぅ」

「産休?誰の」

「いや、困ったのぅ」

「ま、マジで会話しないなこの爺さん…………」

 老人は大仰にため息をつく。

 男はエルが戻らないかと周囲を見回す。

 彼女が向かった後に起きた奇妙な山火事を目の当たりにしたのもあり、不安になっていた。やや切迫した様子で出発しているのも気懸かりである。

 何より。

 この老人と二人きりの時間がもう堪えられなかった。

「も、戻りましたぁ」

「おあ、ベル爺!?」

「おおう、戻っかのぅ」

 エルが装束を襤褸のようにして帰還した。

 その隣には男も知らない猿面を伴っている。彼もまた、身にしている外套は裾が焼け焦げていた。

 老人が手を振って迎える。

 エルが男に気づいて駆け寄った。

「気分はもう大丈夫ですか」

「はい、お陰様で」

「なら良かった……………って、あー!」

「久しぶりじゃのぅ」

「出たな変態ジジイ!この前の私のお尻触ってきた件はマジで許さんぞ!!」

「いや、後ろ姿だけなら結構な好みじゃったから」

「うわ、ベル爺そんなことしてたのかよ」

「マダリ、ヌシもいずれは」

 男の眼前で三人が賑やかに盛り上がる。

 蚊帳の外のようになった男は、今度こそ会話を試みることを諦めた。




 男を村へと帰して。

 三人はフエルの山付近に来ていた。

 エルは背後にいる老人へと振り返る。

「何であなたが」

「だってワシだもん、このマダリに依頼をしたのはのぅ」

「へー、お猿さんマダリって言うんだ」

「何だよ」

 エルが半目で猿面を睨む。

 猿面――マダリが視線を避けるように顔を逸らす。老人ベルソートは、その様子を可笑しそうに見ていた。

「てかさ、ベル爺」

「うん?」

「何でおいらに依頼を?本来なら、こういうヤバい案件っておっさんがするんじゃないのかよ」

「実はのぅ、タガネの子が産まれるんじゃ」

「はっ!?」

「じゃが、ヤツも産休が欲しいから一件しか回れんらしいから、残る喫緊の案件をヌシに頼んだのじゃ」

「そ、そっか」

 二人の会話にエルが小首を傾げる。

「タガネ?」

「ワシが贔屓にしとる仕事相手じゃ」

「剣聖と同じ名前なんだね」

「案外いるもんじゃよ、同じ名が」

「ふうん」

 エルは目を眇める。

 魔力で感情を看破する能力が、この老人の言葉を虚偽だと判断した。

 同時に。

 深入りしてはならないと本能が警鐘を鳴らす。

 この老人から、初対面で異質さを感じていた。

 表面はどす黒い嘘で塗り固めた装甲のような厚みがあり、内面まで見透かせば底の見えない沼のように、どこまでも奥深くまで妄執と愛憎の漆黒が続く。

 一目で身の毛もよだつ異常な人間だった。

 本人を前に吐気を堪えたのは言わずもがな。

 今なお気を張っている。

「それにしても」

「はい?」

「ヌシも協力していたとはのぅ」

「苦しむ人は見捨てられませんし、私は私に寄り添ってくれる剣のために立派であると誓ったのです」

「剣、のぅ」

「ええ」

「……………誑かされたか」

「え、何か言いました?」

「いや、別に何も」

 マダリは概ね察していた。

 エルに心の剣を説いた『フー爺』。

 それがマダリの知る人物と似ており、途中まで別人の可能性も考えたが、それが愚考だと思えるほどに合致する点が多かった。

「ワシの弟子にならん?」

「なりません」

「でも、ヌシの魔法の才は捨てがたい。いずれワシの魔法を継承できる………」

「弟子になるなら変態のお爺さんより私は面倒くさいお爺さんの方が良いので」

「どっちも同じじゃと思うんじゃが」

「おいらも面倒くさい派かな」

「何じゃと!?」

 ベルソートががっくりと肩を落とす。

 マダリが笑って、ちょうど目の前に見えてきたフエルの山を見上げる。

「まさか神獣だったとは」

「実はワシも半信半疑じゃった」

「ええ?」

「近隣に村ができたのも最近じゃし、千年以上前に墜ちた虎の情報を伝承を正しく受け継ぐにも当時は大戦中じゃったからのぅ」

「はあ」

「まあ、触らぬ神に祟りなし…………手で触れれば障りあり、じゃ」

「確かに、ずっと眠ってたのに誰かに叩き起こされて怒ってたんだろ」

 エルは山を見上げる。

 未だに親近感のある魔力を感じた。

 この山は、まだ完全に死んでいない。

「それで、エル」

「ん?」

「この山はどうなるんだ」

「また活動を再開する以前…………つまり、眠った状態に戻しました」

「つまり」

「また起きる可能性はありますが、私には彼を葬る術が無いので」

 ベルソートがやれやれと首を横に振る。

「なら経過観察せんとのぅ」

「ベル爺なら出来るだろ」

 マダリがからからと笑う。

 任務は完了した。

 実際、任務に当たったマダリ単独では山を鎮める手立ては無い。まだ神獣が変化した物である確証もなかったのでベルソートは『調査依頼』ということに山への干渉を留めた。

 エルの参戦は法外の功績である。

 もっとも。

 それですら根本の解決には至っていない。

 いずれは再び呪いも時を経て目覚めることを予想し、ベルソートが経過観察を請け負った。

「なら報酬は分配せんとな」

「やった!」

 待望の報酬の分配。

 エルが歓喜に飛び上がる。

「――じゃが」

「え?」

「依頼は調査じゃし、解決ではない。その上、エルは元から無関係じゃ。マダリが頼んだとはいえ、依頼主(ワシ)を通しての正規の協力関係ではない」

「え、と、つま、り」

「ヌシの取り越し苦労じゃな」

「取り、越し苦労」

「報酬は無しじゃ」

「んぇええええええええ!?」

 エルの悲鳴が空に響き渡る。

 マダリは気の毒に思い、体をエルから背けた。

 涙を眦に溜めて唸るエルに、ベルソートは呵々大笑する。

「ほほほ、残念じゃったな」

「の」

「う?」

「のろ」

「のろ?」

「呪ってやる、このクソ爺ーーーーー!!」

 ベルソートの頭を白杖が殴打する。

 横っ飛びに宙を舞う彼に、マダリは目を瞑って我関せずの態度を貫いた。

 今のエルを不用意に慰撫しても却って憾みを買うだけである。

 まさに。

 触らぬエルに祟りなし、だった。





ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


タガネがゆっくり産休を取るために犠牲になった人たちの話です。

最近涼しくなったと調子に乗っていたら、湿気の凄さを侮っていました。。

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