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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その六
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小話「穂の粧し」⑩



「三人目、か」

 イナガミ様についての説明。

 ヤシロは自身が知るイナガミ様は、二人だと明かしていた。

 三人目が――ヤシロの姉。

 ヤシロが来た年に、姉はイナガミ様になったのだとそれだけで察せる。

「姉も異民か?」

「姉ちゃんはパブラだよ」

「ほう」

「集落はさ、すでに余所者と交流厳禁にしてた。そんなときに、魔獣被害で家を失って途方に暮れてくたばりかけてた俺を二つ上くらいの姉ちゃんが救ってくれたんだ」

「できた娘だったんだな」

「俺が来る前から姉ちゃんは、あの稲に反対的で集落の人たちかはこの小屋に追い立てられた。だから俺を引き取るのに躊躇いも無くてさ」

「…………」

 タガネは押し黙った。

 できた娘――とは少し異なる。

 おそらく、姉なる少女もまた孤独だった。温厚だったパブラの豹変した原因である稲に独り異を唱えたが、やむなく迫害じみた反発に遭って小屋へと追い立てられたのだろう。

 少女は以前の集落の人々を知っている。

 だから嫌いになれず、だが拒絶されて孤独感に苛まれた。

 そこにヤシロが来たことで、少しでも己の周囲にある空白を埋めようとしたのだ。

 独りであること。

 そんな状況に追い詰められた者の心痛は計り知れない。

「でも、集落が反対した」

「余所者を勝手に引き込んだ、と」

「そう。だから、俺の滞在を許す代わりに以前から拒絶していた稲を食べれば、認めてやろう…………って」

「阿呆らしい」

「それを食べる前に、俺にこれを絶対に食べないことを約束させてさ。あと…………集落の人たちはこれを食うまでは凄く優しい人だったから、どうか恨まないでくれって」

「恨まない、か」

「食べて一月後に姉ちゃんはイナガミ様になった。その後は、やっぱり一年で死んだよ」

「約束だから」

「うん」

「連中を恨まない、ってか」

「大事な人との約束だから」

「…………そうかい」

 タガネは足下に視線を落とす。

 死人との約束。

 そこに一切の拘束力は無い。

 だが、なぜか人は死後も守り通そうとする。

 最初から裏切ることを前提として約した場合とは異なり、それが己の矜持へと変わるほど強い使命感に転ずる。

 タガネにとっては母の遺言だった。

 忘れかけても。

 見失っても。

 いつかは必ず思い出し、一度は命を賭けてまで守り貫く。

 ヤシロの場合は、自身を受け容れた唯一の姉との約束だったのだ。

「立派だな」

「そうかな」

「ああ。少なくとも昔の俺に見習わせ――!!」

 タガネは後ろを振り返った。

 その直後。

 地面を突き破ってイナガミ様が現れる。三本の百足の尾を真っ先にヤシロへ伸ばされた。

 タガネが庇うように間へと立ち塞がる。

 抜きざまの振り上げた一撃で一本、素早く手中で一旋させた剣を振り下ろして二撃目、手首を鋭く返して下からの斬り上げで三本目を処理した。 勢いのまま突進するイナガミ様の複腕の一本をつかんで引きながら、上空へと蹴り飛ばした。

 宙へとイナガミ様が舞う。

 地面を転がり、遠くに倒れ伏した。

「な、追って来た!?」

「十分な距離だけ引き離して撒いたはずだが」

「話し過ぎた…………」

「…………いや、そうじゃねえ」

 タガネは足元を見やる。

 踏みしめる大地は――黒かった。

 間違いない、これはイナガミ様――スリアンが寄生している領域である。すなわち、タガネたちは常に彼らに触れている状態なのだ。

 意思を共有する能力ならば、大地を触覚としてタガネの位置を把握し、イナガミ様へと伝達することは容易である。

 ――甘かった。

 まだ逃げ遂せていない。

「集落からはずいぶん離れたのに」

「こんなところまで、か」

 スリアンの寄生する領土。

 それが予想外にも広かったことを認知した。

 四年でこの規模ならば、一刻も早く処理しなくてはならない。

 魔剣で無いとはいえど。

 タガネの能力ならば何割かは死滅させられる。

 だが応急処置であって解決には至らない。

 何より、イナガミ様の妨害がある。

「レインを叩き起こすのもなぁ」

 タガネは嘆息する。

「すまんな、ヤシロ」

「え?」

「悪いが、全速力で走る」

「え?うわ!?」

 タガネはヤシロを脇に抱えて走り出す。

 二度目の逃走。

 それを今度こそ逃すまじと手を伸ばすイナガミ様をすれ違う瞬間に斬り払った。

 続々と地中からイナガミ様が出現する。

 どこまでも追って来る。

「ヤシロ、舌噛むなよ!」

「ひいいいいいいい――――!!」

 脇目も振らず、一心不乱にタガネは疾走した。

 その足跡となるような、ヤシロの悲鳴が空に甲高く響き渡る。


 二人とイナガミ様の集団。

 その戦いは、その日の太陽が没するまで続いた。











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