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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その六
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小話「底識れず」承



 夕日が湖面に光を落とす。

 桟橋の上には、項垂(うなだ)れたタガネの姿があった。

 足下から情けない形の影を伸ばしている。

 今日だけで、三回も魚の当たりはあった。

 どれも汀に寄せるまで順調(じゅんちょう)に進んだ。

 ところが。

 タガネが手を伸ばす絶妙(ぜつみょう)な瞬間に、さらに大きな魚によって獲物は連れ去られてしまう。

 唐突に眼前で起こる弱肉強食。

 水面下で起きた出来事にタガネは唖然とした。

 一度ならまだしも、これを日に三度となれば神の悪戯(いたずら)と称しても過言ではない。

 結果は惨敗。

 それ以降の釣果は皆無だった。

 隣の男性が気まずそうに顔を背ける。

「まあ、中々いい戦いだったぜ?」

「どこが」

「ほら、中盤(ちゅうばん)の駆引きとか熱かったじゃん」

「逃した」

「そんなときもあるって」

「三つあって、三尾も逃した」

「そんな奇跡もあるって」

「神がいるなら、針でかけて目の前に引きずり出してやる」

「ここの神は、まあヌシだ」

「上等」

 タガネの拳が桟橋の板を叩いた。

 その打擲音にびくりと数人の肩が跳ねる。

 今日の出来事は衝撃的だった。

 幾度も横槍(よこやり)が入って、暇つぶしとはいえど折角の獲物を奪われる光景を見せられては業腹(ごうはら)なのも当然である。

 タガネの胸裏で闘志の火が点る。

 三度も逃した悪しき奇跡。

 ならば、これを帳消しにする奇跡をもって屈辱を(そそ)ぐ他にない。

 そう考えると。

 ヌシ釣りが妥当な成果となっていた。

「この憾みはヌシで精算(せいさん)する」

「お、やる気出したか!」

「空想なんて手の届かねえ場から釣糸で引きずり出して(わら)う。自慢の四本髭とやらも抜いて鰻もどきにしてくれるわ」

「やる気の出し方は面白いけど剣呑だなあ」

「よもや余興で腹を立てるとは思わなんだ」

「本気度がすごい」

 タガネが(くら)い瞳で意気込みを告げる。

 剣呑さを感じ取って周囲から人が離れていく。

 そして、危険な光を宿す瞳が男性を捉えた。

「さて」

「ひっ」

「ヌシについて最新の目撃情報があるか否か、その調査だな」

「て、定住地探しは?」

「戦争国家の近くってのを除けば、候補地合格だ。調べたいことは既に完了している、あとはヌシだけだ。

 だが――一人ではかなり時間を要する」

「マジかよ」

「おまえさんも付き合うよな」

「え゛えっ!?」

「俺をヌシ討伐に焚き付けたのは、誰だ?」

「いつの間にか討伐にすり替わってないか?いや、焚き付けてないんだけど」

「やるよな?」

「お、おう」

 物言わせぬ迫力に男性は折れた。

 渋々と頷いて協力の意を示す。

「あす一日は調査に(つい)やす」

「それから本勝負だ」

 明日の予定を告げて、タガネはその場から立ち去る。

 覚悟を決めた背中を見て、ここへ来たばかりの奇異(きい)の眼差したちは今や期待へと色を変えていた。

 漠然とした予感がある。

 この少年は――偉業を()しうるやもしれない。

 人は知らない。

 少年の悲惨な連続ばらしを発端とした『ケフェスネメトの大鯰狩り』なる伝説事件が勃発(ぼっぱつ)することを。



 翌日の朝は雨が降った。

 湖畔の町は、雨で景色が(かす)んでいる。

 旅人たちや住民までもが、今日は外出を控えており、街路にちらつくのは新たに足を運んだ人影ばかりだった。

 そのため、湖にも人はいない。

 この雨量(うりょう)では釣りに興じる余裕も奪われる。

 そんな中、畔にタガネは立っていた。

 外套のフードの下から湖を観察する。

 霧がかって奥まで見えない湖面に目を眇めた。

「本当にいやがった」

「来たか」

