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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」前問
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 フィリアは高台に到着した。

 胸中で渦巻く感情に急かされて来た道中の記憶はおぼろげで、ただここに着いた途端に冷静になった。

 肩で息をするミスト。

 彼女に振り返って手ぬぐいを渡した。

「す、すみません」

「やっと戻りましたか」

 ミストは汗を拭いて胸を撫で下ろす。

 杖で軽くフィリアの頭を小突く。

 痛くはないが、体の中を巡る微熱を感じて心が安らぐ。杖の先端から、叩いた頭へと淡い光の線がつながっていた。

 安心感の正体はミストの魔法。

 フィリアはほう、と細く息をつく。

「精神安定の暗示です」

「あ、ありがとうございます」

「……一つ、いいですか?」

「はい?」

 ミストの険しい面持ちに。

 フィリアは顔が強張って背筋を伸ばした。

「周囲を見て下さい」

 ミストに促されて高台を見回す。

 銀の首飾りを付けた人間が複数いた。

 ただ、誰もが凝然(ぎょうぜん)と虚空を見上げており、その瞳に生気の光が窺えない。人形のように突っ立っている。

 そして。

 この高台に食事会の(もよお)しがあると聞いた。

 しかし、食卓も無ければ料理も無い。

 ただ海を眺望する長椅子が二つ設置されたたけの広い空間だった。

 ミストの杖から光が消える。

「この高台」

「はい?」

「奇妙な魔力反応を感じます」

「奇妙な?」

「主に……あちらから」

 フィリアは海の方を見る。

 間近の海上に頭を高く掲げる積乱雲が立ち上がっていた。夕日に照らされていない半身の黒い様は、禍々(まがまが)しさすら醸し出す。

 時折、海に雷光をまたたかせる。

 フィリアの体の芯がうずく。

 また既視感。

 同時に、恐怖が背筋を舐めあげる。

 ただの雨雲ではない。

 無いはずの既視感――否、記憶が警告している。

 一刻も早く逃げろ、と。

 不穏な予感が胸を騒がせる。

「食事会というのが怪しい」

「ミスト、さん」

「首飾りからも魔力反応が……」

「ミストさん!」

 思索するミストを必死に呼ぶ。

 その声から切迫感を覚えて、彼女が思考を中断して顔を向ける。

「何ですか?」

「早く逃げ――」

 そのとき。

 海上で雷鳴が轟いた。

 高台に集まっていた人間たちが、一斉に両手を広げて空を振り仰ぐ。その挙動を不審に思って、ミストもまた頭上を鋭くにらんだ。

 胸騒ぎがする。

 ついで耳鳴りまでもが聞こえてきた。

 全身が警告を発している。

 フィリアも、ゆっくりと空を見上げて。

「――あ」

 空を覆う巨大な影を見た。

 その背後で雷光が炸裂して目がくらむ。

 瞬間の後。

 フィリアの意識が暗転(あんてん)した。








 遠くから音がする。

 ごとん、ごとん。

 音がする都度、体が下から衝撃を感じた。

 フィリアは瞼を開ける。

 そこは、荷物が積まれた幌の中だった。見回してみれば馬車なのだと察する。

 積まれた荷物の隙間から這い出る。

 車内にこもっていた湿気で、褐色の肌に浮いた汗を手ぬぐいで拭いていき、乱れた短い黒髪を指で梳いた。寝ぼけ眼を手で擦り、改めて翡翠の眼差しで周囲を見回す。

 なんだか既視感がある。

 ――何故だろう?

 フィリアは疑念に小首を傾げる。

 肩を回して凝った体をほぐした。

「もう、大街道ですか?」

「ああ、そーだな」

 荷馬車を走らせる男に問う。

 彼は気だるげに応えてた。

「港町まで、もうすぐだぞ」

「そうですか」

 フィリアは肩にかかる髪を払った。

 その下で耳飾りが光を反射する。

 男がそれに目を眇めて、視線にきづいたフィリアは慌てて手で隠した。誤魔化すように車体の後方へと振り向く。

「はあ、全く」

 先頭から男のため息。

「やっぱ、そういう時期か」

「…………すみません」

「もう良いよ」

 フィリアは神妙な面持ちでうつむく。

 そのとき。

 荷馬車が緩やかに停止した。

 先頭で男が誰かと話している。フィリアは身を乗り出して耳を澄ました。

 そして。

 思わず息を止めた。

「何だ、小僧」

「この先にある港町に行きたいんだが、この日差しで困ってる。どうか俺も運んでくれんか」

「何用で」

「人探しでね」

 荷馬車の横に少年が立っていた。

 光る銀髪に、剣を帯びた風采(ふうさい)である。精悍な顔立ちの奥に、どこか剣のような冷たさを湛えていた。

 不思議な雰囲気の持ち主。

 嘘だと思った。

「金は払う」

「なら、構わんが」

「どうも、助かるよ」

 そう言って。

 少年は荷馬車の横から退くと、回り込んで後部から身軽に車体へと飛んで荷台へと乗り込む。車体が大きく揺れて、フィリアは小さな悲鳴を上げた。

 それに気付いて。

 少年がフィリアの方を見た。

「いけねぇ、すまんな」

 少年が小さく面前に手を挙げて謝る。

 フィリアも頭を下げた。

「いえ」

「悪いが同車させてもらうよ」

「ええ」

 銀髪の少年がその場に腰を下ろす。

「おまえさん、どちらへ」

「この先の港町です」

「へえ、奇偶だね」

 少年が意外そうに目を見開く。

 胡座をかいた膝の上に剣を乗せて、灰色の瞳がフィリアを真っ直ぐに映した。この視線も懐かしく感じる。

 獰猛な獣に見つめられたような緊張感を覚えて、彼女は思わず背筋を伸ばす。

 少年はそれに構わず。

「俺はタガネ、傭兵をしてる」

「あ、フィリアです」

 お互いに名乗る。

 初めて交わした名なのに、聞いた記憶があった。

 フィリアは、ちらと彼を盗み見る。

 剣士タガネもまた、フィリアを見つめていた。

「何だい?」

「いえ……その」

「うん?」

 しばしの逡巡の後。

 まなじりを決して口を開いた。

「お会いしたよね?」

 タガネが片眉をつり上げる。

 顎に手を当てて考える仕草をし、黙り込んだ。深く考えなければならないほど思い当たる節が無い。それが既に回答だった。

 やがて。

 タガネが首を横に振る。

「薄情かもしれんが、恐らく初対面だ」

「………そんな」

「……?」

 訝るタガネの眼差しをかわし。

 フィリアは荷馬車の前へと体を向けた。

 まさか。そんな、まさか。

 そうして。

 馬車は大街道をふたたび進み出した。





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