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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その六
855/1102

小話「都合のいい鬼」後



 街が静かになった夜。

 少女は膝を抱えたまま眠れずにいた。

 隣では無防備に少年が寝ている。

「あの」

「…………」

「起きてよ」

「うるせえ」

 少年が起き上がる。

 頭を掻いて、寝ぼけ眼で少女を睨む。

「命乞いなら聞かんぞ」

「そんなんじゃないです」

「泣き言も、遺言もな」

「…………」

 少年は気怠そうに顔を俯かせる。

 少女は膝を抱える腕を解いて少年の服をつかんだ。

「あの、契約しませんか」

「うん?」

「危険度と報酬が見合えば、助けてくれるんですよね?」

「…………場合による」

 少女が決然とした表情で少年を見る。

「救けて下さい」

「…………」

「お礼は、何でもします」

「助かった後に、ってか」

「はい。今は…………」

 少女は耳朶から垂れる耳飾りを取る。

 二つある内の右側の物を少年に差し出した。

 少年の掌に握らせる。

「これは王家の証の耳飾りです」

「ふうん」

「王家の証ですから、捕虜としてですが一般の犯罪者と同じ牢なので見間違わないようにと徴収されませんでした」

「なるほど」

 少年は矯めつ眇めつして握りしめる。

「今すぐは無理だ」

「え」

「だが、今の俺(・・・)には都合が良いんでな。――引き受けてやるよ」

「…………」

「数日ばかし待ってな」

「はい!」

「間に合わなくても祟ってくれるなよ」

「うぅぅ」

「泣くな、鬱陶しい」

 そう言うと。

 少年は思案顔で格子を見やった。

 その横顔を、少女はちらと盗み見る。

 幼さの残る整った顔立ちと、野性味を感じる眼差しが混在するその相の彼は、少女の人生でも見たことがない不思議な雰囲気をまとっている。

 沈黙の時間が流れる。

 おもむろに少年が向き直った。

 少女は慌てて顔を背ける。

「ともかく」

「えっ、はい?」

「明日で俺は出るが、泣かずに待ってろ」

「む、無理です」

「助かったときに目一杯泣け」

「無茶だよぅ…………!」

 泣き言を少女が吐くと、少年が意地悪な笑みを浮かべた。


 翌日、少年は牢屋を出た。

 特に別れの言葉もなく去った。

 三日間の同室だけの縁、密約は結んだにせよ解放された途端に振り返らず颯爽と出ていく様には少女も閉口するしかない。

 ともかく。

 助かるか否かは少年に懸かっている。

 今は祈るしかなかった。

 溢れそうな涙を堪えるのは、助かったときにめいっぱい泣くためである。救って欲しいと願いながら、彼との約束を自分が破るのは筋違いと感じたからだ。

 少女はひたすらに待つ。

 国の上層部で交渉は進んでいる。

 だが、この国は念頭に支配という目的だけ考えており、少女を使って少女の国を滅ぼす以外の案は無い。

 願う――救われると信じて。


 そうして去っていた少年の姿を想起し、救いを求めて四日間が経過した。

 未だ救助は来ない。

 冷たい夜気に満たされる牢屋の中に少女の嘆息が溶ける。

 信じて待たなければならない。

 少女の気力は限界を迎えていた。

 あの意地悪な少年は、耳飾りだけを得て考えを改めたのではないか。

 どこかで売り捌いて。

 後は忘れて悠々自適に過ごしている。

 あの少年なら、やりかねない。

 少女は思わずふっと笑った。

「本当に、都合の悪い人」

『ぎゃあああああ――――!』

「えっ」

『うごっ』

「な、なに?」

『がしゃん、がしゃんっ』

「え、え、え?」

 暗澹とした想いに沈んでいた。

 その少女の耳朶を、剣呑な騒音が打つ。

 何事かわからず、ただ不穏な気配を察した彼女は自身の体を抱いて身構える。

 しばらくして、自身の牢屋の前を灯の光が照らした。

 少女は眩しさに目を眇めながら見上げる。

 そこには、数人の兵士がいた。

「姫!お助けに参りました」

「あ、あなた方は?」

 少女が尋ねると。

 兵士たちが懐から徽章を取り出して見せる。

 それは、少女の国の紋章が彫られていた。

 呆気にとられる少女を、颯爽と牢の錠を解除して兵士たちが抱え上げる。そのまま地下牢を出口まで駆け抜けて夜の街へと出た。

 道中に見かける牢の番の者は、いずれも倒れている。

 警戒の際も。

 どこに兵士がいるか判って動いていた。

 ――手際が良すぎる。

 まるで牢の中を知悉したかのようだ。

 不思議に思いながらも、少女たちは流れるように地下牢を脱し、街を出て、国外にまで至った。