「てっきり一晩の内に闘志は消えてるかと」

「一晩考えて、あの屈辱を思い出すたびにやる気が弥増(いやま)すばなりでな」

「あ、そうなんだ」

「おまえさんは乗り気じゃねえな」

「冗談のつもりだったし」

「なら何でおまえさんは集合に応じた?」

「昨日は来ないと殺すって顔してたから」

 男性が苦笑して応えた。

 ふと、タガネは彼が一人ではないことに気付いた。

 顔に深い傷跡を刻んだ褐色の巨漢である。

 頭髪が白く、またやや前屈(まえかが)みな姿勢から老年であることは察せられるが、その巨体から発せられる精気の強さを感じて侮れない。

 タガネは男性へと説明を求めた。

「この人はダグラ、街の警邏隊(けいらたい)の長だ」

「ダグラだ」

「傭兵のタガネだ。今はちと余暇(よか)を使ってこの湖のヌシとやらを仕留めようと考えている」

「ふん、そうか」

 巨漢ダグラが微かに口角を上げる。

 その瞳が一瞬だけ光ったのをタガネは見逃さなかった。

 ヌシという単語への反応である。

「この人は俺の祖父の友人でさ」

「…………歳は?」

「フン、若造はすぐ歳を知りたがる。こう見えても、まだ八十九だ」

「…………見えんな」

「世辞は要らん」

 ダグラが上機嫌(じょうきげん)に鼻を鳴らす。

 外見からは想像だにしない実年齢にタガネが面食らっていた。

 同感だと男性も笑う。

「この人は元冒険者でさ」

「ほう」

「昔は、ここのヌシが新種の魔獣でないかとされてな。調査の為にワシが派遣(はけん)されたんだが、そこでコイツの祖父マオンと会った」

「それで、ヌシを目撃したと?」

「そうだ」

 ダグラが首肯する。

「それは何をしているときに」

「実を言うとマオンが釣った。ちょうど、こんな雨の日にな」

「どこで」

「湖の中心に舟を出した。この湖は椀のような形をしていてな、湖底が最も深くなるのは中心部だ」

(えさ)は?力はどれくらいでやった?」

「餌はここにいる固有種の魚ハレヤンガ。力はワシも手伝ったが、正直船上じゃ相手が厳しい」

「逃げられたのか」

「尾の一振りで船を砕かれて逃げられた。」

「…………なるほど」

 タガネは頤に手を当てて黙考(もっこう)する。

 狙うべきは湖の中心。

 それはダグラと会う前に調べがついていた。

 湖底が椀型となっている湖は、中心部へと(ゆる)やかに下がっていく。最深部となれば、それが中央であることは当然である。

 ただ。

 ここでは(くつがえ)しがたい困難があった。

 湖の中央となれば船を出す他にない。

 だが、尾の一振りで波を起こす剛力(ごうりき)の鯰と格闘するならば、陸地での勝負こそ望ましい。

 何より。

 先人たるダグラも船を粉砕されている。

 最低条件は――釣りであること。

 潜って(もり)で突いたりするのは条件外である。

「こりゃ難敵だな」

「そりゃ、そうさ」

「さすがはヌシ、面倒なこって」

 地の利は敵にある。

 釣るには安定した足場と――。

「そも獲物に耐えうる釣竿が無えな」

「あ、そうか」

生半(なまなか)な装備じゃ耐えられんぞ」

 装備と地の利。

 戦場でも必要不可欠な二つだ。

 どちらかがあれば敵う敵にも、二つを欠いた現状では確実に敗北する。

 いかにこの障害を打破するかタガネが思索していると、ダグラが笑う。

「その二つの武器、揃えられるかもしれんぜ」

「なに?」

「釣竿はとっておきがある。足場の問題っつーのは、ワシらにできうる限り…………即席で悪いが、それを使え」

「…………なるほど」

「あとは天候(てんこう)だ」

「さすがにそこは人の手を離れた空の機嫌だな」

「この雲の暗さだと、あと数刻で晴れる」

「次の雨天を待つまでが猶予」

「この時期は雨も多い。そう間は無いが、ワシらが仕掛けを作るには充分だ」

「そうかい」

 タガネは握り拳を作る。

 獰猛(どうもう)な笑みで、霧に霞む湖を睨んでいた。

「覚悟しとけ、大鯰(ヌシ)






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