 そして。

 国境で少女を迎えたのは――。

「よう、息災かい?」

「あ、あのときの!」

「約束は守れたか?」

 少年が耳飾りを手元でちらつかせて笑う。

 少女は駆け寄って、それを受け取った。

「助けてくれたんですね!」

「まあな。おまえさんに請われずとも」

「え?」

「俺が牢に入ったのは元々、目的があったからでな」

 少年が懐中から一枚の書状を取り出す。

 展げた紙面には、少女の父たる国王の署名がされている。

 内容は――地下牢の潜入調査、だった。

「どう、して」

「盗みなんてのは建前で、俺は任務で入ったんだよ」

「ぐ、偶然同じ牢だったのでは」

「内通者が上手く事を運んでくれた」

「さ、最初から………?」

「言ったろう。今の俺には都合が良い、と」

「…………あっ!」

 少女がその言葉の真意に気づいて声を上げた。

「まさか」

「既におまえさんを救うための潜入経路なんざを知る為に入った俺からすれば、おまえさんに助けを求められたときに都合が良かったんだよ」

「そ、そういう意味だったんだ」

「後は用意された早馬で報告、速やかな作案と実行」

 少年がにやり、と笑う。

「これで救助完了」

「…………」

「ほれ、助かったんだぞ。目一杯は泣かないのかい?」

「ふふ、涙引っ込んじゃいました」

「ま、好きなときにしてくれな」

 少年が少女の肩を優しく叩く。

 鎖で繋がれていた頃とは異なって、初めての接触に少女が瞠目して固まる。

 王家として丁寧に扱われていたので、捕虜として捕えられたときも乱暴にはされなかった。そして何より、他人から気安く触れられたこともまた無かったのである。

 そんな驚愕も露知らず。

 少年はそのまま隣を過ぎて歩き出した。

「あ、お礼がまだ………!」

「報酬ならもう受け取ってる」

「え?」

「潜入経路の調査が仕事なんでな。完了した後、娘の様子も伝えたら額を弾んでくれたよ」

 少年が腰につけた巾着袋を掲げる。

 ずっしりと、重量感のある膨らみ。

 それを見て少女は納得し、呆れ笑いをする。

「それじゃあ、達者でな」

「本当に行っちゃうの?」

「三日間もおまえさんの泣き声に聞き飽きてんだ。この後の嬉し涙なんかに付き合う気力も無いね」

「い、意地悪」

 去っていく少年。

 その背中に少女は手を振った。

 兵士がそれをまじまじと見つめている。

「何か?」

「いえ、ずいぶん仲が良ろしいのかと思いまして」

「そんなんじゃないですよ」

「いや、我々ならそう傭兵などに気安く話しかけられません。況してや、あの『剣鬼タガネ』ともなれば」

「剣鬼?」

「ええ。

 大陸でも有数の剣の腕が立つ傭兵です。幼い頃からヌスパルムの百年戦争に参上し、多くの功績を残していますから」

「は、はあ」

 まだ自分と年の頃は変わらない。

 意地悪で冷たい以外は年相応の一面があった。

 剣鬼――異名がつくほどの凄腕。

 初めて名を知ったのもあり、少女は感嘆していた。

「そんな凄い人だったのですね」

「次は敵かもしれませんが」

「ええ?」

「彼は基本的に契約者の味方、自身に都合のいい方を選び取るとか。ただ相応の額と、裏切りが無いことを約束さえすれば仕事は確実に完遂するので、各国からも信頼が篤いし方々からの仕事の依頼が絶えないのだとか」

「都合のいい、かぁ」

「だから王女様は凄いですよ」

「…………?」

「あの剣鬼と親密になれるなんて」

「そんなことないですよ」

「え?」

「彼と、私の都合が合致しただけです」

 少年とは仲良くなれるか。

 それは分からない。

 だが。

 自分はあれほど逞しく生きることはできない。

 あの歳にして傭兵稼業となれば、今の彼に至るまでも多くの艱難辛苦があったのだと読み取れる。

 そこには想像を絶する修羅場もあったはずだ。

 都合の良し悪し。

 自分が生きやすいように選び取る。

 少年はそう嘯いていたが、本人が実行できているように思えない。

 それが皮肉に思えて。

 少女は可笑しくなって笑った。

「でも」

「でも?」

 遠くなる少年の背中。

 それに向かって少女は涙をこぼした。

「都合のいい鬼さんでした」






ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


ご飯を炊くとどうしてもお焦げができる(それも美味しいから良いけれど)、これを解決しようとネットで調べて実践しました。


やはり、水加減ですね。。

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